第246話 一瞥
2019年8月12日。四国の交通網寸断による未曾有のテロ事件対応に追われるなか、それ以外の各地では、いつも通りの日常が流れていた。
神奈川県藤沢市の江ノ島。日差しは強く、気温は33度を超える。体感温度はそれ以上だ。空は青空が広がっており、南西の方に入道雲が見える。蝉が大合唱をしており、夏真っ盛りとはこのことだろうか。
世間の子ども達は夏休み。社会人も殆どはお盆休みだろう。でもサービス業は違う。江ノ島に近い湘南海岸の海水浴場は、多くの人が訪れており、非常に混雑している。
海の家では、23歳の玉邑 蒴が鉄板で焼きそばを作っていた。鉄板の熱で暑さは倍増だ。Tシャツの下は水着という恰好だが、暑すぎてTシャツさえも邪魔に感じる。Tシャツを着ないと、鉄板で弾けた油が肌に直撃してしまう。
「蒴ちゃん、焼きそば追加で!」
双子の妹、玉邑 音凜はお客さんからオーダーを受け付けており、注文内容を紙に書いた後、バックヤードへと移動する。キンキンに冷えた飲み物を取り、生ビールをジョッキに注ぎ、新しく入ってきたお客さんへの水を準備する。
海の家では、開業当初から使っている27インチのテレビを私用しているが、お客さんからこの炎天下で壊れないのかと聞かれることもある。
この時間帯、いつもは再放送のドラマが流れていることが多い。しかし、テレビは報道特番だ。大鳴門橋上空を飛ぶ報道ヘリからの中継映像が流れている。横転したバスの周囲には、警察車両や消防車、救急車などが止まっており、バスの破片が広範囲に飛散している。
「――未だ被害は明らかになっていません。さて、現在の運転見合わせは、リニアは関西国際空港から博多駅間。四国縦断新幹線は全区間。在来線は瀬戸大橋線の全区間。四国の港を発着する全ての船舶の欠航。さらに、四国の空港を発着する国内線及び国際線が欠航。四国と本州を結ぶ本州四国連絡橋はいずれも車両火災により、全面通行止めとなっています」
映像は本州四国連絡橋の被害映像から切り替わり、欠航表記となった港や空港の発車標を見て戸惑う人々が映る。
お客さんは料理が出るまでの間、テレビを見ていたある家族連れの会話は、
「大変なことが起こってる?」
「旅行で行ってる人がいたら巻き込まれて惨事だな。これは」
小学生低学年くらいの男の子は、ニュースから読み取れず、父親は感じたことをそのまま呟いていた。
別のテーブルでは、女子高生生3人組がかき氷を食べており、こちらもテレビの話をしていた。
「てか、橋は事故で渡れないのは分かるけど、なんで飛行機と船まで?」
「確か犯行声明的なのが出たとかじゃない?」
「マジで?」
四国の玄関口が全て閉ざされたという、現実とは思えないような光景。映像を見た会話はそのくらいで、話題は自分達の話に戻して、「それでこの後何しようか」と、話し合う。遠くの出来事と思い、今の自分達は食事や海水浴を楽しむ。女子高生の1人がスマホでSNSを開こうとしたが、画面の読み込みが終わらない。
「あれ? 電波ある?」
と、戸惑う様子を見せたが、他の2人は「こっちは見れるよ」と、電波が入っているようだ。
江ノ島付近は、観光客でごった返し、海岸沿いの国道134号線は渋滞で車がなかなか進まない。混雑によって、電波が一時的に繋がりにくくなったのだろうか。
*
北海道某所。こちらの最高気温は25度。曇天でパラパラを雨が降ったり止んだりという不安定な天候だ。
5階建ての建造物にシステムエンジニアの男性2名が受付を行っていた。
「すみません。受付12番のアストンロラボ株式会社です」
部長の珂巳野は予約時の受付番号と会社名を名乗り、受付を行う。
「ここに名前と入館時間を書いてください」
そういって、受付を担当する波路乾は受付書類を取りに移動する。部長の珂巳野がフルネームと入場時間を記載し、ペンを新人の沢登に渡す。沢登は珂巳野が書いた内容を参考に、自分のフルネームと同じ入場時間を記載する。
