第222話 犯行の共通点
榊原警部は捜査資料をダッシュボードに戻し、
「共犯者Aは無職の独身であり、家族との関係は絶縁または、すでに両親や親族が他界しているか。共犯者Aは頻りに”絶望”という単語を繰り返している。そして、いずれの被害者も衰弱状態で死亡。大きな外傷は見当たらないことから考えると……、共犯者Aは誘拐した人物を放置していると考えられる。身代金目的の場合は、誘拐した人物が鍵になるが、共犯者Aは違う。誘拐して監禁した後は、共犯者Aにとって”もう終わったこと”なんだろうな。共犯者Aは飽き性であり、持続しない。犯行時期がすべて夏であり、ほかの季節に犯行がないのは調査活動? あるいは移動?」
「資金調達の可能性はないですか?」
藍川巡査は榊原警部の考えを聞きつつ、車を西へと走らせる。国道192号は遅い時間のため交通量が少なく、時折交差点の信号が日中の稼働と異なり、点滅している。
捜査資料によれば、いずれの事件も6月から7月において発生している。その理由は、実際には発生しているがまだ捜査上に出てきていない可能性は残しつつも
「二階原は、過去に貯蓄していた自分の金を資金としていた。共犯者Aについては、その線も考えられるが……」
「なにか引っ掛かりますか?」
「飽き性と思われる人物が、仕事で長続きするかどうか……」
「それは榊原警部のプロファイリングの結果ですよね? 働いてなければ、生活保護受給とか別の支援者の存在は?」
「共犯者がいたとして、その共犯者Bに何の得がある?」
「損得勘定するなら、そもそも犯罪なんてしないと思いますが……」
当たり前のことを藍川巡査に言われたが、あくまでもそれは主観的な話だ。損得勘定など、その人の考えによって前提が異なる。
「で、二階原から新たな情報は得られたんですかね?」
「まだ連絡はないな……」
榊原警部がスマホを確認すると、通知が1件入っていた。新規メッセージがありますとの表記だったので、通知をタップし
「新しい情報がきた」
「噂をすれば影がさすってやつですか?」
二階原受刑者から得た情報かどうかはまだ分からない。榊原警部は報告内容を見て
「……まずい、先を越された」
*
榊原警部が連絡を受けとった5分前。与島パーキングエリアで悠夏は右往左往としていた。スマホで何度も電話をかける。しかし、繋がることはない。
店内からペットボトルのお茶を買ってきた鐃警は、そんな悠夏を見て
「佐倉巡査」
しかし、鐃警の声が悠夏には届いていない。自分の弟妹が誘拐されたのだ。気が気でないだろうし、落ち着けないだろう。
「なんで繋がらないの……?」
悠夏はリダイアルをして、なんども電話をかける。
「佐倉巡査。あまり電話をかけると犯人を刺激してしまうおそれが……」
それに電源は入っていないはずだ。最後に電源の入っていた基地局を調べ、徳島県警の捜査員が現地へと向かっている。付近のカメラや目撃情報が得られるかどうか。
「違う……」
悠夏は首を横に振り、
「今かけてるのは、私の母親で……。携帯も自宅の固定電話にも出なくて……」
「……佐倉巡査のお母様が? さっき電話してましたよね」
犯人から電話がかかってくる前、悠夏は確かに電話を受けて話していた。自宅の固定電話と携帯電話のどちらにも出ないのはおかしい。
電話を終えて、車から倉知副総監が出てくると、2人の様子がどうもおかしいので
「どうした?」
「倉知副総監。それが、佐倉巡査のお母様と電話が繋がらないみたいで……」
それを聞いた倉知副総監は顔色が変わった。慌てた様子で
「佐倉巡査、それは本当か?」
「えぇ……。携帯にも自宅の電話にも出なくて……」
悠夏の心配そうな表情を見て、倉知副総監は頭を抱え
「すぐに徳島県警に連絡する」
鐃警と悠夏は、倉知副総監が間髪入れずに徳島県警へと電話を入れ、悠夏の実家へ至急向かうように指示したところがすぐには理解できなかった。だが、悠夏は時間が経つにつれて、考えたくはない可能性が頭を過る。
倉知副総監が電話を切ってすぐ、悠夏は質問をぶつける。
「倉知副総監。どういうことですか?」
「……似ているんだ、手口が」
「何か過去に類似の事件があったんですか?」
鐃警が聞くと、倉知副総監は悠夏の顔を見て
「私が被害に遭ったときの、誘拐事件のケースと……」
*
悠夏の母親、佳澄と音信不通となった情報が榊原警部のもとに届いた。佐倉巡査の弟妹が誘拐されたとの情報を聞いて、公園を出てから西阿波市方面へと向かっていたが、到着する前に事が起きたようだ。
「まだ誘拐されたと決まったわけじゃない。何らか連絡が取れない状況かもしれない」
電話が取れないケースというのはある。トイレやお風呂、急いで外に出て携帯電話を忘れている、もしくは心配でその場に倒れてしまった、気を失ってしまった、酷く疲れて横になっているなど。
「榊原警部。このまま向かうでいいんですよね?」
「時間が無い。緊急走行で向かう」
パトランプを取り出し、車の屋根に取り付けると、西阿波市へと急ぐ。共犯者Aが行動するのは、誘拐時の犯行のみ。だが、それはつまり四国にまだいるということ。
藍川巡査は運転中に、気付いたことがあり
「さっきまで公園にいたとしたら、犯人はどのタイミングで佐倉巡査の母親を誘拐したんですかね? 距離から考えると、時間が合わないですよ」
西阿波市と徳島市は直線距離で約70キロメートル。単純計算で1時間20分くらいはかかる。高速道路を使っても、1時間は絶対にかかるだろう。鉄道は運行本数が限られており、バスは西から東までの路線がない。不可能だ。
「例えば、発信元は公園でも、もう一台の携帯電話を組み合わせて、さらに別のところから電話すれば、できなくはないだろ」
「つまり、あの公園のどこかに対になった携帯電話が隠されて、犯人はあの公園にはいなかったということですか?」
「例えばの話だがな」
榊原警部の推理は、しばらくして当たりだったことが分かった。徳島県警の捜査により、公園のゴミ箱から基板が出てきた。基板は飛ばし携帯の中身と思われ、はんだで配線が加工されていた。つまり、電話の中継器と言えばいいだろうか。Aの飛ばし携帯の基板に着信し、そのスピーカーがBの飛ばし携帯である基板のマイクに繋がっており、BのスピーカーはAのマイクに繋がっている。
両方の基板からSIMカードを取り出して、電話番号を調査した結果、本当の発信元は西阿波市だった。
To be continued…
気付けば木曜日で、予約投稿を忘れるところでした。
さて、過去の事件同様に探そうとする(佳澄が家の外に出たかは不明ですが)人物までもが誘拐されるパターン。音信不通なのはそうだから……?
悠夏はかなり焦っているようです。鐃警は無責任に大丈夫ですよと言い切れず、お茶を渡すのみ。おそらく、警察官同士だし、気遣いを言えばそれが直に伝わるので、確実なことが言えるまでは下手なことを言わないのでしょう。




