第248話 即ち逆鱗に触れる行為
捜査本部。4人がパソコンを操作し、DVDやSDカードを入れ替え、映像を次々とコピーする。
「沢田先輩、2丁目のカメラがこれなんですけど……」
新米男性警察官の上原巡査が、なにやら沢田巡査長のもとに相談しにきた。
「どうした?」
上原巡査が右手に持つものは、VHSだ。
「……それ、ちゃんと記録されてるのか?」
そう言われても分からないと、上原巡査は首を傾げる。
ビデオテープなどの記録媒体には記録できる限界回数がある。
「現場では再生できたらしいので……おそらく」
「まだ売ってるんだな」
「捜査のメモによると、団地のオーナーが業務用を買いだめしていたらしく、もったいないからと言って、機器更新せずに今もビデオデッキで録画しているとか……」
「なるほど。一先ず、ここにはないから資料室でSDカードにダビングしてきて。場所分かる?」
「資料室のどのあたりに……」
「分かった。これのコピーを仕掛けたら、一緒に行くか」
沢田巡査長は上原巡査とともに、捜査本部の会議室を出て資料室へと向かう。
班長の沢田巡査長が席を外したことで、残りの2人は腕を伸ばして、
「あー、どんだけ調べれば出てくるんだ?」
小泉巡査が弱気なことを言う。沢田班の紅一点である遠藤巡査は、左手で眼鏡を外し右手で鼻の付け根をぎゅっと抓みツボを刺激する。
「この映像解析次第で、特課の巡査の家族が助かるかどうか」
「対象は50台以上ですよ」
午前中から人海戦術で住宅街周辺のカメラ映像を入手している。その中に、誘拐された佐倉 遙真と遙華が乗った車が含まれているはずだ。
「1台ずつ走行の軌跡を追いかけて、同乗者とナンバープレートの照合。偽造ナンバーはなし。登録車種とナンバーに不審な点もなし」
「班長が言った”手押し車”も見当たらない」
沢田巡査長は、宅配で使用している大きな手押し台車ならば、ケースの中に人を入れて運べないかと考えたようだ。実際に2社の宅配業者が住宅街を出入りしていた。しかし、捜査の結果手押し台車は見当たらなかった。1社は2トントラックを使用し、もう1社はバンによる配達だった。
小泉巡査は次の映像を確認するため、ダンボールからSDカードを取り出す。捜査メモには設置された住宅と向きが書かれている。
「……あれ?」
すぐに違和感が。SDカードの中に映像ファイルが見当たらない。すると、ウイルス対策ソフトのエラー表示が出る。
「このSDカード……ウイルスが入っていたみたいです」
「映像は?」
遠藤巡査に聞かれ、小泉巡査は首を横に振る。捜査メモによると海外製の安いネットワークカメラらしい。少し気になって調べてみると
「ちょっと調べてみると、海外サーバー経由でスマホから映像を確認できる代物ですけど……。海外から攻撃を受けたみたいですね」
「そのカメラはどこ設置?」
「現場から南に200メート離れ、大通りと繋がる通りに設置されたカメラです。この道は、カメラが壊れたまま放置されていたあの家がある通りですね」
人海戦術で捜査していると、電池切れで駄目になったカメラやダミーカメラ、レンズが割れたカメラ、買ったままで設定されていなかったカメラなど、数多くの期待外れがあった。
「犯人がここを通っているとなると……」
現時点で映像による追跡ができない。それに、もし犯人が該当の通りを往復で使った場合、そもそも車が映っていない可能性が出てきた。
*
阿波金長神社。鐃警が階段を上りきると、会場では盆踊りの準備が始まっていた。太鼓を鳴らし、法被を着た人たちが踊り方を教えている。練習をしてから本番が始まるようだ。
「先に行けとは言った手前……、どこまで進んだんですか?」
ブツブツと独り言を呟きながら境内を見渡す。
「……本当にいない?」
見つからないからには聞くのが早いだろう。
「焼きそば半額セール始めます!」
体育会系の兄ちゃんが客呼びをしており、目が合った。「どうだい?」と、こちらに営業スマイル。残念ながらお客ではないが、元気な兄ちゃんのもとへ。おそらく大学生ぐらいだろうか。
「すみません。人を探してまして」
「それは心配だ。どんな子だ?」
「えっと……」
探しているのは子どもではなく、同僚だ。佐倉巡査の特長を伝えると
「さっき見かけたな。祠の方に向かったぞ」
「祠?」
「焼きそばどうだ? 今なら半額で100円だ」
「安っ!」
