第225話 家の中
深夜。”徳島県警”と背中に書かれた服を着た人物が、インターホンを押す。しかし、反応はない。もう一度押すが、やはり反応がない。
ノブを回すと、鍵がかかっておらず、扉が開きそうだ。そのまま入る訳にはいかないので少し扉を開けた状態で
「佐倉さん? いらっしゃいますか?」
声をかけたが、やはり反応はない。玄関の電気は消えているが、廊下の先から光が零れている。
「電話を」
捜査員がもう一人に告げると、1本の電話をかける。電話の相手は、警視庁特課所属で、被害者家族でもある佐倉巡査である。
「もしもし、徳島県警の宮森です」
「警視庁特課の佐倉です」
「さっそく本題ですが、佐倉巡査のお宅で応答がないようで……」
「……上がっていただいて構わないです」
「では、失礼ながら。状況は、追って連絡します」
電話を終えると、白い手袋をして家の中へ。犯人が身を隠している可能性も考慮し、慎重にリビングの方へ。
リビングからはモスキート音のようなピーという音が聞こえる。宮森警部が合図し、鵜澤巡査もリビングへ突入する。
そこに人の姿は無く、作りかけの夕飯がキッチンにあり、テレビは放映を終了してカラーバーが表示され、ピーという音はテレビからしていた。
「電気が点きっぱなし……」
宮森警部は不審に思いつつ、リビング以外の部屋も確認する。結局、家には誰もいなかった。
*
午前4時過ぎ。西阿波市の駅前から、佐倉家までのルートを辿る。犯行現場は、駅から家までの間。まずは寄り道をしていない前提で歩きながら、懐中電灯で捜索する。
「特に痕跡らしきものは見当たりませんね」
藍川巡査は排水溝の中まで、懐中電灯で照らしながら手がかりを探している。榊原警部は、懐中電灯とブラックライトの両方で道を端から端まで照らして確認する。
薬品によって失神させているため、血痕はあまり期待していないが、揉み合ったり何かの拍子で引っ掻いたりしていれば、ブラックライトで反応するだろう。
「まだ駅前から近いから、もう少し住宅街に入り込んだ方だろう。何か落ちたとしても、道端に転がっている可能性は低いだろうが……」
駅前の交番で確認したところ、6時間以内の拾得物はないそうだ。こんな時間なので1人も歩いていないが、夜間は多少人通りがあるだろう。その場合、誰かが落とし物を見つけて交番に届けている可能性がある。しかし、今回はそれがない。
道路を隈無く探していると、新聞配達の人から不思議そうに見られ、早朝の犬の散歩をするおじいさんから心配そうに声をかけられるなど、事件とは関係の無い出来事があれこれとありつつ、駅と家までの中間地点を越えたあたりで藍川巡査が
「榊原警部。排水溝に新しそうなイヤホンが」
指差す先に、ワイヤレスイヤホンが右耳用だけ落ちている。
「イヤホン……」
「榊原警部、どうかしました?」
藍川巡査が聞くも、榊原警部は自分の考えに没頭していた。
*
倉知副総監が運転する車は西阿波市に入り、高速の出口へ。すると、電話がかかってきた。倉知副総監は、右耳に付けたワイヤレスイヤホンのボタンを押して、電話に出る。
「はい。倉知だが」
「こちら徳島県警の宮森です。ご報告が」
徳島県警から捜査状況の連絡だ。報告を全て聞いていると、駅前にまで辿り着いた。
「今、西阿波市駅前だ。コンビニの横道に入ればいいか?」
どうやら電話で場所を確認しているようだ。駅前から佐倉家までのルートを車でゆっくり走行する。しばらくすると、鑑識や捜査員が集まっていた。倉知副総監は車を止めて、後部座席にいる鐃警と悠夏に
「佐倉巡査に確認して欲しいものがある」
悠夏は頷いて車から降りる。倉知副総監についていくと、鑑識がイヤホンの入った袋を見せて
「発見されたのは、こちらのワイヤレスイヤホンです。最近発売されたもので真新しいかと。右耳用のみで、もう片方は見つかっていません」
「佐倉巡査、確認を」
倉知副総監に言われて、ワイヤレスイヤホンを確認する。いや、すでに遠目で見て分かっていたが、そうあってほしくないという思いで、さらに近づいた。
「……私が弟にプレゼントしたイヤホンです。間違いないです」
悠夏が誕生日プレゼントで遙真に渡したものだ。悠夏はそれから喋らなくなり、横から鐃警が割り込むように
「もう片方は見つからないんですよね?」
「はい」
「充電ケースも?」
ワイヤレスイヤホンには、収納かつ充電ケースがある。イヤホンをケースに仕舞うと、ケースのバッテリーから充電される仕組みだ。
「見つかったのはこれだけです」
鑑識はそう断言する。倉知副総監は周囲を見渡しながら
「そうなると、ここが誘拐の現場ということになるか」
「……なんか引っ掛かりません?」
鐃警が疑問視しているようだが、他の人たちはあまり……といった感じだ。倉知副総監は鐃警を見て
「”なんか”とは?」
「佐倉巡査の弟妹は、2人で帰宅していたんですよね? なんでイヤホンをしていたのかなって……」
「2人でもイヤホンをする人はいるだろう」
「旅行の帰り。もうすぐ家に着くタイミング。双子の弟妹でなくとも、話し込んでイヤホンなんてしないと思いますけど……」
「その可能性はあるな」
「だとしたら、どうして片方だけ落ちてるのかな、と思いませんか?」
「ポケットから落ちた可能性もあるだろう」
「使わないなら、大抵の人はケースに入れると思いますけどね」
「両方落ちて、片方は犯人が気付いて拾ったか、通行人が見つけて拾った可能性も考えられる」
倉知副総監の考えもあり得るだろう。交番に拾得物として、直近でワイヤレスイヤホンはないそうだ。
「もしも、2人が会話しながら帰っていたとしたら、イヤホンは必要ない。もしかして、わざとイヤホンを落としたんじゃないですか?」
「わざと……」
「それに、イヤホンは佐倉巡査からのプレゼント。佐倉巡査ならば気付くと思って」
「襲われてそんな暇があるか?」
「そこは分からないです。それと、双子を同時に誘拐するなら、単独犯でできますかね?」
鐃警は複数犯による犯行では無いかと考えているようだ。共犯者Aに共犯者がいるのだろうか……
To be continued…
今年最後の更新です。なんとか毎週更新は首の皮一枚でも繋がったかな、と。
来年も可能な限り、引き続き毎週更新できればと思います。残念なのは、他作品まで手が回らなかったことですね。今年度いっぱいまでは、まだ余裕がなさそうなので怪しそうです。
本編ですが、イヤホンの件以外にも家の状況的に不自然な点がありそうですが、続きは来年。
よいお年をお迎えください。




