第23話 反応が無い部屋
2019年3月3日。日曜日。東京マラソンが開催中である。小雨の中、多くのランナーが走っている。ただ、テレビの映像だけど。
悠夏は、本日休暇である。午後に友人の結婚式があり、現在部屋で準備中。ただ、まだ時間はある。
午前10時頃、インターホンが鳴る。悠夏が玄関に出ると、
「ごめんね。休みの日に」
「大家さん。どうしました?」
このマンションの大家さんこと、西本 蕾。見た目は若いが、2人の子どもがいる。ただ、父親と2人の子どもも行方不明であり、一人暮らしらしい。警視庁で確認したが、捜索の情報は途絶えており、手がかりも無い状況とのことだ。
で、その大家さんが私に何の用だろうか? 家賃の支払いはまだ先のはずだけど。
「実は、404号室の人が、インターホンを鳴らしても応答が無くて」
「部屋には、いるんですか?」
「昨晩、かなりフラつきながら、部屋に入るのを見て……」
「お酒の飲み過ぎでしょうか?」
「いえ。まだ高校生だから、お酒は飲めないのよ」
「そうなんですね」
高校生がフラつきながら帰宅。確かに、そんなのを目撃したら不安になるのも分かる。
「その子は、中学のクラスメイトの子どもで、マンションに住むときによろしくって頼まれたから、お節介にならない程度にフォローしてるんだけど、あんなにフラつきながら歩いてるのは初めて見たから、心配で……」
「分かりました。案内していただけますか?」
悠夏と大家さんは、マンション4階の404号室へ。ちなみに、マンションは6階建てで約300室ある。各階50室は、直線の廊下を挟んで、北側は1Kで、南側は少し広い1K。端っこの部屋は2LDKである。エレベーターは、東西に2基ずつ。階段は3箇所と、普段施錠されている避難用階段がある。入口はオートロック式で、宅配ボックスを40個完備。立地も東京都台田市場区浜部。東京都江戸川区と千葉県浦安市に挟まれ、最寄り駅は地下鉄東西線の北浜部と京葉線の南浜部である。南浜部から2駅ほど行けば、新木場があり、りんかい線や地下鉄有楽町線に乗り換えが出来る。なお、りんかい線は埼京線と羽田空港アクセス線に直通している。また、北浜部駅と南浜部駅は、都営を含む路線バスが走っており、路線バスに乗れば、船橋や葛飾区の方面に行くことが出来る。ちなみに、舞浜駅は南浜部駅から東に1駅である。近い。
家賃は、都内の金額に比べれば安い方である。そのため、上京して初めての社会人や学生が多い。あと、舞浜が目的の人。舞浜の何とは言わないが。
404号室。大家さんがインターホンを鳴らすが、確かに反応が無い。
「電力計が動いてるから、いると思うんだけど……」
「居留守とかですか?」
不要なセールスやしつこい勧誘など、最初は対応しても、面倒になって、居留守を使うようになるのは、多くの人が経験しているのでは無いだろうか。
「いつもはすぐに出てくれたんだけど……。インターホンにカメラがあるから、私だと分かると思うし」
一般的に、オートロックの入口にカメラがあるところは多いが、扉の前はカメラが付いていないことが多い。でも、ここのマンションはどちらにもカメラが付いている。
「扉をノックしてみますか」
悠夏はノックして、何て声をかけようか悩み
「元気ですか!?」
某元プロレスラーみたいになり、自分でも少し笑い、続けて
「元気があれば、応答してください」
完全に元プロレスラーの言い方につられて、悠夏は笑いを堪えるが、大家さんは真剣で不安そうな表情を変えない。
悠夏は咳払いして、どうするか考える。
もしも。パターン1。体調を崩している。昨晩、フラつきながら帰宅しており、それは考えられる。
もしも。パターン2。精神的な不調。失恋や受験とか、親友と離ればなれになるとか。