子供会の設定金額に思わず驚いたが、焼きそばを持って佐倉巡査を探しに行くのはどうなのだろうか。まるで自分が祭りを満喫してから探しに行ったみたいに……。
「あとで余っていたら買いに来ますね。ツレと」
「そうか。あの盆踊りが終わったら販売終了だから、よろしくな」
兄ちゃんにお礼を言って、祠がある方へと歩く。
会場から少し離れており、薄暗い雑木林が見えてきた。
「……ホント?」
地元の人でも行くのを躊躇いそうな鬱蒼とした木々。雑草が伸びており、サンダルや半ズボンでは行きたくない。太陽の光が木々により遮られ、光が届いていない。
「ここにいたのか」
後ろから倉知副総監の声がした。
「焼きそばの兄ちゃんによると」
鐃警が説明しようとすると、倉知副総監の右手にはビニール袋に入った焼きそばが。すぐに察した鐃警。倉知副総監は鐃警が焼きそばを見ているため
「焼きそばの兄ちゃんに」
「知ってます」
「そうか。それで佐倉巡査は?」
「焼きそばの兄ちゃんによると、この先に……」
「1人で、か?」
「……電話してみてください」
「分かった」
倉知副総監は鐃警に言われて、悠夏の番号に電話する。1コール目、2コール目……、全然電話に出る気配がない。
「圏外ではないが……」
コールが鳴ると言うことは、電波が繋がっているはずだ。
「倉知さんは、どう思いますか? この状況」
「同じことを考えている。……あまり良い状況とは言えないな」
「応援要請……」
「今から要請しても人手が回せるかどうか」
「祭り会場にいないんですか?」
「消防団はいるだろうが、警察はいないだろうな……」
「なら消防団に」
「人が増えてどうにかなる問題か? 消防団はこの地域住民だ。相手は、祭りの主役である金長狸と伝えて協力できるだろうか」
「分かりました……」
「一先ず、本部に連絡する。それと、残念な知らせがある」
「それはどういう……」
倉知副総監は駐車場に車を回し、祭り会場に来るまでの間、紅警視長から一報を受けた。
「紅警視長によると、秋田県警の捜索により御祖母様が見つかったそうだ」
それだけ聞くと良いニュースだ。残念な知らせとは、まさか生死?
「見つかったが、窒息していた。さらに、湖舞さん本人ではないそうだ」
「本人ではない……?」
窒息死したのは別の遺体ということか? しかし、本人が見つかっている? 訳の分からない日本語に惑わされそうになると
「おそらく、化けた姿で窒息していた可能性がある。まだ確定ではないが……」
「それって……」
「佐倉巡査のお母様、いやそれだけじゃない。これまでの被害者全員が化け狸の可能性が出てきた……。誰も考えていなかった可能性が出てきて、捜査本部は混乱状態だ。正直、私も困惑している。葬式で見た姿は紛れもなく妻と子どもだった」
もしも生きている可能性があるなら縋りたいと思ってしまう。過去の事件被害者は、化けた狸ではない。きっとそうだ。司法解剖でも本人と診断されている。つまり、紅警視長の祖母だけだ。
「紅警視長は、どうして別人だと?」
「些細な違い。右脚を悪くしていて、歩き方に微妙な特長があるそうだ。本人や紅警視長にしか分からないような……」
「狸が化けたまま死んだとしたら、姿が狸にもど……」
姿は狸に戻るのだろうか。狸か狸人にしか分からないだろう。実際に起きたことから考えると、狸は化けたまま死ぬとそのままの姿を継続する場合がある。
「犯人はますます金長狸が怒りそうなことを……」
「まずは佐倉巡査を救出するぞ」
「任せてください。何せ相棒ですから」
鐃警と倉知副総監は、生い茂った暗い林道へと進む。
To be continued…
買い替えたパソコンがCPUの不具合対象に当たり、投稿ページや文書ソフトでもクラッシュするかもしれないという状況下での第248話更新です。まさか文書ソフトやテキストソフトまでクラッシュするとは思いもせず。バックアップによって、損失が出なかったのが幸いです。
さて、本編についてですが私のPCのように不穏な空気がMAXです。鐃警と倉知副総監は悠夏が金長狸に拉致されたと考えているようで、混乱している捜査本部へ一報入れた上で救出に向かうようです。
被害者は狸が化けていたとなると、誘拐された本人は今も監禁状態ということなのか? 捜査状況が大きく変わる1話でした。
今後の更新頻度ですが、PCが不安定なのを言い訳にはしたくないですが、やはり不定期更新となりそうです。