波路乾は印刷したA4の紙を持って戻り
「申請いだいた内容です。間違いないか確認の上、こちらに代表者の名前と入場時間を記載してください。レンタルのテーブルタップと机、椅子、ディスプレイは只今準備しています」
珂巳野が代表で記載し、身分証明として顔付きの社員証を提示する。沢登も同じように、顔付きの社員証を提示し、波路乾が本人確認のチェックと、確認書類の欄から社員証にチェックを付ける。
ここは北海道某所にあるデータセンター。入館証を受けとり、キャスター付きのモニタと折りたたみ椅子、同じく折りたたみのテーブルを運び、いくつかのドアに入館証をタッチして奥へと進む。
途中で靴を履き替えて、また扉を進む。すると、冷房の効いた広い空間に出た。夏場といえども、冷房はかなり低く設定されており、肌寒い。
まるで図書館の本棚のようにラックが並んでいるが、中にあるのはすべてサーバー機器である。ファンの音が強く、ラックの前を通るとたまに熱風を感じる。
珂巳野は申請書類のラック番号を確認し、当該のラックを解錠する。当然ながら、他のラックはすべて施錠されている。ラックの前と後ろの2箇所を解錠すると、珂巳野は来た道を戻る。
沢登は初めて見る光景だが、波路乾は設置当初から見ており
「じゃあ、準備しようか」
と、レンタルしたテーブルタップをラック内のコンセントに接続し、折りたたみの椅子とテーブルを広げる。
沢登は持ってきた増設用のハードディスクを段ボールから開封し、自分の腕時計を見る。
時刻は13時45分。計画では、14時から4時間サーバーメンテナンスの時間を設けている。実際の作業は1時間だが、動作確認や余裕を持って顧客にはその時間で案内している。
「14時を過ぎたら手順書通りに進める。分からないところがあれば必ず質問するように。あと、ダブルチェックするからそのつもりで」
「わかりました」
事前準備を終えて、作業時間まで待っていると、4列離れたラックの1箇所から甲高いビープ音が鳴り響く。
珂巳野と沢登は突然の音に驚き
「何の音ですか?!」
「他社のサーバーだろうが、あまり聞きたくないエラー音だな」
「エラーであんな音が鳴るんですか?」
「ハードの問題かもな」
珂巳野の予想が当たっているかどうかは分からないが、しばらくすると波路乾ともう一人が現れ、サーバーのランプ状態を確認している。
沢登が気になっているようなので、珂巳野は
「ああやってランプの状態を確認して、データセンターの管理会社からサーバーの運用会社に連絡が行く。昼夜問わずに。どんなシステムかは知らないが、あの会社名のエンジニアはこれから休めない日々を迎えるんだろうな」
何も考えずに不穏なことを言ってしまったかと思ったが、大抵そうだろう。沢登にとっては、あまり笑えない話だ。
ビープ音はその後1時間経っても止む気配はない。ハードディスクの増設作業が完了し、システムの動作確認を終えたあとも。
「結局、鳴り止まないですね」
「そうだな。さて、作業完了を社長に報告……」
珂巳野はスマホを取り出したが、首を傾げる。
「珂巳野部長、どうしましたか?」
「いや……圏外だな」
スマホの電波が入らず、圏外だ。
「データセンターの中だから……ですか?」
沢登が推測で言うと、珂巳野は「うーん……」と唸った。セキュリティの観点から、わざと圏外にしているのだろうか。
「沢登のスマホは?」
「自分のスマホは電波が入ってます」
「そうか……」
To be continued…
約2ヶ月ぶりの更新になりました。
遠方での視点から今回の事件を交えつつ、そう遠くない先に起きそうな事件の匂いのようなものが垣間見え……
今回2ヶ月と長く空いてしまいましたが、不定期更新ながらおおよそ毎週更新できればと考えています
この阿波踊り編(?)は年内に……終わるのか終わらないのか……(元々は阿波踊りが中心のつもりでスタートしてました)
次回、悠夏が金長狸に会う?!




