第249話 脱出を試みて
地下駐車場は日光が入らず、時間が分からない。遙真が時間を計り始めてからは、4時間が経過しようとしている。自分の感覚で1秒をカウントしているため、1万4千もカウントすればそれなりに誤差が出る。実際には3時間半だ。極度の緊張状態が続き、カウントは徐々に速まった。そもそも、時間を計ることを起きて過ぎに始めればよかった。起きてから計り始めてまでの時間は不明だ。
(起きてから犯人どころか誰もここに来ない。どうする……? このまま車の中にいたところで、諸々大丈夫なのか?)
車はエンジンを切っており、窓は閉め切り。とはいえ、空気は循環している。密閉されない限りは、大丈夫だろう。大きな問題はいくつかある。1つは遙華が起きない。パニック状態になる恐れを考え、起こしていないがいくらなんでも寝過ぎではないだろうか。また、犯人が帰ってきたらどうするか。拘束状態では抵抗できない。自分達に危害を与えていないことや別々にしなかったことから、身代金目的の誘拐だろうか。無防備な自分達なんて、いつでも殺すことが出来ただろう。だが、生かすつもりならば自分達の監視下に置くだろう。これだけ長時間離れていて、折角攫った人質の身に何かあれば対応できない。パニック障害で動悸や目眩などの症状で倒れた場合、助けが来ずに……。
遙華を起こした場合、この拘束を解くにはどうすればいいだろうか。拘束はガムテープだ。もしかすれば、粘着部に犯人の痕跡が残っていたしないだろうか。いや、この車を隈無く探せば髪の毛だとか指紋、付近のカメラから特定可能だろう。
それと、この地下駐車場がどこの駐車場か確認できればいいだが……。もし犯人のアジトで、廃墟となってもう使われていない駐車場の場合、外に出られても犯人の仲間に捕まる可能性がある。特に、逃げようとしたことで今度は無傷じゃすまないかもしれない。犯人が地下駐車場のカメラを見ている可能性もある。車から出た時点で詰みだ。
リスクばかり考えていれば、折角の脱出の機会を失う。どうする……? 今の時間が分からないからには、外に出て真夜中だったら、助けを呼べるだろうか。都会ならまだ救いはある。ここが山奥だったらどうなる? ……茂みで身を隠せるか。たぶん。
とりあえず、見えないけれど指は使えるからガムテープは外せると考えて、そろそろ動くことを考えないと。もし起きなかったら……? 車内にあるもので何か代用できるだろうか?
車内を見渡すが、ガムテープを切れそうなものは見当たらない。擦って切れ目を作ればそこから外せないだろうか。
(……昔、脱出方法を見たな)
どこで見たかは思い出せない。SNSなのかテレビなのか、もしくはオススメ動画で見たのか。
(確か、腕をハの字にして振れば良いとか……)
記憶を頼りに、膝立ちして腕をハの字にする。やり方は憶えていないので、勢いを付けて何度も振る。精一杯、腕を左右に広げようとして、何度も何度もチャレンジする。
(何にもしないよりは……)
痛みは必死さで隠し、チャレンジを繰り返すと突然腕のガムテープが切れた。
「え?! おおっ!?」
ガムテープの拘束から腕が解放され、脚のガムテープを端っこから剥がして、ようやく拘束から解放された。
「やれば出来るじゃん」
思ったよりも時間がかからずに出来た自分に驚きつつ、すぐに遙華の腕と脚を拘束するガムテープを外す。肩を何度も叩いて起こそうとしたが、起きる気配はない。
「仕方ない……、背負うか」
起きない遙華を背負い、後部座席のリヤドアを開ける。地下駐車場は一方通行。黄色の矢印が書かれており、入口と出口は一直線のようだ。100台以上は止められるだろうか。矢印の先、出口に向かって走る。
もし犯人が防犯カメラを見ていたら、時間との勝負だ。全力で走ると、上り坂の先が見え……
「シャッター……!?」
出口をシャッターが塞いでいる。簡単に上がるようには見えない。すぐ近くの非常用出口を探す。しかし、扉が開かない。思わず舌打ちしそうになり、逆方向の入口方面へ走る。
どうやら施錠されているのだろう。かなり乱暴に走っているが遙華は起きない。先程脱出したワゴン車の前を駆け抜ける。
