第252話 巻き返し
「なんか見つけた?!」
遠藤巡査の声が会議室に響き、捜査員達が沢田班の方を見る。沢田巡査長は再生していた映像を止めて、遠藤巡査のモニタが見える位置まで移動し
「何を見つけた? 詳しく」
「住宅の防犯カメラにワゴン車が1台。他のカメラには映っていない車です。後方の窓はカーテンで中が見えず、今までで一番怪しい車かと」
「ナンバープレートは?」
「横からの映像で、正面は……」
正面が映っていなければ、画質どうこうの話にもならない。
「カメラの設置場所は?」
地図にピンを立て、その周辺のまだ見ていない映像や、念のため既に見た映像も再度確認することに。
*
愛媛県石鎚市の山岳警備隊。事件対応中の捜査本部から連絡が入り、過去の資料を確認していた。
「ここ数年の捜索願。翌日に自力で下山して発見された。複数人で登山し、遭難したのは1人。性別や年齢は不詳。もしかすると、先月登山届を出しているか、出さずに複数人で入山している……」
条件に当てはまるかどうかを呟きながら1件ずつ確認する。石鎚山は標高1982メートルあり、登山ルートには約850メートル上がるロープウェイもある。愛媛県側から登ろうが高知県側から登ろうが、県境の山は情報共有されるため、件数もそこそこある。
「あと、期間は6月から10月あたりか……」
蜩は梅雨の7月から9月くらいまで鳴いている。倉知副総監は、”夏の終わり”というワードよりも蜩の鳴く時期で期間を絞った。暦だと夏は4月から6月なので、夏の終わりと言っても差し支えない。要は”念のため”ということである。
条件で絞ると、該当は1名。名葉 琢道という人物だ。
情報はすぐに展開され、車で移動中の特課のもとにも情報が入る。後部座席で、タブレットに表示された内容を悠夏が読み上げる。
「本部からの情報展開で、和歌山県紀伊国町在住の現在24歳男性、名葉 琢道さんを重要参考人として手配。2017年9月に石鎚山を3人で登り、1人だけ行方不明に。同伴者は、名葉さんの彼女で当時21歳の設和 歌香さん。もう1名は設和さんの父親で、設和 秀さん。和歌山県警に捜査協力依頼中とのことです。免許証は3人とも持っておらず、前科や警察のデータベースには情報がないそうです」
「金長狸の情報に合致する人物なら、まず当たりと考えていいだろう。やっと名前が出てきたな」
倉知副総監はバックミラー越しで、悠夏の様子を確認する。タブレットを操作しているため、まだ情報があるようだ。車は片側2車線の国道55号線を北上する。丁度、市境を示す”徳島市”の看板が見えてきた。悠夏はタブレットの通知を確認すると
「内場警部から情報が入りました。櫧荃と名乗っていた青年ですが、椋本 伊鞠と同一人物であることが確認できたそうです」
「確か、肥前村の事件被害者?」
鐃警が確認のために聞いてきた。人物名が出てくると、どこの事件かちゃんと紐付けないと忘れてしまう。
「そうです。まさか『狭霧の鍵』から繋がるとは思いませんでしたけど……」
「佐倉巡査、自信満々に言ってませんでした?」
「いえ、全く」
あれほど自分の考えを述べたにも関わらず、当の本人もまさか本当に繋がるとは、と思っていたようだ。
「それと、車の情報も……。黒のワゴン車でナンバーが”香川”、数字の”505”、平仮名が大阪の”お”、数字4桁で”3168”。。所有者は東かがわ市在住の奥野 彬奈さん。先月、自宅の敷地内で盗難被害に遭い、被害届を受理。盗難の様子が防犯カメラに残っており、白昼堂々と痩せ型の男が顔を隠して、複製したメカニカルキーで盗んだとのことです」
メカニカルキーとは、ドアの開け閉めを行える非常用の鍵である。昨今、鍵穴を必要としないスマートキーが増えており、電池が切れたときに、スマートキー内部にあるメカニカルキーを使用して、ドアの施錠および解錠が可能となる。メカニカルキーでエンジンの始動は車種によってはできないが、盗難被害に遭った車はブレーキを踏みながらメカニカルキーを差し込んで回すことでエンジンがかかる仕組みらしい。ちなみに、盗難警報防止装置が有効になっている場合は、警報音がなるケースもあるそうだ。当該車両は鳴らない車種だったということだろう。
