第234話 被疑者と被害者
西阿波市の阿波踊り会館。駐車場にて、東雲 柚奈警部が逃走を図った被疑者の腕を掴み、自白を促している。
「そろそろ離してくれないか?」
「全てを話せば、この手を離してもいいぞ」
手は離しても、手錠をかけるのだが。それに薄々気付いているであろう被疑者は、何も言わなくなる。少しでも気を抜けば、逃走を図るだろう。応援が駆けつけるまでは、気が抜けない。
「何も言わないなら、こちらから質問する」
被疑者は黙っているので
「否定しなければ、Yesだ。犬を連れていたな?」
被疑者は黙っている。
「黙っているってことは、Yesだな」
被疑者は沈黙やノーコメントを主張しない。下手に反応すれば認めることになり、何もリアクションできないのだろう。
リアクションがないのであれば、思わず喋りそうなことを言ってみる。たとえば
「その犬、お前が殺したのか?」
なんの脈略も無く、勝手に殺したと決めつける。大抵の人は、黙っていられずに否定するだろう。
「勝手に殺すな」
被疑者も反応した。
「犬を連れていたことは認めるんだな」
被疑者は外方を向く。誘導尋問のようで、場都合が悪いのだろう。
しばらく沈黙が続いた。このまま身柄を徳島県警に渡すかと思われたが、被疑者が口を開き落ち着いた声で
「犬がまだ車の中だ。この炎天下で危ないかもしれない。車から出してもいいか?」
動物を見殺しにするわけにはいかないし、東雲警部は了承した。
被疑者は車に近づき、東雲警部は逃走できないようにすぐ隣で監視する。車内で刃物を入手する可能性もある。
車のドアに手をかけ、被疑者がドアを開ける瞬間、目の前が真っ白になる。
気付けば、東雲警部は駐車場に横たわっている。頭と体が痛い。被疑者の車を見ると、火の手が上がる。被疑者がドアを開ける瞬間、車が爆発したのだ。
周囲を見渡すと被疑者の姿が見えない。頭を触ると、自分が出血していることに気付いた。頭を強く打ったのだろう。脳震盪を起こしたようだ。
西阿波消防本部の通信指令室。入電の音が鳴り、仁賀木消防士長が電話に出る。
「119番西阿波消防本部です。火事ですか? 救急ですか?」
通報者は慌てふためく様子で
「車が爆発して……」
「車が爆発して?」
仁賀木消防士長は、鸚鵡返しのように口にする。すると、指令室にいる消防隊員たちが驚く表情をする。浅長消防司令長が注視する。
「えっと、車が燃えて……」
「火事ですね。それでは消防車を向かわせる場所を教えてください」
仁賀木消防士長は、パソコンの画面の状況欄に”車両火災(爆発)”と入力する。通報時間や電話番号は、自動で入力されている。
「阿波踊り会館の駐車場です」
「阿波踊り会館の駐車場ですね。分かりました。場所を確認しますので少々お待ちください」
パソコンの画面で阿波踊り会館の場所を地図に表示する。徳島市内や西阿波市のほか、複数箇所が候補に挙がる。
「場所は西阿波市の阿波踊り会館ですか?」
携帯電話からの通報ならば、西阿波市の可能性が高い。他の候補地の場合、別の消防本部にかかるだろう。
「そうです」
「場所の特定ができました。今から消防車を出動させます」
同刻。西阿波市中央消防署。スピーカーから出動を知らせる音が鳴り、自動音声で
「車両火災発生。場所は西阿波市四国三郎102番地、阿波踊り会館駐車場」
消防隊員がすぐに出動準備に取りかかる。
さらに指令書が通信指令室から届き、災害の要点を確認する。
消防車に乗り込み、出動のランプが点灯。サイレンを鳴らし、出動する。主要道路の車が停車し、次々と消防車が出動する。さらに救急車も出動。
西阿波消防本部の通信指令室。通報者のと通話が続いている。
「あなたは安全な場所にいますか?」
「はい」
「安全ですね。分かりました。車のどこが燃えていますか?」
「車両が激しく燃えていて……隣の車が爆発の勢いで他の車に当たって……」
「逃げ遅れや怪我人はいますか?」
要救助者の確認をする。
「分からないですが、1人が駐車場で蹲って……」
「怪我人が少なくとも1名。分かりました」
画面を確認すると、すでに救急車も出動済みだ。
「すでに救急車も向かっています。その人は意識がありますか?」
「分からないです。あまり近づけなくて……」
「周囲に人はいますか?」
と聞いた瞬間、爆発音が電話越しに聞こえ、何人もの悲鳴が聞こえる。
「燃えているのは1台ですか?」
続いて延焼の確認を行う。すると、連続して2件の通報が入る。詳細を聞くと、同じ現場だ。浅長消防司令長は通報内容を確認し
「周囲の消防署に応援要請」
駐車場の車が大きく燃え上がり、けたたましいクラクションの音が鳴り響く。燃えているのは1台。よく見ると、駐車場でひっくり返っている軽自動車がある。爆発の規模は相当なものだったようだ。
スマホで本部に連絡を試みる。
「こちら警視庁の東雲です。被疑者拘束中に、被疑者の車両が爆発、火災が発生中です」
「状況は?」
「被疑者1名が所在および安否不明。車両1台が激しく燃えており、駐車場に止めていた車は爆風と思われる被害があります。私は後頭部を強打し、出血しており、動けない状況です」
「人的被害は?」
「少なくとも、私の周囲に倒れている人はいないかと……」
本部に連絡した情報は、すぐに消防本部に情報が伝達され、現場へ向かう消防車では、無線で通信指令室からの情報共有がされていた。
「西阿波消防本部から火災出場各隊へ伝達。駐車場に停車していたクーペが1台、爆発して炎上。要救助者情報について、女性警察官が後頭部強打による出血。男性1名が所在および安否不明。延焼の危険性は低いが、繰り返し爆発しており、活動に危険を伴う。駐車場では、爆風により横転した車両があり、駐車場に侵入できない可能性あり。以上、西阿波消防本部」
*
「被疑者が被害者……」
鐃警は捜査資料を見て呟く。
「どうした?」
倉知副総監が声をかけると、鐃警は思ったことをそのまま告げる。
「要は、お役御免で切り捨てられた……。使い捨て……」
どうやらこちらの声は届いていないようだ。倉知副総監は、遠くを見て、独り言を呟く。
「一連の事件、想像よりも根が深いかもな。いや、浅く広いかもしれないか……」
To be continued…
気付けば2019年開始から早5年。今後ともよろしくお願いします。
さて、捜査方針として、火災事件を取り扱うことになりそうです。1つは人体発火。1つは車両爆発。
それらに関連するキーワードは、被疑者が被害者となった点。車両爆発は、一連の事件と関連するのだろうか……




