第229話 少しずつ……
小歩危山の自然公園。登山道から離れたところに、今は使われていない倉庫がある。過去の事件では、シャッター横の扉を開いて突入した。犯人達が潜伏しているおそれがあるため、周辺を少人数で監視し、駐車場で多くの捜査員達が待機している。
一方で、榊原警部と藍川巡査は、犯人の乗った高速バスに同乗。捜査本部からの指示をもとに、同時に突入と接触を行う。
高速バスに乗り込んだ榊原警部は、ターゲットの1つ後ろの座席に座る。藍川巡査は通路を挟んで、ターゲットと同じ列の座席に座る。
高速バスは前から11列で、通路を挟んで左右に2席ずつある。つまり1列に4席。ただし、後方にトイレがあるため、10列目と11列目は2席ずつとなる。ターゲットは座席番号”5D”で前方右手窓際の席。榊原警部は”6D”、藍川巡査は”5A”に座っている。
高速バスは全40席のうち、人が座っているのは26席ほど。家族連れや大学生、社会人、高齢者など客層は様々。
榊原警部はスマホを触りながら、ターゲットの様子を窺う。藍川巡査も気付かれないように、ターゲットを確認する。
ぱっと見、例の男で間違いなさそうだが、藍川巡査は違和感を抱く。それが何かは分からない。
流石に本人の近くで写真を確認するのはリスクが高く、スマホの画面の輝度を暗くして、周囲から見えないようにしつつ、確認をしてみる。
(ほぼほぼ本人なのにな……)
写真を見てもそっくりだ。それでも違和感が拭えない。当時からの歳月ではないだろうか。
藍川巡査は写真ではなく、動画で確認する。動画では、タクシーの車内で男が現金を支払い、外に出る。
藍川巡査は動画の再生をやめて、榊原警部宛てにメッセージを送信する。その内容は、”ターゲットが本人ではないかもしれないです”。榊原警部から”理由は”と問われ、”おそらく兄弟や親戚、似て非なる他人の可能性が”。肝心の理由だが、”何か違いがあるように感じました”としか言えず、”もう少し確認したいです”とだけ、メッセージで送った。榊原警部は”いずれにせよ捜査本部からの指示を待つ”と、藍川巡査の違和感について気にしつつ、続けて”整形か?”という指摘をメッセージで送った。
犯人が自分の顔がバレていると思って、何かを整形したとすれば、確かにそれが違和感になるだろう。だが、警察はそれほど情報を得ていないし、バレていると気付かれる原因は見当たらない。
警察ではなく、別の誰かから逃れるために整形したのであれば、それはそれで説明が付く。しかし、写真と殆ど似ているのならば、整形した意味は、雲隠れすることが目的ではないのではないか。
警視庁生活安全部サイバーセキュリティ課では、榊原警部からの報告で映像の人物と高速バスに乗車した人物の顔照合を行っていた。
瀧元は処理状況を示す、プログレスバーが徐々に進むのを待っていると、伊與田が声をかけてきた。
「ワゴン車のナンバープレートが分かったぞ」
「映像ありました?」
「あぁ。だが、偽造ナンバープレートだった」
伊與田はノートパソコンを操作すると、同じワゴン車が別々の場所で撮影された静止画が3枚。しかも全てナンバープレートが異なる。
「しかも質が悪いのは、偽造ナンバープレートが登録されているナンバープレートだということだ」
「登録ですか?」
「実際にワゴン車を所有する無関係な個人が、現在登録しているナンバープレートと同じ情報を、この車が付けている。行き先を追うのは至難の業になりそうだ。そっちは?」
「こちらは、倉知副総監が入手した人物と、四国の包囲網で発見された人物とが同一人物か調べています」
瀧元が説明するためにパソコンを操作すると、丁度解析結果が出たようだ。結果は
「82.3%。本人ではなさそうです」
解析結果によると、目元や口元が類似はしているが一致しないようだ。
「それで、その人物が誰かは?」
「簡単に分かれば、倉知副総監が苦労しないですよ。未だに分かりません」
「免許証の情報は?」
「もうやってます。該当なしでした」
おそらく運転免許証を取得していないのかもしれない。
捜査本部にて、一本の連絡が入る。愛媛県警からだ。
「こちら松山港で、類似の人物の乗船を確認しました。映像を送りますので、確認してください」
松山港から神戸港を結ぶフェリーのようだ。旅客用というより、貨物用の船で、乗船チケットを現地で現金払いしたら乗れるそうだ。多くのトラックが船に乗るが、運転手は愛媛県内に残り、神戸港で受け取るらしく、船に乗る人はごく僅からしい。運航も1日1往復のみ。
しばらくすると、今度は高知県警から新幹線に乗車した人物に、類似の人物がいるとの報告が入る。
さらに香川県警からも連絡が入り、各所から報告が上がる。
倉知副総監は、電話で捜査本部に直近の情報を聞くと、各所で目撃情報があるという情報を得ることとなる。
「似た人物が同時に現れる……?」
あまりにも不自然な状況だ。鐃警は少し考えて
「わざと相手を困らすようなことをしている……? でもあの映像を入手したのは、倉知副総監が根気強く捜査していた賜物で……」
「倉知副総監が情報を得たとき、偶然タクシーの運転手に声をかけて……ですか?」
悠夏から倉知副総監に当時の状況を聞くと
「帰宅ルートとなるであろう場所を隈無く探し、建設現場付近を調べていたとき、確かタクシーの運転手から声をかけられて……」
「タクシーの運転手から声をかけたんですか? てっきり、倉知副総監がタクシーの運転手に聞き込みで……」
「タクシーの運転手は、その時間煙草休憩で暇しているそうだ」
倉知副総監の回答に、悠夏と鐃警は顔を合わせる。
「もし似た人物が、同時に各所で姿を現すようになったとしたら……」
「警察側が。類似の人物をターゲットにしていることを知っていないと……」
「人為的な何かがありそうですが……」
To be continued…
犯人に近づいていそうでしたが、何やら不穏な動きが……
もしも似た人物を別の場所で現れて、四国の外に出ようとすることを、犯人側が仕組んだものだとして、何の目的があるのやら……




