第24話 『狭霧の鍵』
友人の結婚式の翌日、3月4日 月曜日。特課のテーブルというか、悠夏の机に警視庁と書かれたダンボールがある。悠夏は、そのダンボールを開けずに、
「警部。これ、なんですか?」
デスクで作業中の鐃警は、忙しそうにしながら、
「事件の証拠品らしいですよ。詳しいことは、捜査一課の藍川巡査に聞いてください。彼が持ってきたので」
「藍川巡査ですか……」
悠夏は藍川巡査の内線番号を調べて、電話をかける。
「はい。捜査一課の藍川です」
「特課の佐倉です。お疲れさまです」
「お疲れさまです。あ、いまからそっちに行きますね」
と言って、電話が切れた。呆気にとられると、鐃警が
「そういえば、昨日の高校生は大丈夫ですか?」
栄養失調で意識を失っていた宮沢 守君のことである。
「結局、無理な絶食が原因だったみたいです。SNSで”拡散したら、何件につき何時間絶食します”って、軽はずみで書いたら想像以上に拡散されて」
「なるほど。律儀に、それを実践したら、倒れたわけですか」
「そういうことです。一昨日の夜、フラついていた理由は、何も食べていないから。体はSOSを既に発していたけれど、本人は無謀にも継続して、倒れたわけで……」
「何事も限度ってのがありますし、人によって違いますからね」
「何日かは入院して、点滴って聞いてますね。本人は元気らしいですけど」
悠夏と鐃警が話していると、扉が開いて藍川巡査がやってきた。警視庁と書かれたダンボールをひとつ持って。
「捜査一課のお手伝いをお願いしてもいいですか?」
「というよりも、すでに頼む気でいるのは、火を見るより明らかですけど」
鐃警がそう指摘すると、藍川巡査は笑顔で
「それなら、話が早いですね」
そう言って、持ってきたダンボールを開ける。
「まだ返事してないんですが……」
悠夏はそう言いながらも、断る理由もないので、一先ず用件を聞くことに。藍川巡査はダンボールから事件に関するファイルを取り出して、事件概要を話す。
「昨日、3月3日の夜8時過ぎ。杉並区で、ある男性の死体が発見されました」
藍川巡査が顔写真を取り出し、どこに置こうか悩んでいると、鐃警が
「ちょっと、待ってください。ホワイトボードを借りてきます」
そう言って、別の会議室からホワイトボードを運んできた。そろそろ、ホワイトボードを特課の什器備品として買おうかな。
藍川巡査は、ホワイトボードにマグネットで顔写真を貼り、その下に名前を書きながら
「亡くなったのは、杉戸 俊宏さん。32歳。中野区のゲーム会社に勤務するプログラマーで、第一発見者は妻の杉戸 三荷さん。発見当時、家には俊宏さんだけで、三荷さんが晩ご飯の買い物から帰宅したときに、施錠されておらず、家の中はかなり荒らされていました。あまりにも静かで、あちこち探した結果、俊宏さんが風呂場で血を流して死亡していました。三荷さんは腰を抜かして、手に持っていたスマホで警察へ通報。気が動転しており、通報したときの前後は憶えていないそうです」
鐃警が「はい! 質問!」と言って手を挙げ
「何か盗まれたりは?」
「三荷さんに確認してもらいましたが、通帳や財布は盗まれておらず、無くなったのが俊宏さんのスマートフォンです」
藍川巡査は、盗まれたものと同型のスマートフォンの写真をホワイトボードに貼る。Android端末である。
「おそらく、被疑者が部屋を荒らしたのは、物取りの仕業だとカムフラージュするためかと」
「つまり、藍川さんの推測では、被疑者は最初から被害者のスマホを奪う目的だったってことですか?」
悠夏がそう聞くと、藍川巡査は
「その可能性は高いですね。それに、被害者はダイイングメッセージを残しています」
そう言って、別の写真をホワイトボードに貼る。風呂場のタイルに、血で書かれている。
「”狭”? ”boot”?」
鐃警はダイイングメッセージを見たままに言った。
「で、今朝の捜査会議でこれが話題になりました」
藍川巡査は、悠夏のデスクに置いていたダンボールから、何かを取り出す。ヘッドマウントディスプレイだ。
「俊宏さんが勤務するゲーム会社は、家庭用ゲーム機向けやパソコン向け、スマートフォン向けなど様々な機器向けに販売しており、これもそのひとつです。一昨日に発売した『狭霧の鍵』というVRゲームです」
鐃警はダイイングメッセージの写真を指差し、
「ダイイングメッセージの”狭”が、『狭霧の鍵』を示しているのでは。というわけですか」
悠夏はゲームのパッケージを見ながら
「これって、どういうゲームなんですか?」
「『狭霧の鍵』は、オンラインゲームです。インターネットに繋がないと、プレイできないみたですね。ジャンル的には、アクションゲームですかね。ゲーム内容は、一言で言えば、任侠ものですかね。開発スタッフの一人が被害者の俊宏さんで、核となる部分は俊宏さんが担当だったみたいです」
「もうひとつのダイイングメッセージである”boot”は、起動って意味ですから、『狭霧の鍵』をプレイすれば、なにか分かるかもしれないですね」
鐃警がそう言ったことで、藍川巡査が特課にお願いしに来た内容を把握した。
「つまり、そういうことですか……?」
悠夏が確認すると、藍川巡査は深く頷いた。
「一応、必要な物がそのダンボールに入ってます。こっちのダンボールは、事件に関する資料です」
どうやら、悠夏のデスクに置かれたダンボールは、機器が入っており、藍川巡査が後から持ってきたダンボールには、事件に関する資料が入っているようだ。
「それでは、お願いします」
そのまま藍川巡査が立ち去りそうになったので、悠夏は慌てて引き止め、
「これって、スケジュールは……?」
「収穫は、早いことに超したことはないですね」
いや、求めていた回答とは違う……
「それで、事件の進展はどうなんですか?」
鐃警が藍川巡査に聞くと、
「今日は、被害者の同僚へ聞き込みに行く予定です。鑑識からの報告だと、まだ犯人に繋がる手がかりは見当たらず、引き続き鑑識作業をするみたいですよ」
流石に、事件が発生してから一晩しか経っていないため情報は少ないみたいだ。
藍川巡査が去って、悠夏は一呼吸して
「事件捜査しますか……」
「頑張ってくださいね」
と、鐃警は参加しないようで
「警部はしないんですか?」
「私の頭にそれが合うとは到底思えないので、パスです。佐倉巡査が操作する映像を、そこのモニターに出力していただければ、こちらも捜査に協力できますよ」
「取り敢えず、セッティングしないとですね……」
ダンボールからは、いろんな機器が出てくる。ケーブルも多種多彩で……
「懐かしいケーブルが……」
悠夏が手にしたのは、赤白黄色の端子が付いたAVケーブルである。映像と音声を伝達し、RCA端子やピンコードなどと呼ばれる。HDMIケーブルが普及する前、かなりお世話になった。
鐃警も少し笑い、
「今時、それが繋がるモニタを探す方が大変ですよ」
さて、特課の事件捜査のため、ゲーム実況が始まろうとしている……のか?
To be continued…
第24話からは、ゲームが関係する少し長めのストーリーです。作中の3月も長くなりそうだなぁ。今年中に、作中でも令和を迎えられるのかな……? そもそも、作中ではまだ令和が発表されてないですね。
今回の『狭霧の鍵』は後半の展開がまだ決まってないので、どのぐらいの長さになるか不透明な状況です。予想だと7話ぐらいだけど、果たして……