第243話 独断暴走
2019年3月4日。前日の夜、杉戸 俊宏さんが遺体となって発見された。結局は、妻の三荷が勘違いして殺害したという結末だった。当時、新しく導入した会計システムの障害によって、金額計算に誤りが発生した。
その事件でキーとなったのが、VRゲームの『狭霧の鍵』である。俊宏さんが極秘で告発できるような仕組みを組み込み、会計に関する件を暴露する予定だった。しかし、俊宏さんが致命傷を負った際に、ダイイングメッセージに書き換えた。
復元できたメッセージは3箇所に隠されていた。尤も、ダイイングメッセージを表示するようになっており、これらは解析しないと分からなかった。
「ぶっ飛んだ推理なので、私が独断で暴走したということで、責任は私が」
そのぶっ飛んだ推理とやらに、鐃警と倉知副総監は耳をかたむける。
「『狭霧の鍵』で明らかにしようとしたのは、櫧荃さんに関わる事件または、その犯人。あのシナリオは実在する地名を使用していました。その結果……」
悠夏はタブレットを操作し、ある報告を鐃警と倉知副総監に見せる。差出人は、サイバーセキュリティ課の伊與田警部補。
「2014年6月に佐賀県西九州郡肥前村で、少年と母親が行方不明。親戚が七回忌に2人が来ず、連絡が取れないことから、佐賀県警に捜索願を提出。3ヶ月後、母親は山道で遺体となって発見され、少年は行方不明のまま。事故として処理されたそうです。伊與田さん経由で、佐賀県警に問い合わせたところ、当時の捜査関係者が、母親の携帯電話には、非通知で連絡があったことを憶えていたそうです。ここからは推測ですが……。これも同一犯ではないかと。その少年が、櫧荃さんであり、『狭霧の鍵』のシナリオに出てきたストックホルム症候群の少年ではないかと。『狭霧の鍵』で告発予定だった箇所は、3つの事件シナリオです。多分……、その事件はノンフィクションであるという告発があったのではないかという……考えです。一応、『狭霧の鍵』の解析を行った伊與田さんに、その3つの事件シナリオをまとめてもらっていて、実在の事件と同じかどうか調べてもらっています」
鐃警は何も言わずに、倉知副総監の顔を見ている。倉知副総監はその視線を感じつつ、
「特課の責任者はこっちだ。必要があれば、他にも話を通す」
「副総監?」
鐃警は反対のようだ。昔の事件で似ている事柄があったからといって、簡単に関連付けるのはいかがだろう。
「佐倉巡査の思いつきで、事件が解決したこともあるだろ。正当な推理は捜査一課い任せて、こっちはこっちのやり方で進めればいい。それに、この事件の被害者は佐倉巡査だ」
「……うーん。そんなので」
鐃警は乗り気では無かったが、突拍子もない推理は思わぬ方向に進むことになり……
*
「さて、そのまま黙っているつもりかい?」
内場警部は、俯いたままの櫧荃被疑者に問いかける。取調室は静かで、椅子の軋む音が響く。
「名前を”櫧荃”と言ったが、本名なのか?」
櫧荃被疑者は黙ったままだ。このまま沈黙を続けるのだろうか。「職業は?」と聞いても、「学校は?」や「家族は?」といった問いにも答えない。
ノックの音と共に、霧越巡査長が少し扉を開けて
「警部、少しよろしいですか」
内場警部は一度取調室を退室し、櫧荃に聞こえないように扉を閉める。
「どうした?」
「特課からの情報です。どういう経緯でこの情報が出てきたのか……」
バインダーに止められたA4の資料には、名前と顔写真、経歴が書かれている。
「椋本 伊鞠。佐賀県西九州郡肥前村出身。小学校入学しか書かれていないぞ」
「こちらも」
1枚捲ると、もう一人の名前と顔写真、経歴が書かれている。
「椋本 多海。伊鞠の母親か。専業主婦か」
「いえ、それが」
と、霧越巡査長が次の紙を捲ると、
「児相の報告書か。母親の多海が、長男の伊鞠に対して日常的に暴力を」
そこまで読んで、この資料の意味が分かった。暴行による痣。次の資料を捲ると、事故に関する捜査資料だ。多海は山道で遺体となって発見され、伊鞠は行方不明。
「これは……、櫧荃か。それにしても、本人から何の情報も得られていないし、所持品にも身元が分かる物品がなかったのによく特定出来たな」
「情報元は警視庁から。例の、特課です」
「なるほど。それで、この情報と指紋照合の結果は?」
「データベースに指紋データが無かったため、佐賀県警に確認を依頼しています。当時の証拠物件から、指紋を取り直すことになります」
「伊鞠が見つかっていないから、証拠物件を押収したままなのか」
「それもありますが、当時通報した親族が病気で他界しており、引受人がもういないというのも理由らしいですが……」
「放置されていたってことか。ただ、それが今回活躍するとということか。結果が出たらまた教えてくれ。一先ず、あの子が喋らないことには……」
「小学校の途中から通えていないのであれば、言葉がどこまで通じているか分からないですね。特に家庭内暴力を受けていたのであれば、威圧的に聞くのはトラウマを引き出す可能性が」
「そうだな。少し聞き方を変えるか」
*
「まるで芋づる式ですね」
瀧元巡査長は、伊與田警部補のデスクに山積みされた紙を見てそう呟いた。
「デジタル化の時代に似つかわしいとでも言いたいのか?」
「そんなことは一言も」
「全くだよ。人使いが荒いというかなんというか。瀧元の方は?」
「伊與田さんの方は、佐倉巡査の依頼ですが、こっちはロボット警部からの依頼です。四国狸について」
「それ、|サイバーセキュリティ課の範疇か?」
「頼れる当てがいないそうです」
「当てがいない?」
「捜査一課のメンツは現場で、総務部に取り合ったところ畑違いと言われたそうですよ」
「珍しいな。特課からの依頼をガッツリ断るのは」
「誰が断ったかは言わなかったので、聞かなかったのですが、非協力的な人はいるみたいですね……」
内部の人間どうこうの話はさて置き、瀧元は山積みの紙から適当に選んで抜き取ると、不安定だった資料が崩れだして山崩れのようにデスクから落ちていく。
「瀧元?!」
「すみません」
瀧元は慌てて崩れた資料を拾い集める。エアコンの風が丁度当たったのか、かなり広い範囲に散らばってしまった。
1枚ないしは複数枚を束ねて、集めているとある資料が目に入った。
「あれ? 伊與田さん、この資料は?」
To be continued…
悠夏が自分の考えでずんずんと進んでいます。今回の事件の特徴として、犯人から情報があまりにも出なさすぎて、停滞しがちなので、変な切り口から攻めないと犯人に近づかないのかもしれませんが……
さて、次回は捜査一課2名のその後を。