「盗難被害に遭う数週間前に、家の玄関の鍵が開いていたことがあったらしく、そのとき被害者はかけ忘れと考えたようですが、不法侵入された可能性が考えられ、そのときにメカニカルキーの複製をされたのではないか、とのことです」
「それって、随分と回りくどいことをしてませんか? 複製を作るよりも、鍵を奪取してそのまま車で逃走した方が……」
鐃警の言うように、金品も強奪して車も盗む方法もあっただろうが、そうはしなかった。
「あくまでも目的は車の奪取で、持ち主が侵入に気付くかどうか確認したのかもしれない」
倉知副総監の推測が当たっているのであれば、用心深いかどうかチェックする意があったということだろうか。もしくは、何か理由があって盗む日を変えたのかもしれない。例えば近所の人が外で井戸端会議を始めたとか、畑作業を始めたとか、地域パトロールの車が来たとか。犯行を中断する理由ができたのかもしれない。
いずれにせよ、車は盗まれた。その盗まれた車で、遙華と遙真が攫われた可能性が高い。
「……ところで、被害者の職業は?」
倉知副総監が何か思いついたかのように聞いていたので、悠夏はタブレットの画面をスクロールして、被害者の情報を見直す。
「えっと、職業はスーパーの経理担当みたいですね」
「経理か。これは独り言だが」
という前置きをして、倉知副総監が嫌な予感を言う。
「盗まれたのが車だけじゃないとか……。1回目で、届けにくいものが盗まれて、車は2回目の盗みで奪われた……。例えばな」
「被害者が店の金品を隠していて、それが盗まれたってことですか?」
鐃警が考えられることをストレートに表現した。悠夏も倉知副総監もそれを否定する判断材料はないが、臆測に過ぎない。
「県警も思いつきそうですが、一応連絡しますか?」
悠夏はそう聞きつつも、担当刑事宛にショートメールで送ってみた。すると30秒もしないうちに、”その線も考えている。最近増えている民家内引き渡しも”と返信が来た。
「民家内引き渡し?」
聞き慣れない言葉に呟くように言うと、鐃警が知っているようで
「金品をロッカーや待ち合わせで受け渡さずに、他人の民家の中に隠して授受を行う犯罪がちょくちょくあるみたいですよ。世帯主の知らないところで」
「なんでそんなまどろっこしいことを……?」
「さあ、なんででしょうね。千葉で捕まった犯人グループは、スリルが味わいたかったって供述したくらいですかね」
「もしかすると、そこの世帯主を事件に巻き込もうとしていたのかもしれないが、非効率的な方法をとるのは珍しくもない。捜査を撹乱するためや、冷静に判断できず衝動的になったとか、何も考えていないとか、色々あるだろう」
鐃警と倉知副総監の考えに納得すると、タブレットに新たな通知が届く。
メッセージには、田部井 琉介、非浦 勇地、島谷 久場の名前が見えた。悠夏の母親を誘拐した犯人について何か分かったのだろうか。
To be continued…
2週間という自分で立てた予定に間に合った第525話。
情報が出てくればそれにくっついて、次々と情報が出てきています。
作中のナンバープレートですが、平仮名の”お・し・へ・ん”は使用されていませんので架空のナンバーです。平仮名や数字を説明するときに、”大阪のお”とや1を”ひと”といった伝え方は、和文通話表に基づいています。”朝日のあ”、”いろはのい”とった伝え方があるそうです。調べました。”ゐどのヰ”や”かぎのあるヱ”もあるみたいですね。
次回は、久しぶりに捜査一課やサイバーセキュリティ課のメンバーを登場させようと思います。大鳴門橋でバス横転事故に巻き込まれたり、『狭霧の鍵』について調べていたりしたかと。




