第220話 静寂の中に鳴り響く鉦の音
2014年7月末。
「逆探知、出ました。発信源は芝公園近辺」
「芝公園のカメラを確認」
しばらくすると、プロジェクターでスクリーンに投影される映像が芝公園の現在に変わる。人が多い。
「電話をしている人物に絞り込め」
「管理官。それが……電話している人ばかりで……」
カメラの映像を切り替えたところ、電話をしている人物が多数。
「これは……」
倉知 音弥警視監は、映像を見て思わず声が漏れた。目の間に座る交渉人の岩橋 和宏警部補が首を横に振る。倉知警視監は受話器を握り直す。
「2人の無事は約束してくれるのか?」
「それはできない」
電話の相手は変声機を使用しており、要求を言わない。
「なぜだ。2人をどうして連れ去った?」
相手はフフッと笑う。イラッとした倉知警視監は岩橋警部補の指示を見る前に
「何がおかしい?」
「その焦り。聞いてて心地が良いよ」
倉知警視監は口元が震え、受話器を握る右手も震える。苛立ちをギリギリで抑えている。
「タイムリミットは0時。絶望をじっくり味わえば良い」
相手がそう言い捨てて電話が切れる。映像を注視する捜査員達だが、公園にいる人物達が一斉に電話を終える仕草をする。明らかにおかしい。犯人が仕組んだのだろう。
静まりかえった会議室。倉知警視監は受話器を置くと、悔しい表情をして俯く。苛立ちをどこにも出せず、握りしめた右手を少しあげると、勢いよく振り下ろしてデスクを叩き、その大きな音に多くの捜査官が驚いただろう。
芝公園の映像では、電話をしていた人たちが一斉に公園の外へと走り出す。
しばらくして、現地の捜査官からの無線が入り
「芝公園で電話をしていた人を10名ほど、任意同行します。最初に確保した若者によると、動画の撮影をするから指示通りに動いてほしいとネットで依頼があり、前払いで1万円を受けとったとのことです。受け取りは、公園内の草むらに隠している封筒の場所を指示されたとのことです」
*
2019年8月11日。国府町のコンビニの駐車場で、榊原警部は珈琲を飲みながら、この後の行き先を考えていた。ダッシュボードを開けて、徳島県の地図を開く。藍川巡査は運転席にはおらず、まだコンビニで買い物中だ。この夏ブームになっているタピオカミルクティーがオススメされているなか、お茶にするか珈琲にするか悩みつつ、結局両方をレジに持って行く。
榊原警部は、地図から視線をコンビニの中へと移す。丁度、藍川巡査が会計中のようだ。視界の端で、助手席のサイドミラーにパトカーが映り込む。なにかあったのかとサイドミラーを確認するが、すでにパトカーらしき車は通り過ぎたあとだ。サイレンは鳴っていないので、パトロールだろうと考えていると、再びパトカーが横切る。少し気になりつつ、直後、パトランプを付けた覆面パトカーが走る。サイレンは鳴らしていないが、回転灯が回っていた。
藍川巡査がレジ袋を持って運転席に戻るや否やどこかに電話をしていた榊原警部は
「藍川、すぐに車を出すぞ」
「急ぎですか?」
「誘拐犯が公園から電話をかけているらしい。応援に向かう」
藍川巡査は後方を確認して、急いで車をバックさせる。丁度押しボタンの信号が変わったみたいで、国道の車は信号待ちだ。
「情報源は……?」
「パトカーが同じ方向へ走るのが気になって、な。徳島県警に問い合わせたところ、どうやら無関係ではないようだ」
「無関係ではない?」
藍川巡査はウインカーをあげて交差点を左折する。道路の先に信号待ちする覆面パトカーが見える。
「今日、佐倉巡査の弟妹が誘拐されたそうだ」
「えっ……」
「犯人から電話があり、その発信先とされるのが、今向かっている公園だ」
「犯人の目的や要求は?」
「まだ分からない。少なくとも、聞いた時点ではそういった話はないようだ。典型的な誘拐事件ならば、犯人は逆探知の可能性を考えて、長電話をせずに、金銭や何らかの要求だけを伝えることが多い。そうしないパターンを知っているが……」
「……5年前の誘拐事件ですか」
「共犯者Aが動き出したと考えても何らおかしくはない。もし、同一犯ならば……」
公園の着く前に、公園方面から駐車場へ人が走ってくる。それも1人や2人ではない。6人以上。
藍川巡査は車を止めると、榊原警部とアイコンタクトした。車から下りて、走ってきた人たちに声をかける。任意同行可能かどうか。
もしかすると、この中に共犯者Aが存在するかもしれない。当時と同じ手口であれば……
「警察です。すみません、少しお話をよろしいですか?」
「え?」
若者達、男女6人グループは顔を見合わせて、戸惑っている。
「こちらには、何の目的で?」
「えっと、ネットで募集してたのを知って……、動画の撮影の手伝いを」
「詳しく聞かせて頂けますか?」
榊原警部と藍川巡査が若者達から話を聞くと、その募集内容と、電話をしているフリをして、合図があればバラバラに公園から走って出るという指示、封筒に入った1万円は指示された公園内の草むらに隠されているということなど、当時から公表されていないところまで完全に一致していた。
「模倣犯とは言い切れないな」
「当時の手口を、週刊誌やワイドショーの取材を受けた人が明かしているとか?」
藍川巡査が思いついたことを言うが、榊原警部は同時の資料を隅まで読んでおり
「そこは報道規制で出回っていない。ネットにもそういった記事は出ていなかった。百歩どころ千歩でも全然足りないぐらい譲ったとしても、手口が似過ぎているしタイミングが……」
偶然とは言えないだろう。榊原警部のスマホに着信が入り、画面を見ると東雲 柚奈警部からだ。「榊原だ」と電話に出ると
「まだ与島パーキングエリアの駐車場にいますが、ご報告を。どうやら、佐倉巡査のご家族が事件に巻き込まれたようです。犯人と思われる人物から連絡が佐倉巡査のもとに入り、犯人は何も要求しなかったそうです」
「金銭や行動、契約といった類いの要求はなしか」
「はい。詳細は分からないですが……」
「分かった。指示があるまでは、これまで通りで頼む」
そう言って、電話を切ると榊原警部はすぐに長谷 貞須惠警部補に電話をする。手短に状況を報告すると
「少し待て。確認する」
そう言って、5分くらいすると長谷警部補から折り返しの電話がかかってきて
「紅警視長に確認を取った。状況が状況なだけに、徳島県警と連携を取って……と言いたいところだが……、同一犯という確証を得られてからだ。東雲警部は引き続き、倉知副総監の動向から目を離すなと伝えてくれ。副総監にとっては、仇討ちの相手だ。まさかなことにはならないとは思うが、犯人が副総監に接触する可能性もある。捜査一課から別班を送る。今手が空いてるのは、米澤班か。特課所属の佐倉巡査の家族が誘拐されたとなると、報道規制以外にも対応が必要だな……。こっちで広報課にも展開する」
「分かりました。引き続き、独自で行動します」
「情報が入れば、米澤班から逐一報告が入るように話しておく」
「分かりました。お願いします」
榊原警部が電話を切ると、どこからかカランカランという鉦の音が聞こえた。
To be continued…
5年前の事件と類似。前回の話を捜査一課側からの視点で描いた第220話でした。
榊原警部と藍川巡査、東雲警部は捜査会議に合流せず、引き続き別行動のようです。
手がかりが少ない中、どのように捜査を展開していくのでしょうか……




