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第250話 金長狸

 鐃警(どらけい)倉知(くらち)副総監が目印にしていた獣道は途中で途絶え、草木が生い茂る山道を歩き続ける。道中では、突然鳩が飛び出して、心臓が止まるかと思ったほど、足元が見えないのだ。

 しばらく道なき道を進むと、開けた空間に出た。夜かと見間違えるほどの暗さだったが、ここは17時頃の空が見える。日没は19時頃。まだ夕焼けというのには早い。

 少し進むと、蜘蛛の巣が張り、白蟻によって腐食が進む(やしろ)(たたず)む。

如何(いか)にもって感じですね」

 鐃警は躊躇(ちゅうちょ)することなく、社の周囲を調べ始める。倉知副総監は、スマホの画面を見て圏外であることを確認した。電波が入らないことは想定内だ。

 鐃警は()硝子(がらす)の引き戸に近づき、割れた部分から中を(のぞ)く。

「中もボロボロですね……。何かあるわけではなさそうですが……」

「登る前に調べたが、(かつ)ては祭りもここでやっていたらしいが、地域住民の高齢化でここまで登ることが難しくなり、10年以上前に本殿を今の場所に移築したそうだ。元の社は取り壊してなかったのか……。大方費用理由だろうな」

 建物を壊すにも費用がかかる。特にこんな山奥となると、工事車両を持ってくるだけでも大変そうだ。

「倉知さん、ありましたよ!」

 鐃警が社の軒に付着した真新しい足跡を見つけ、割れた扉を勢いよく開け放つ。しかし扉は横へとスライドせずに、建物の中へ倒れてガラスがさらに飛散する。

「……引き戸とは思えない開き方です」

「これで中に佐倉巡査がいたら危なかったぞ」

 覗き込んで近くにいないことは確認済みだが、結果として大きな音を立てることとなった。

「倉知さんはここで待っていてください。僕が突入します」

「それなら、少し待て。裏手に回って、逃走経路を塞いでおく」

 二手に分かれて挟み撃ちの作戦だ。社は鐃警が今いる拝殿(はいでん)とその奥に幣殿(へいでん)および本殿(ほんでん)がある。おそらく、佐倉(さくら)巡査と金長狸(きんちょうだぬき)は本殿にいるのではと推察する。

 神社の社殿(しゃでん)について少し説明すると、拝殿は参拝者が拝礼する建物であり、イメージしやすい建物だろう。拝殿と本殿を繋ぐ幣殿は、御供え物をするための建物だ。本殿は御祭神(ごさいじん)御神体(ごしんたい)が奉られている建物である。今回の社は、この3つが連結し、1つの建物になっている。

 倉知副総監は本殿の裏手に回り込み、鐃警は腐敗した拝殿から幣殿へゆっくりと移動する……つもりだったが、音を立てるなというのが無理なほど(きし)む。さらには、体重で床に穴が空きそうだ。慎重かつ手早く幣殿へ移動すると、こちらも中は空っぽだ。御供え物を置くであろう棚や机なども見当たらない。

 ここから先は本殿だ。いよいよ対面する時が迫る。鐃警は、本殿への扉に手をかけ、引き戸をスライドする。佐倉巡査は無事だろうか。金長狸との交渉が大事になる。色々と考えながらスライドすると、途中で引っ掛かった。

 力を入れても開きそうにないので、反対側の引き戸を引く。だがこちらはうんともすんとも言わない。困った。開かぬのだ。

 鐃警は5センチほど開いた隙間を(のぞ)き込むと、そこには佐倉巡査が倒れており、神々しいオーラを(まと)う重鎮がこちらを見ている。RPGゲームのボス戦前がこんな感じだろうか。画面端や奥にボスがちらりと見えて、主人公達がある程度近づくとイベントが始まる。鐃警がセーブするなら、今のタイミングだろう。

 扉向こうの重鎮はこちらに気付いており、本殿に入ってくるのを待っているのだろう。しかしながら、鐃警は力一杯扉を開こうにもそれ以上開かない。仕方が無いので

「ごめんください。扉が開かないのでここから失礼します」

「セールスならお断りだ」

「セールスではないです。警察です」

 金長狸はそんなジョークも言えるのか。鐃警は少し感心しつつ、相手の出方を(うかが)う。

「警察ならば、令状をもってこい」

「うちの部下がそこにいます。迷い込んだのだと思います。部下がお世話になり、ありがとうございます。……室内がお邪魔であれば、外で待ちます」

「待つ? そんな時間が今の警察にあると?」

 金長狸は警察に不信感を抱いているようだ。それくらいは想定内だが、

「ハッキリ言いますと、そのような時間は僕らにありません。そこにいる佐倉巡査のご家族は犯人に誘拐され、一刻を争います。ここを訪ねたのは他でもありません。金長狸であるあなたのお力をお借りしたいと存じ」

「我の力を借りたい? 警察はそこまで落ちぶれたか」

 金長狸は、警察が自分達の力では捜査できないため、自分を頼ってきたのだと受けとったのだろう。

「ご存じかもしれませんが、今回の事件において狸人(たぬきびと)が犯罪に巻き込まれています。ある少女から、犯人は村から狸人を(さら)ったという情報も入手しています。我々警察は、犯人に繋がる人物を逮捕することはできていますが、主犯は未だ逃亡中です。四国の出入り口は犯人による脅迫により封鎖。事件を一刻も早く解決するため、我々は可能な手段を全て使うつもりです。あなたの協力もその1つです。事件解決のため、お力添えください」