もしも。パターン3。2とほぼ同じだが、外的要因の場合。精神的ダメージを受けるような場面に遭遇したとか。恋人の浮気や信頼してた人の裏の顔を見たとか。
もしも。パターン4。事件に巻き込まれた。ないことを祈る。被害者でも当事者でないことを。
もしも。パターン5。爆睡中。フラつきながら帰宅しており、寝不足なのでは。でも、インターホンの音で起きそうだけど。
もしも。パターン6。そっとしてほしいタイミング。その場合、余計なお世話をしていることになる。
いろいろ考えていると、大家さんは
「さすがに、マスターキーを使うのは、不法侵入みたいで気が引けますし……」
しかし、ここまで反応が無いと、命に関わるような状態ならば、助けるためにやむを得ないだろう。状況が分からないため、判断が難しい。ただ、この状況を他の警察関係者に相談すれば、解錠して確認すべきと回答が来るだろうか。
念のため、上司に報告した上で解錠することに。上司は、言うまでも無く、警部である。報告したら、「休み取ったのにお仕事してるとか、全休から半休に変更しますか? 来月からの働き方改革でいろいろと変わるみたいですよ」と、言われたので、取り敢えず「そうですね……、事件性があればちょっと考えます」とだけ伝えた。自分は仕事をしてるつもりは無く、大家さんの頼みで同行しているだけのつもりだった。
さて、これでもかというぐらいインターホンとノックはした。あとは、突入か。大家さんは申し訳なさそうにマスターキーで解錠する。
扉が開き、大家さんは高校生の名前を呼ぶ。
「宮沢 守くん? 大丈夫?」
ただ、反応はない。悠夏と大家さんは、玄関の靴を確認し、奥の部屋の電気が付いていることから、守君は在宅だ。
「守君? 警察です。安否確認で来ました。いたら返事してください」
悠夏の声にも反応が無い。大家さんと声を出しながら部屋へ。扉を開けると、椅子にヘッドホンを付けている後ろ姿が見え、
「守君、ヘッドホンで気付かなかったみたいですね」
と、悠夏は安堵して、大家さんが勝手に入ったことを謝りに守君に近づくと
「悠夏ちゃん。守君、気を失ってる」
「えっ?」
悠夏が守君のそばに移動すると、顔色が悪い。悠夏がヘッドホンを外すと、大家さんが守君の体を揺すると
「……あれ……、大家さん?」
どうやら、意識はあるみたいだ。
「顔色が悪いみたいで、救急車を呼びますね」
悠夏はすぐに119番通報。通報を終えると、大家さんが
「悠夏ちゃん、守君はここ最近、何も食べてないみたいなの」
「栄養失調ってことですか?」
すぐに食べ物か飲み物を探すが、この部屋にはない。冷蔵庫の中は空っぽだ。悠夏は自分の部屋に戻り、適当に飲み物と食べ物を持って、守君に渡すと、少しずつ食べて若干回復の兆しが見える。
救急隊員が到着後、病院へ搬送。大家さんが付き添いの際、
「付き添いは私がするから大丈夫。それと、申し訳ないんだけど、守君のお母さんに電話をお願いしてもいいかしら?携帯電話を部屋に忘れて……」
と、悠夏は電話番号のメモを渡された。今時、他人の電話番号を覚えているとは珍しいなと思った。大抵、携帯電話の電話帳に登録するから、電話番号を憶えてないことは多い。あと、大家さんは救急隊員に病院を指定していた。
守君のことは大家さんに任せ、悠夏は守君の母親に連絡した。すると、母親は看護師であり、大家さんが指定した病院勤務だった。結果を上司に報告して、一段落。
さて、結婚式に行く準備をしなくては。
To be continued…
ストックが無くなって、毎週更新が危うかったものの、なんとか間に合いました。(体調を崩していた期間があったので、ストックがゼロに。風邪と花粉症の合併です……)
ちなみ、本編で出てきた台田市場区には、台田市場があるとか。
来週からは、再び少し長めのストーリーになる予定です。よろしくお願いします。




