第231話 見えぬ全容、届かぬ手
公園の駐車場は20台ほど駐められるが、満車である。特にイベントなどがあるわけではなく、満車になるのは珍しい。
毎日柴犬の散歩をするおじいさんは、珍しいと思って横を通り過ぎていく。
停車している車内。鐃警は本部からの連絡文書を見て、
「被疑者が被害者だった?」
「まだそうと決まったわけではないが……」
倉知副総監は、文字通り頭を抱えていた。自分が懸命に捜査を繰り返してやっと入手した情報。それが当たりではあったが、主犯は別だ。
「思ったんですけど……」
悠夏はトーンの低い声で、呟くように言った。倉知副総監も悠夏も被害者であり、特に悠夏は現在進行形で家族を人質に取られている。外は明るいのに、車内は暗い。
隣に座る鐃警が頷くと、悠夏は
「犯人は、他人が銷魂することを感じて、その享楽を糧としている。それでしか人生を楽しめない愚か者。そんな愚か者に共犯者がいる。あり得ないし考えられない。そんなことに共感する者がいるなんて……」
悠夏の考えを2人は黙って聞いている。同じ立場の倉知副総監は、バックミラー越しに見える悠夏の姿が、まるで自分のように感じる。当時の怒りが込み上げてくる。
その怒りは犯人へと向けたものだろうか。解決できない警察へと向けたものだろうか。何も出来なかった自分へと向けたものだろうか。どこにも向けられず、溜まり続けるものだろうか。
冷静さを欠くと、それこそ取り返しのつかないことになる。
未だに全容が見えず、我々は表面しかしらないのかもしれない。いや、その表面に出ている連続誘拐殺人事件も氷山の一角なのかもしれない。
「ある者達は金銭を報酬とし、知らぬ間に犯罪の片棒を担ぎ……。またある者達は、見知らぬ薬品でコントロールされ……」
若者たちが公園で集合し、発信源を割り出された犯人が混じった状態で公園から走り出す。犯人隠避罪の容疑がかけられる。薬品によるコントロールも、犯人が捜査を混乱させるために仕掛けたものだ。
「一連の事件、費用がかなりかかっていると思います。ただ……その資金の出所は分からず」
薬品の入手や移動費用などを考えても、ある程度まとまったお金がないと実行できないだろう。
「それで、思ったこととしては……、後ろ盾がいるのではないかと……」
「後援者がいる? これらの事件の犯人に……?」
鐃警が悠夏の考えを最後まで聞いてからリアクションした。そもそも共犯者がいることも不可思議なのに、その上支援する者がいるとなると……
「支援者に当てはあるのか?」
倉知副総監は悠夏に問いかける。悠夏は自分の考えとして
「得する人物なんてそうそういないと思います。その中でいるとすれば、集団コントロールの実験かなにかで得られる結果を欲する者」
「んー。つまり、佐倉巡査は、”掣肘薬”の実験データを得ることを目的とした研究者が支援している、と?」
”掣肘薬”とは、今回の事件で使用されていると思われる薬品の仮名称だ。
「その推理が正しければ厄介だな。支援者は、犯罪に加担していることを自覚しているかどうかが分からない。実験の報酬を犯人に支払い、それを犯罪の資金源としているとすれば……、確かに筋は通る」
倉知副総監は否定せずに、ひとつの仮説としては、あり得ると納得しているようだ。
「”喪神薬”も同じ研究者から無償提供または、売買によるものかどうか……ですかね?」
鐃警が追加で、同じく事件に関係する薬品の入手に関して、そう考えたようだ。
3人とも口にはしなかったが、薬品の入手ルートから犯人を調べる方法は、現時点で無理だと分かっている。そもそも、”喪神薬”も”掣肘薬”も、実際のブツがないし、事件を都合の良いように解釈しているだけかもしれない。だから、薬品から調べることは提案や意見もしなかった。少なくとも、今はその段階ではない。
少しの間、それぞれが考えを巡らせて静かな時を迎え、その静寂の中に1つの通知音が鳴る。悠夏の持つタブレットに、新着メッセージを知らせるポップが表示されている。
内容を確認すると、サイバーセキュリティ課からの報告だった。悠夏はそのまま読み上げて
「”最新のデータで似ている人物がいなか確認しましたが、やはり一致する人物データはありません”」
「なにを調べたんですか?」
鐃警に聞かれたが、先に倉知副総監が勘付いたようで
「タクシーに乗っていた人物か」
「はい。数年経過して、データが増えていると思い……」
「当時から毎月のように照合して、一致する人物は無かった。今更出てくるかどうか……」
「寧ろ、そんな人物はいないという裏付けかもしれないです」
「……もしかして、佐倉巡査はそのときから狸の変化だと?」
「似た人物が各所に現れる。当時から同じ手口だとしたら、それもあり得るかもしれません」
「でも、あの映像は犯行の前では?」
鐃警が倉知副総監に確認するように聞く。帰宅ルートのエリア内であり、誘拐を行った場所としても考えられ、かつ不審な人物であった。映像の記録日時から、事件が発生する数日前の映像である。天候や周囲の監視カメラからも裏取りをしている。ただ、他に残っている映像は皆無。
「化けるなら、わざわざ犯人の風貌に近い人物にして、変なリスクを負う必要はないですし、一層のこと架空の人物のほうが好都合でしょう」
「それならなんでタクシーに?」
「化けるからこそ、誰かの記憶に残らないと無駄撃ちじゃないですか?」
「確かに。あくまでも”掣肘薬”のテスターとして行ったのならば、記録が残らないと意味が無いだろうが……」
倉知副総監はみなまで言わなかったが、タクシーの映像をエビデンスとするなら、タクシーの運転手に接触して映像を得る必要がある。しかし、タクシーの運転手は、映像を欲しいという人物がいたかどうか言及していない。運転手の目を盗んで、映像を抜き取ったとしても、SDカードが入っていないとエラーが表示されて気付くだろう。
ここにきて、連続誘拐事件の根本が揺らいでいる。
To be continued…
今週は2話更新してます。全容の見えない事件を様々な視点から見ようとすると、新たな推論が出てくるのかもしれません。悠夏は、連れ去られた家族たちが強く、ヒントとなるものを残しており、これまでの捜査と違って暗礁に乗り上げず、犯人達に食らいついているのではないでしょうか。
結局、犯人の名前や性別どころか顔も分からない状況に。そして、これまで接触していなかったタイミングで突入や保護に動くと、犯人サイドも流石に気付くはず。そうなると、犯人がどう動くか……