 嘘偽り無く、金長狸に対して懇願(こんがん)する。……5センチの隙間から。(はた)から見ると、この光景はどう感じるのだろうか。

「我は、同胞の恩を(あだ)で返す男に、この手をもって鉄槌を下す。他人の協力など不要」

「あなたは主犯を知っているのだとしても、個による制裁ではなく法に委ねるべきかと。被害者はあなただけでは」

「ならばその代行を務めようではないか」

 このままだと話は平行線になりそうだ。鐃警はもう少し隙間が開かないかと、力を込めるが扉はびくともしない。まるで金長狸が警察に非協力的な心の狭さを物語るかのように……なんて鐃警が思うと、金長狸はこちらを(にら)んできた。心の声が聞こえた訳ではあるまい。睨んだのも多分気のせいだ。

「ん……」

 意識を失って倒れていた佐倉巡査が頭を抑えながら、起き上がる。想像だが、床に倒れるときに頭を軽く()ったのだろうか。

「ここは……」

「佐倉巡査!」

 声がした方を見ると、扉の約5センチの隙間から覗く鐃警に思わず驚き

「えっ?! 怖っ!」

 明るさが隙間から漏れる太陽光ぐらいなので、ホラー感が増している。

「すみません……。扉が開かないので、已むを得ずこんな恰好(かっこう)で」

「主が騒ぐから、この者が起きてしもうたではないか」

 金長狸に言われたが「そんなに騒いでないですよ」と喧嘩(けんか)腰になるのと余計に(こじ)れそうなので、ここは矛を収め

「佐倉巡査、ご無事で何よりです。心配で倉知さんと一緒に探しましたよ」

「ご心配をかけました。ですがここは?」

 佐倉巡査が周囲を見渡すと、何かに気付いたようで

「これだと開かないですよ」

 立ち上がると、引き戸に引っ掛かった竹箒(たけぼうき)を取る。すると、扉は難なく開いた。

「……扉につっかえるのって、”箒”やら”とんぼ”やらが多いですけど、なんでそういうところに置いてるんですかね」

 引き戸が開かなくなる理由として、フィクションだと箒やとんぼ返しが多いよねという話だ。

「”ずぼら”だからじゃないですか?」

 面倒くさがって元あるところに返却しないまま放置されているという点では、そうだろう。

「さて、お邪魔します。金長狸さん。改めて、お話よろしいでしょうか?」

 鐃警が仕切り直すと金長狸は冷静に

「これは建造物不法侵入ではないか? 警察組織は令状無くして捜査はできない」

「随分と警察にお詳しいようで」

 ここで引き下がるわけにはいかない。金長狸は主犯を知っている。この情報と協力を得られずしてこの場から立ち去れるだろうか。だがこの場をどう乗り切る?

 静まりかえった本殿。幣殿の方から足音と床の軋む音が響いてきた。このタイミングで現れるとしたら考えられる人物は1人しかいない。

「失礼。警視庁副総監の倉知だ。2人の上司でもある」

「ぞろぞろと人が増えたところで変わらぬぞ」

「先程の建造物侵入の件について私の見解を1つ。これが本当の建造物ならばの話に過ぎない。十数年前に社殿は移築されており、移築先に新しく建立(こんりゅう)して元の社殿はどうなったか。この社は幻影ではなかろうか」

「お主にはこれがまやかしに見えると?」

「基礎が無いこの建物が本当にあるとすれば、雑草が覆って水捌けの悪いような軟弱な地盤に耐えられないだろう」

 倉知副総監は金長狸に対して、犯人を追い詰めるかのように言うが、相手は重要参考人であり協力者になってほしい人物……いや動物? いや神? である。

「……そこまで分かっているのならば、なぜ幻の中に自ら入り込んだ? 危険を冒してまで」

「部下だけを危険に晒すわけにはいかないのでな」

「……お主も危ういな。我の誘いに自ら乗り込む者。危険を顧みずに突入してくる上司たち。我は感心せぬ……その自殺行為に。このまま続けても、お主らは自傷を恐れぬのだろう。こちらは願い下げだ。痛み分けになるくらいなら我が引くべきか……」

「金長狸さん。重要参考人として、ご協力お願いできますか?」

 金長狸との交渉に勝ったと言うよりも、呆れて勝負を放棄されたというべきだろうか。いずれにせよ、この事件に関して重要な事柄を知っている金長狸から情報を得られるのだ。

 とはいえ金長狸の言うとおり、こんなハイリスクなことばかりをやっていれば、そのうち取り返しの付かないことに直面するのは言わずもがなだろう。今回の場合、倉知副総監がいいとこ取りをしたが、鐃警だけだと成果は得られただろうか。悠夏(ゆうか)に至ってはそもそも独断で動くべきでは無かった。弟妹を救うために先走りすぎたのだ。


To be continued…


今回で250話となりました。休み休みの不定期更新から脱せずではありますが、今は少しずつでも回を重ねつつ次の話へと進めていければと思います。

さて、先走る特課の2名を上司である倉知副総監がなんとか守ったような回でした。苦しいですね。

到着したときは社が本物だと思っていましたが、観察する時間はいくらでもあったので基礎がないことに気付いたのかと。建築の知識を知っていなければ、建物だけ用意して、地面の基礎なんて準備しないでしょう。幻影なので建築のあれこれを無視できるようですし。

他にも方法はあっただろうに、悠夏が待たずに先行したが故にこんなことになった気がします。金長狸の感じからして、菓子折りとかを用意して参拝すれば協力してくれそうな気もしますが。特に悠夏に危害を加えておらず、鉄槌を下すなら鐃警の到着など待つ必要がなかったと思います。

さて、次回は金長狸から話を聞いて事件捜査はどのように動くのか

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