第245話 おそらくそんな難しく入り組んだものではないかと
倉知副総監の運転で、西阿波市から東へと進む。国道192号線は目立った混雑がなく、思ったよりもスムーズに流れている。ラジオの交通情報からは、高速道路で渋滞が発生中であることと通行止めの話が出ている。
悠夏と鐃警は後部座席でそれぞれの資料を眺めている。
「佐倉巡査は、今回の事件の全貌どう見てますか?」
「全貌……」
正直、まだ分からないことが多すぎる。寧ろ、分かっていることは何だろうか。
「全貌は見えてないですよ。でも、今回の事件は、おそらくそんな難しく入り組んだものではないかと。単純明快とまで言えるかどうかですが、事件が解決するときには1本のまっすぐな線になりそうな気がします。不明瞭なことが多すぎるだけで」
「組織的な犯行かもしれませんよ?」
「組織なら金銭を要求すると思います。人質を放置するなんてこと、複数の主犯が行わないですよ。それに、複数犯ならそのうち利益を求めて揉め事になっても何ら不思議ではないですし」
「佐倉巡査は、主犯は1人だと?」
「警部はどうですか?」
「主犯と指示役が同一人物かどうか、まだ分からないので、なんとも言えないです。主犯が指示を細かく出しているのなら、なぜ人質を放置しているのかが」
鐃警はそこが腑に落ちないようだ。信号が赤になり、車は停止線前で止まる。倉知副総監は2人の話に割り込み
「犯人にとって、人質を確保し連絡するまでで、一連の犯罪行為が完了していると考えれば、それ以上行動は起こさないだろう」
「それでも、被害者に苦痛を与えるのであれば、連絡してあれこれ指示したり……」
「被害者にとって、親しい人が事件に巻き込まれ、犯人からの接触が無ければ何の情報も得られない。まるで暗闇の中に放り込まれたような……。何か新しい情報があれば、それに縋り、希望を見いだそうと出来る。だが、今回の事件の犯人は、それが一切無い。奴が口癖のように言う”絶望”という状況下がまるで無限に続いていく。停滞は、犯人にとって望む光景なのだろう。だが、今回は違う。佐倉巡査と家族の残したメッセージをもとに、その停滞を初めて破っている。俺にはできなかったことだ」
交差点の信号が代わり、倉知副総監はゆっくりとアクセルを踏み込み、車はゆっくりを加速する。
「捜査が進むと、犯人はそれを止めようとする。だから、あれこれと仕掛けてきているのだろう」
「倉知さんは、犯人が妨害のために別の事件を発生させていると?」
「そう受けとったのであれば」
「違うんですか?」
倉知副総監に対する悠夏の問いかけ。
「絶望は、望みが絶えること。恐怖や怒りではない。四国の玄関口を封じて、多数の人に迷惑を与えている。それが犯人にとっては”ついで”かもしれない。狙いは、狸人たち。発火現象の謎は残っているが、自分がいつ被害に遭うかどうか分からないという、脅迫による絶対的な服従を強要し、絶望を受けている。そう犯人が考えていたとしたらどうだ?」
「誘拐よりも同時に数多の人数を手中に……」
犯人の思惑に合致する。犯人にとって、殺人や金銭などどうでもよく、絶望している人が見たいという、歪んだ自分の嗜好を満たすのみなのだろうか。
「小松島には……」
倉知副総監は、横目でナビの画面を確認した。
「ある程度渋滞していたとしても、このまま国道192号を走って、国府で右折して、南環状線だと思います。山道のルートだと、神山と佐那河内村の道はある程度拡張されているそうですが、狭いですし、そもそもヨサクを走るのはお勧めできないかと」
「ヨサク?」
「国道439号線です。酷い道と書く”酷道”と呼ばれているんですが、川井峠とか剣山のあたりを通らないにしても、遠回りになりますし。あとのルートは、吉野川の土手沿いぐらいかと」
目的の小松島までは3時間くらいだろうか。
「それで、警部。小松島に行って何をしようと?」
「会うんですよ。金長狸に」
「……そんな簡単に会えるんですか?」
「行ってみないと分からないですよ。大丈夫です。そんな心配そうな顔をしなくても。我々、なんといっても神様に会ってますし、幽霊にも会ってますからね」
鐃警の目が光っているように見えるのは、外光による反射だろうか。
