第244話 四国狸
デスクから崩れた資料を拾い上げる瀧元だが、ある1枚の資料を拾う際に
「あれ? 伊與田さん、この資料は?」
「なにかあったか?」
「阿波新聞……?」
「多分、なんかの資料に挟まっていたやつだな」
伊與田は集めた資料をまた山積みして、その山頂に重しとして先週発売の新刊コミックを置く。初回限定版らしく、コミックよりも限定品の方がデカイし、重さがそこそこあるらしく、先週から未開封で文鎮として使用されている。
「それ文鎮じゃないですよね」
「付録が文鎮だから、汚れずに使うならこうだな」
瀧元は相槌を打とうかと考えたが、沈黙が早く訪れたため、それ以上は言わなかった。それに、ツッコミやコミックの内容に触れると話が脱線しそうなので、それ以上は触れないことにした。
阿波新聞は広げると1枚。裏側の両面は広告で、右半分はスポーツの記事。左半分は動物園の記事だ。
特集記事らしく、閉園間近の剣山動植物園について書かれている。その中でも、瀧元が気になったのは2番目に大きい写真。狸が園内を散歩しており、遠足できた幼稚園児たちの前を気にせずに横切っている。
瀧元は記事をまじまじと見ており、気になった伊與田は
「何か写っているのか?」
「尻尾……」
「ん?」
伊與田は気になってデスクを離れようとすると、袖が当たって積み上げた資料がまた崩れていく。慌てる伊與田を余所に、瀧元は新聞を持って複合機スキャナで取り込む。
スキャンして戻ってきた頃には、また伊與田のデスクに山が出来ていた。
「それで、何か気になる記事でもあったのか?」
「この写真に写っている園児たちと、動物園の園長、狸の後ろでバケツを持っている飼育員も……、みんな尻尾がありませんか?」
そう言われて、伊與田は新聞を渡され、瀧元はスキャンした画像データに解析を開始する。
「記事には尻尾のことは何も書かれていなくて、園長の名前は”目駒 新亥”さん。飼育員の名前は”蜂六科 沢井”さん。この記事を書いた人は、”虎和希 剛美”さん。偶然なのか3人とも狸が共通点なんです」
「ん? 共通点なんてあるのか? 寧ろ別の動物が苗字に使われているくらいで」
「狸を調べていたので知ってたんですが、3人とも名字または名前が狸なんですよ。”めこま”、”はちむじな”、”こわみ”。いずれも狸の異名や方言なんですよ」
狸とこわみは異名であり、八狢は方言らしい。鮮明化の解析結果が早々に出たが、少し黒ずんだ新聞だったためか、思うような結果ではなかったが、気になるところを拡大してみる。
「これ本物の尻尾っぽくないですか?」
見てくださいよと言わんばかりに瀧元は画面を指差したため、伊與田が覗き込むと
「……分からんな。狸のことは狸に聞けばいいんじゃないか?」
そう言って、伊與田は自分のデスクに戻る。
「狸……」
瀧元が違うものを想像したのを感じ、伊與田は
「確か徳島県警が狸人を1人保護しているだろ」
「そうでしたね」
「あんまり狸呼ばわりすると、どちらかと言えばそっちの方から言われそうだぞ」
「自分は何も言ってないですよ」
そろそろ某青いロボットを絡めた話は新鮮味が薄れてきたのか、さらりと流される。
「さて、どうやって訊くか……。その前に、この動植物園についてもう少し調べてからにするか……」
*
大鳴門橋。横転した高速バスは鎮火されたが、対向車線を含め、かなり広い範囲まで破片が飛んでいる。淡路島の1つ目のインターチェンジ、淡路島南インターより大鳴門橋方面は通行止め。通行止め解除を待つ人たちで、パーキングエリアは満車。パーキングエリアに入りたい車と、大鳴門橋の通行止め解除待ちで高速道路は大渋滞である。淡路島南インターから出ようとしても、車がなかかな進まないようだ。
藍川巡査は、救急隊員の手当を受けている。バスが横転し、割れたガラスで擦り傷を負った。如何せん、擦り傷の数が多く、そのたびに消毒液が染みる。治療を一通り受けると、すぐに仕事モードに切り替える。現場は県境のため、徳島県警と兵庫県警の高速道路交通警備隊が対応を行っていた。
周囲を見渡すと、交通警備隊の1人と榊原警部が何かを話しているのを見かけた。邪魔しないように、静かにそっと近づくと
