第235話 狸人
「お昼のニュースです」
女性ニュースキャスターの小倉石 馨が一礼をして、原稿に目を落とす。
「まずは速報からお伝えします。徳島県西阿波市の阿波踊り会館駐車場にて、車両の爆発火災が発生し、現在消火活動が行われています」
映像が切り替わり、現場の中継映像が流れる。
「本日午前11時半ごろ、”車が爆発して燃えている”と消防に通報がありました。消防によりますと、クーペ1台が爆発とともに炎上し、その爆風と思われる被害として、駐車場に停車していた5台、横転や損傷などの被害が出ています。徳島県警によりますと、車の持ち主、男性1名が重傷。駐車場に居合わせた女性警察官が頭を打つ怪我をした、とのことです」
ニュースでは名前が公表されていないため出ていないが、男性は所有していた免許証から身元が分かり、鴻原 光隼。女性警察官は東雲 柚奈警部。
「続いても速報です。徳島市内のアニメイベント会場にて、人が炎上する事件が発生しました。SNSで拡散されている映像には、突然人から炎があがり、瞬く間に全身を火の手が覆いました」
テレビのニュースでは、人が燃える部分にモザイク加工がされているが、実際に拡散された映像は未加工である。
「周囲にいたスタッフやイベント会場を訪れていた人たちによって、バケツで男性に水をかけますが、火の勢いは止まらず、周囲の人が川に飛び込むように叫ぶと、男性は新町川に飛び込みました。その後、大勢の人に引き揚げられ、病院に搬送されましたが、意識不明の重体とのことです。消防と警察によって、出火原因を特定する予定です。なお、火災現場周辺のみ立ち入り規制を行い、イベントは通常通り開催中とのことです」
小倉石は原稿をずらして、次の原稿を素早く確認して次のニュースへと切り替える。
「今日は、阿波踊り初日。市内のアニメイベントとの開催と相まって、徳島市内では大勢の見物人が訪れています」
映像は、午前中にイベント会場で撮影されたVTRに切り替わる。人気アニメや漫画、ゲームなどのキャラクターに扮する人やキャリーバッグで移動する人、家族連れ、年配の方、様々な人が徳島市内のイベント会場を歩いている。その映像の中に、事件関係者、狸人もいるのだろうか……。
ここまでの事件を整理すると、時系列順で下記の通り。
2014年7月末、倉知副総監の息子が帰ってこず、探しに行った妻も行方不明となる。犯人から連絡が1度だけあり、発信源の芝公園では、金銭を受けとった若者達が一斉に公園から駆け出し、捜査を攪乱させた。その後、空き家で2人の遺体と二階原受刑者が発見された。
2016年6月30日、熊本県東肥後村で、桜庭さんの娘が帰ってこず、探しに行った母親も行方不明となる。犯人から父親に連絡が一度だけあったが、2人は遺体となって発見。
2018年8月9日、高知県の土佐島で、遠賀さんの孫2人が帰ってこず、島内を捜索中に祖母も行方不明となる。犯人から祖父に連絡があったが、祖父が怒って電話を切った結果かどうかは分からないが、それ以降に連絡はなく、3人は倉庫で遺体として発見された。
2018年8月19日、福島県磐代村で、女子大学生の野城さんが帰ってこず、母親が捜索に出て行方不明となる。犯人から姉に連絡が1度だけあった。その後、2人は遺体で発見された。
2019年7月、香川県東かがわ市の自宅にて、引田教諭が熱中症と思われる症状で死亡。海翔の先生であり、1人で下校することを止めなかった自分の越度であると、自身を責めていた。
2019年8月現在、秋田県北出羽町で、紅警視長の祖母が行方不明となり、犯人から紅警視長宛てに連絡があった。