ワゴン車以外に車はない。途中、自動販売機と精算機がある。遙真は立ち止まって、なにか情報が書かれていないか確認すると
「徳島市営地下駐車場……」
住所と電話も書かれている。ここは徳島市内だ。自販機は電気が消えており、販売停止中。壁面にはアニメとコラボした阿波踊りのポスターが掲示されている。
「多分、阿波踊り会場の中にある駐車場? 期間中は道路の往来ができなくなって、車が出入りできないから……この駐車場は閉鎖されているのか」
精算機の隣には、事務所の出入口がある。事務所の電気は消灯しており、ドアには”阿波踊り開催期間中は休業”と書かれており、扉は施錠されていた。
外部との連絡手段を探すのはもしものときと考え、入口へと走る。入口の坂道が近づいてくると、遙真は駆け足からスピードが落ちて最終的には立ち止まった。こちらも目の前にはシャッターが立ち塞がる。
(まずはシャッターの操作盤がないかどうか。どうせセキュリティで操作できないだろうけど……。次は外部との連絡手段を探して……)
シャッターを叩けば、外にいる人間が気付くだろうか? 優先度から考えると叩くのは万策尽きたとき……。
遙華を背負ったまま、入口周辺を捜索開始。配電盤らしき盤は施錠されており、開かない。非常時に取り扱えそうなものは見当たらない。壁際に消火栓が設置されており、ボタンを操作すれば火災通報で消防が駆けつけると思われるが、1つ懸念点がある。地下駐車場や立体駐車場の消火方法として、知っているだけで泡消火や粉末消火、二酸化炭素ガス消火などがある。もしも二酸化炭素ガスの場合、酸欠で死に至る。
なお、二酸化炭素ガス消火設備は2023年4月施行の法改正で、閉止弁という誤放射防止のバルブの設置義務が課せられたそうだ。2019年時点では、設置されていない施設がある。この地下駐車場の消火方法が何か、遙真は分からない。消火設備を無闇に作動させて、自分達の命を落とすことなどあってはならない。
自動販売機の隣に非常用の電話が設置されており、遙真がカバーを開けて受話器を取ると
「なんだこれ? 電話線が切れてる?」
受話器のコードが鋭利なモノで切断されていた。決して、劣化や害虫による腐食で断線したようには見受けられない。何者かが意図的にコードをハサミやカッターなどで切断したのだ。
「自動販売機は電源が切られて、精算機も電源が入ってない?」
思い返せば、出入口にあった精算機や駐車券発行の機械も電源が入っていなかった。どうやら、ここに設置されている機械はいずれも電源が入っていないらしい。電気が供給されているのは、頭上の蛍光灯ぐらいだろうか。
事務所のドアを破って中に入っても、ブレーカーを落としているのであれば助けが呼べそうな方法が思い当たらない。
事務所の窓はブラインドが下がっており、隙間から辛うじて中が見えるかどうか。遙華を背負ったまま、ブラインドの僅かな隙間から中を観察する。事務所というだけあって、パソコンやデスク、書類棚、ロッカー、掃除道具、三角コーンなどの備品が見える。中は真っ暗だ。
「ダメか……」
諦めかけていると、奥のデスクに人の手が見えた。
「ん?」
なんとか見えないかと覗き込む体勢を変えるが、遙華を背負っているのと、窓に頬を擦り付けるぐらいにして、やっと覗き込める角度であることもあり、ほぼ見えない。
分かったのは、事務所内に誰かいるということ。動かないのは寝ているだけなのか、それとも……。
仮に生きていたとして、犯人またはその仲間だろうか。もしくは、自分たちと同じ境遇の人物か。
犯人ならば、わざわざ扉や窓を叩いて起こすなんてことはしない。でも、同じ被害者ならば助けられるかもしれない。まぁ事務所から出ても、地下駐車場からは出られませんが……
見えたのは1人だが、他にもいるのだろうか。
To be continued…
必死に行動する遙真。事務所内にいる人物は犯人の仲間かそれとも被害者か。
事務所内の時計は角度的に見えなかったと思われ、時刻が分からない状況が続きます。
次回は、悠夏サイドの話を予定しています。




