第228話 捜査に進展ありけり
明け方。自転車で新聞配達に奔走する青年。普段は人通りの少ない住宅地だが、5~6軒ほど配達するごとに、背中に徳島県警と書かれたジャケットを羽織る捜査員たちを見かける。
特に聞き耳を立てたわけではないが、捜査員たちの会話が耳に入った。
「4番地の住宅は、セキュリティ会社と契約して玄関前にカメラが」
「7番地の住宅は、車庫にカメラを設置」
「6番地3号の住宅ですが、カメラはダミーらしく。ただし、車のレコーダーが常時稼働しているタイプとのことで、映像提供可能とのことです」
「本町吉口は3軒か。次は本町西野周辺」
どうやら西阿波市本町周辺の地名と番地を話しているようだ。新聞配達をしている青年は、配達先に限るが、この周辺の地名と番地をおおよそ覚えている。なんとなくあの辺だろうと考えつつ、配達を続ける。
警視庁生活安全部サイバーセキュリティ課。徳島県警から届いた住宅街の映像において、通過する車を次々に解析している。時刻は午前11時過ぎ。
何かに気付いた伊與田はノートパソコンを持って、瀧元に声をかける。
「佐倉巡査の弟妹が、駅前から住宅街に歩いた時間から推測される犯行時間。住宅街のカメラから通過した車は3台にまで絞り込めた。そのうち2台は住民の車だ。残りの1台。怪しくないか?」
映像にはワゴン車が映っている。
「伊與田警部補。車内の解析はどうですか?」
「映像が暗すぎて荒すぎる。鮮明化させてもさっぱり」
「ナンバーは?」
「だめだ。少なくとも、ここにある映像からは……。おおよそのルートは分かってきた。手分けして、この車の行き先、調べてくれないか?」
「承知しました」
瀧元は、伊與田から地図を受けとる。グローバノルが提供するマップを印刷し、赤ペンでルートを途中まで記載しているようだ。
「点線は、映像がなくて推測されるルートだ。この先を頼む」
「伊與田警部補は?」
「この前を調べる。ワゴン車がいつ住宅街に入ったのか。駅前の映像なら、ナンバープレートが分かる可能性が高い」
遙真と遙華を連れ去った車に関する捜査が進む頃……。
捜査用の会議室にて、複数のモニタが設置されており、高速バスの停留所の映像が、1つのモニタにつき複数箇所、表示されている。
「ん?」
映像を眺めていた捜査員、政野が唸るような声を出す。
「どうした?」
同僚の捜査員は映像を確認しながら、声をかける。
「鳴門市内の高速バス乗り場に対象っぽい人が」
「なに?!」
椅子から立ち上がって、捜査員が指差すバス停の映像を確認する。
「んー?」
こちらも唸る。モニター横の写真と何度も見比べる。
「似てるな。大至急報告だ」
そう言って、背中を叩かれた政野は捜査本部へ連絡する。
「こちら徳島県警の政野です。写真の男と似た人物が神戸・大阪方面の高速バスに乗り込む可能性があります」
「捜査員は同乗可能か?」
「確認中です」
ずっと近場で待機したままというわけにはいかない。別件の捜査や近隣の交番など、迎えそうな捜査員のアサインはこれからだ。
「経由予定の淡路島サービスエリアと神戸・大阪方面、兵庫県警と大阪府警にはこちらから連絡する。アサインの件も、当たってみる」
「お願いします」
報告を終えると、政野は映像を見ながら
「やっぱり高速バスか。3千円前後で本州に渡れるし、本数はそこそこあるから見つからないと踏んだか?」
各地に張り込んでいたが、費用面から飛行機やリニア、新幹線、高速道路、タクシーによる移動は可能性が低いと思われていた。高速バスやフェリー、瀬戸大橋線の普通運賃の列車等を利用する可能性が高く、その予想は的中したようだ。それでも全てのルートを監視していた理由は、絶対に犯人を確保するためだ。
しばらくして、捜査本部から連絡が入る。
「こちら捜査本部。アサインの件、警視庁の捜査員が付近にいたため、同乗を依頼した。2名だ」
「警視庁ですか」
「バス内からの連絡は、捜査一課の榊原警部からかかってくる」
*
時は遡り、明け方。東雲警部からの報告で、悠夏の家族からのメッセージが残っていたという情報を得た。榊原警部は突入は特課と徳島県警に任せることにして、香川県警東讃岐警察署に電話をかける。
「警視庁捜査一課の榊原です。大川警部補の件、その後の進展は?」
電話に出た松原警部補は、捜査の情報が描かれたホワイトボードを見て
「目撃情報があり、提供頂いていた例の写真に写った男の情報と一致しています」
「それは本当か」
「あの人物、誰なんですか?」
「……残念ながら、こちらでも名前が分かっていない。キーパーソンであることには変わりない」
例の写真とは、倉知副総監が悠夏たちに見せたタクシーに乗る人物である。榊原警部は簡単に説明として
「過去の誘拐事件発生の際、建設中止で工事用のフェンスで囲まれたまま放置されていた敷地があり、そこで潜伏していたそうだ」
写真に辿り着いたのは、倉知副総監の懸命な捜査の結果だろう。海翔が帰宅するルートの近くでもあり、怪しい場所だ。
ずっと捜査をして、目撃情報がないか帰宅ルートとして考えられる全ての通りの建物や住宅、通りすがりの人に聞き込みを行った。そして、ある日、その人物を乗せたというタクシーの運転手に出会った。運転手が、あからさまにおかしいお客さんだと思ったからこそ、その客を憶えていた。豪雨の中、工事現場近くで急に停車するように言われ、「ここで降りる」と言い、旧札で支払う。そんな客だったからこそ。
「それで、犯人はどこへ?」
「目撃者の話だと……”東”とのことです」
「東かがわ市から東となると……」
「鳴門の方ですかね……」
その結果、榊原警部と藍川巡査は鳴門に来ていた。ちなみに、犯人の情報について、徳島県警の捜査本部へ情報が展開されたのは言うまでも無い。
To be continued…
一時は硬直状態かと思われましたが、次々と進展があり、各方面忙しくなりそうです。
一刻も早い悠夏の家族救出へ。ちなみに、大川警部補の事件は第217~218話の話です。
第215話後半からスタートしており、今回で13話目ですね。隅田川花火大会の話が25話なので、今回も長くなりそうです。