「俺は神様に会ってないぞ」
「幽霊は私だけですよ?」
「細かいことはいいんですよ」
ちなみに、東京都台田市場区の台田市場で守り神に会い、茨城県常陸筑波市の交通事故事件で幽霊に会った。お次は化け狸に会うというのだ。
「……小松島。あっ」
悠夏はふとある名前が浮かんだ。
「徳島ウミガメ専門交番の蔵本巡査に聞いてみます。確か、美波町の日和佐が管轄ですけど、もしかして生き物繋がりで……」
「海亀と狸って、繋がりがありますか?」
「無くても、知ってる人を紹介して貰えるかもしれません」
悠夏はすぐに交番に電話をかける。すると、すぐに繋がった。
「はい。徳島ウミガメ専門交番です」
「私、警視庁特課の佐倉です。貴之の事件以来ですね」
今年の3月にあった毛利 貴之の事件のとき、悠夏は蔵本巡査から情報を得ていた。
「早速本題なんですが、蔵本巡査は金長狸にアポイントメント取れたりしますか? もしくは、知っている人を紹介していただければと思い」
「金長狸にアポイントメント……」
どんな反応をされるのかと思いつつ、変な空気感になるのではと身構えたが、蔵本巡査は特に疑うこともなく
「うーん、羽ノ浦警部なら伝手があるかもしれないです」
「羽ノ浦警部?」
「阿南小松島警察署の生活安全部にいた元警察官です。もう歳で、退職しているかも……」
「連絡先、分かりますか?」
「2月に連絡を取ったので、そのときの電話番号が……」
電話越しに蔵本巡査が引き出しや棚を探す音が聞こえてくる。どこかにメモしているのだろう。
「ありました。電話番号が」
蔵本巡査の読み上げた電話番号を、悠夏はメモする。
「ありがとうございます。ちなみに、金長狸は狸ですよね?」
一応人物の名前と勘違いしていないか確認すると、蔵本巡査は特に気にする様子もなく
「狸ですね。御饅頭ではないですよ」
「わかりました。あと、羽ノ浦警部はどんな方ですか?」
一応、これから電話するので、どんな人か聞いておく。
「寡黙な人ですね。あまり喋らないので、聞きたいことはどんどん聞かないと、向こうからはそんなに話さない人です」
悠夏は蔵本巡査に再度お礼を伝えて、電話を切った。おおよその会話を聞いていたであろう鐃警と倉知副総監に、アポイントメントが取れそうなことを伝え、すぐに羽ノ浦警部に電話する。
電話はすぐには繋がらず、留守番電話にもならず、20コール以上鳴り続ける。このまま繋がらないのではと思い、あと何コールで切るか悩んでいると、コールが途絶えて、電話口から声が聞こえてきた。
「はい」
「突然のご連絡すみません。徳島ウミガメ専門交番の蔵本巡査からの紹介でご連絡しました、警視庁特課の佐倉です。お世話になります」
「どうも。ただ、私は5月に退職してまして」
「そうなんですね、すみません。えっと、ある方についてご存じだと伺いまして、ご連絡した次第です」
「ほう?」
「金長狸……さん、です」
呼び捨てにするかどうか一瞬迷って、”さん”付けになった。
「ふむ」
「ご存じですか?」
「あぁ」
知っていますという返事だと受け取り、悠夏は早速アポイントメントが取れるかどうか聞いてみる。
「ある事件に関して、金長狸さんにアポイントメントを取りたいと思っています」
「うーん」
羽ノ浦元警部は唸るようにして、承諾でも拒否でもない反応だ。
「難しいですか?」
「うーん」
同じ唸り方だ。これはどういう返事なのだろうか。
To be continued…
今日は木曜日ではないですが、更新です。毎週木曜更新を基本としていましたが、最近は出来が疎らで、更新日がバラバラになるため、しばらくは出来次第更新することにしています。
徳島の銘菓に金長まんじゅうというのがあり、その印象が強いので度々「御饅頭ですか?」という確認を挟んでいます。地元以外の人からしたら、何それってなるんでしょうね。なんかそういうネタをたまにやりたいな。本筋とは関係無いので、無駄な会話ですけど。
神に会い、幽霊に会い、他にも妖狐や怪物、魑魅魍魎など色々と会っているので、化け狸ぐらい会えそうな気がしてますが、果たして……
ちなみに貴之の事件は第34話より。台田市場の事件は第45話より。幽霊の事件は第175話より。