東讃岐警察署所属の大川警部補が、引田教諭の部屋で何者かに襲われて死亡。その際、犯人は何らかの封筒を持ち去ったと考えられる。
同じく、徳島県西阿波市で、悠夏の弟妹が帰ってこず、家で待っていた母親が複数犯に誘拐された。母親は救出され、誘拐犯も3名確保。なお、猫も無事に保護された。
狸人の少女が交番に駆け込み、助けを乞う。
西阿波市の阿波踊り会館にて、偽造ナンバーの車を追っていた東雲警部だが、鴻原参考人が車のドアを開ける瞬間に爆発が起き、鴻原は意識不明の重体。東雲警部も後頭部出血の怪我を負う。
ほぼ同時刻、狸人の青年が徳島市内のイベント会場にて、人体発火。意識不明の重体となる。
結局、連続誘拐事件の主犯は不明。事件関係者が次々と狙われ、証言を聞く前に重傷を負う。紅警視長の祖母は行方不明のままであり、悠夏の弟妹も行方不明。
長さ1629メートルの大鳴門橋。小さな渦が橋の下に出来ており、観光船がいくつも出ている。大鳴門橋を、榊原警部と藍川巡査、狸人が乗車する高速バスが走行する。まもなく兵庫県との県境である。
告発のことを伝えると、男は窓の外を見る。会話するつもりはないのだろうか。
「他の警察メンバーが、仲間の保護をしている」
徳島県警と香川県警、愛媛県警、高知県警、各地で四国の外に出ようとする狸人に声をかけている。男の心が揺らいだのか、窓の外から自分の手に視線が動く。榊原警部の方を向かないが、悩んでいるように感じた。
榊原警部は味方であり敵ではないことを伝えつつ、向こうから歩んでくるのを待つ。藍川巡査は他に共犯がいないか、前後の座席に目を光らす。
兵庫県の看板が見えてくると、突然本部からの連絡で
「各捜査員に告ぐ、”狸火”だ!」
どういう意味か分からなかった。次の瞬間、目の前で男から火の手があがる。
「バスを止めろ!!」
榊原警部が叫ぶと、体がふわりと浮く。藍川巡査が
「横転! 全員掴まって!」
乗客に向かって叫ぶが、バスは大鳴門橋の中央分離帯のガードレールへと曲がり、遠心力で右側のタイヤが浮いている。バスの窓から見えないはずの、大鳴門橋のケーブルを張る塔の先端が見える。
時速70キロで走行していたバスが横転し、窓ガラスが割れ、後続の乗用車が、咄嗟の判断でハザードランプを焚き、急ブレーキを踏む。さらにその後続がクラクションを大きく鳴らし、その車に追突。乗用車が横転して滑るバスにぶつかる。バスの割れた窓から黒煙と炎が見える。
バスは中央分離帯のガードレールを突き破り、大鳴門橋の中央で停止。慌てて避けようとして対向車が隣の車線にはみ出し、対向車同士の側面で接触。
「本部。こちら藍川。高速バス横転。火災発生」
周囲の座席を確認すると、乗客が意識を失っている。
「榊原警部」
「藍川は後ろの乗客を避難」
「避難とは言っても……」
横転したバス。出口は天井となった割れた窓ガラスだろうか。
「前方はフロントガラスから、後ろはリアを」
榊原警部に言われ、リアガラスを確認すると割れており、そこから出られそうだ。
狸人の男が苦しそうに燃えている。消火する方法がなく、乗客の避難を優先せざるを得ないだろうか。割れたリアガラスの方を見ると、コンビニのトラックが見える。
「榊原警部、コンビニの搬送トラックがあります!」
もし飲料水があれば、初期消火できるだろうか。
To be continued…
話が長くなってきたので、一旦整理しつつ、事件に動きが。
ちなみに想定よりも話が広がっており、予定話数を超過見込み。
藍川巡査と榊原警部は、横転するバスの中、辛うじて負傷していないですが、乗客の中には怪我をした人もいるでしょう。
執筆が追いついておらず、毎週更新が難しいときもありますが、なるべく毎週更新していくつもりで頑張ります。