「男性については、身分証を持っていなかったですね。そもそも、荷物を持っていなかったようです。バスが燃えたことで、乗員乗客の荷物は殆どが燃えてしまいましたが……」
「そうですか。バスの予約情報は、こちらからも問い合わせているので、それ次第か……」
どうやら話が途切れそうな気がしたので、藍川巡査は
「被害者の件ですか? ……いや、加害者?」
狸人のことである。火元は確実にあの男性だが、燃え上がったときの状況から被害者だと勝手に思い込んだため、藍川巡査は最初被害者と言い、そのあとすぐに加害者と言い直した。続けて、その男性のことについて
「榊原警部。予約リストの件ですが、本部から身元の情報が全く出なかったので、おそらく」
「その可能性は高いが、バス会社が個人情報の開示を行っていないだけかもしれない以上、念押しするしかない」
名前が分からないと、捜査員同士の情報共有で混乱しそうだ。同時に四国の出入り口を封じられたが、他の現場も同じような状況だろうか。
*
悠夏の『狭霧の鍵』が関連するという推理に、鐃警は賛同しかねていた。倉知副総監は悠夏の推理がもし当たっていて、別の切り口になればいいと考えているのだろうか。
「私はこの方向で捜査を進めたいです。杞憂に終わるかもしれませんが、それでも」
鐃警はやはり乗り気では無いようだ。悠夏は1人でも、関係各所にあたって、捜査を進めるつもりだ。平行線になりそうななか、悠夏のタブレットに通知が届く。悠夏は自分の頼んだ件かと思い、すぐにタブレットの内容を確認すると
「これ、警部の依頼した内容ですか?」
鐃警は悠夏からタブレットを受けとって、中身を確認するが
「佐倉巡査」
鐃警が深刻そうな顔をする。悠夏は
「なんでしょうか」
恐る恐る確認すると
「スクロールしてもらっていいですか」
「あっ、分かりました」
悠夏は、鐃警の持つタブレットを右手でスクロールさせる。ロボットである彼は、静電式の操作ができない。タッチペンが必要だ。
シリアスなシーンが破壊されたような気はするが、話は続く。
「僕が依頼したのは、四国狸の件です。ほら、狸合戦のアニメ映画があったの知ってますか?」
「ありましたね。金曜日の夜9時によく放映されていたので、何回か見たことがありますが」
「あの映画、途中で四国狸が出てきたので、それを」
タブレットの画面を見ると、アニメのキャラクターと地図がある。文章では
「太三郎狸。屋島に伝わる化け狸。隠神刑部。松山に伝わる化け狸。金長狸。徳島に伝わる化け狸。金長狸は、地元なんで知ってます。御饅頭ですけど……」
「佐倉巡査ほどではないですが、僕の突拍子もない推理として、おそらく阿波踊りがターゲットではないかと」
「どうしてですか?」
「太三郎狸は、ざっくりいうと平重盛に命を救われたとか、弘法大師の空海や鑑真、他にも僧侶に対して道案内をしたとか、そう言った話があるってここに書いてます。隠神刑部は、808匹の狸を従えていたそうで、享保の飢饉で謀反側に利用されたそうです。江戸末期、『松山騒動八百八狸物語』というほとんどが創作ですが、そこに描かれた隠神刑部がインパクトが強く、全国的にその名が広まったとかなんとか。で、僕が阿波踊りがターゲットになっていると考えたのは、この金長狸合戦。所謂、阿波狸合戦です」
「あれ? ……確か阿波狸合戦って小松島じゃなかったですか? 阿波踊りを行う徳島市じゃないですよ」
悠夏は、幼稚園のころにそんな話を聞いたような記憶がふと甦り、その記憶を頼りに言うと、鐃警はなんとも言えない表情をした。悠夏が推理をいうときは黙って聞いていたのに、鐃警が推理を披露しようとすると、早々に悠夏によって遮られたのだから……
To be continued…
狸の説明を書きつつ、平重盛やら空海に鑑真、享保の飢饉といった説明に出てきて、歴史の授業かなと。
狸の別名は他にもいろいろとあるそうです。説明はとても掻い摘まんでいるので、気になる方はそれぞれの狸については調べてみてください。
本編と全く関係無いですが、伊與田さんが買った文鎮が初回限定版のコミックスとは……




