第218話 共犯者Aの存在
榊原警部と藍川巡査が去ったあと、大川警部補はダンボールを保管室へ移動させていた。その際、表情が少し曇っていた。保管庫の扉を閉めて、デスクへ戻ると時計を見て
「少し出かけてくる」
そう言って向かった先は、引田の自宅だった。すでに捜査を終えているが、引受人がいないことで部屋はそのままらしい。もともと住んでいる人が2人くらいと少なく、事故物件となったため、改修せずに時が来れば取り壊すことを考えているそうだ。
扉に鍵はかかっていない。電気は通っていないため、室内は薄暗いのだが……
「ん……?」
捜査当時と明らかに異なる点があった。タンスの引き出しや押し入れなどの扉が開き、荒らされた形跡だ。誰かが盗みに入ったのだろう。
(酷い荒らされ様だな……)
大川警部補は白い手袋と白い靴下を穿き、部屋の中へ。家電が設置されていたであろう、壁や床を見る。クーラーは過去に設置されていたが、いつから撤去されたのか。故障して買い替えるお金がなく、撤去して処分だけしたのだろうか。
冷蔵庫や洗濯機も同じだ。家電の寿命は長くて10年くらいだ。引田が入居前から設置されていたとしても、それが壊れたのなら……、普通は家主に相談するはずだ。しかし、家主は知らないと言っている。
大川警部補が周囲を見渡すと、開いていない引き出しがあった。下から順番に開けて、上段の2つの引き出しだけが開いていない。
気になって引き出しに手を伸ばす。大川警部補はすぐに開けずに、少し考える。どことなく嫌な予感がする。他は開いているのに、ここだけ。
引き出しを開くと……、いや厳密には開く直後だろうか中身を見る前に、意識が薄くなる。前に倒れた結果、頭を引き出しに強打する。
何者かは、大川警部補を跨いで引き出しの中にある物を取り出して、その場を去る。
引き出しが開いていないところがあったのは、大川警部補が現れたことで、物色を中断したからだ。その可能性を考えたが、対処する前に、やられた。
床が血の色に染まる。大川警部補はスマホで110番をかける。
「110番。緊急電話です。事故ですか事件ですか?」
スピーカーから声が聞こえると、犯人はスマホに気付き、先端が鋭利な傘か杖のようなもので、スマホを割って壊す。
用は済んだのか、犯人は急ぐように玄関から出て行った。
*
藍川巡査の運転する車は、赤信号で停止線前に止まる。夕焼けで信号の色が少し見えにくいが、赤信号だ。東雲からの報告を読んでいた榊原警部のもとに電話が入ると
「はい。警視庁捜査一課の榊原です」
電話に気付いた藍川巡査は、ラジオの音量を下げて、信号が変わるのを黙って待つ。
「え? 大川さんが殺された?」
電話で内容を聞いた榊原警部は驚いたが、藍川巡査も榊原警部のほうを二度見するくらい驚いた。電話の内容が気になるが、信号がもうすぐ青に変わる。しばらく電話が続き、7つ目の交差点を通過する頃に、
「分かりました。捜査状況については、共有をお願いします」
榊原警部が電話を切ると、藍川巡査が
「詳しく聞いてもいいですか? 大川さんって、今日会った人ですよね?」
「そうだ。俺たちが帰ったあと、1人で現場に訪れたらしいが、そのときに何者かに背後からナイフで刺され、引き出しに頭を強打して、警察官が駆けつけたときにはもう……。間に合わなかったそうだ」
「何者か……ですか」
「詳しいことはまだ分かっていない。凶器は残っていたが、鑑識によると、指紋は検出されていないそうだ。部屋がかなり荒らされており、荒らしたのは犯人と思われる。何かを物色して、その最中に大川警部補が現れ、背後から奇襲をかけたのではないか、そう考えているそうだ。通報は、大川警部補本人が110番したそうだ。どうやら、犯人がいるなかでかけたようで、直後に鋭利な棒のようなものでスマホを壊されたらしい」
「犯人が探していたものはなんだったんですかね」
「それについてだが、どうやら捜査で見落としていたものらしい」
「見落としって……、そんな簡単に……」
藍川巡査は鑑識作業を何回も行っていると聞いていたからこそ、見落としとハッキリ言える理由も分からず、簡単に非を認めるものなのかと、色々考えてしまう。
「それが、タンスの引き出しの上部に糊で張り付けていたらしく、余程覗いて見ない限り、発見できないものだったらしい」
鑑識作業で見落とすほど、巧妙に隠されていたのだろうか。
「見解を伺った限り、書類や封筒、写真などの類いが考えられるが、分からないだろうとのこと。糊の付着成分から仮に分かったとしても、その内容までは分からない。そうだろうなとは思うが」
「捜査に参加します?」
「いや、一応俺たちは候補から外れているとはいえ、普通なら容疑者扱いだ」
「確かに」
「仮に、今回の犯人が共犯者Aだとしても、ここから探るのはまだ難しいだろうな」
共犯者Aの存在は、そもそも現時点においても、そういう可能性があるといった段階である。
*
2014年7月末。倉知の妻子との連絡が途絶えた翌日、警察宛に1本の電話がかかってきた。犯人からだ。要求は何かと聞いたところ、「貴様らに要求するものはない」と一方的に切られた。電話で伝えてきた内容は、”今夜始末する”。たったそれだけだった。逆探知により、発信先は都内の公衆電話と判明。
懸命な捜査活動により、容疑者の身元が判明した。住所不定の二階原 由良樹という50代の男だ。
監禁場所を特定したのは、日付を跨いだ午前2時過ぎだった。二階原の乗る車の情報から、Nシステムで過去の情報を調べて、郊外で車の記録が発見された。周辺のカメラを虱潰しに確認し、現地の聞き込みなどからある程度範囲を絞り込むと、空き家を総当たりでチェック。そして、午前2時半に二階原とともに、2人の遺体が発見された。
二階原受刑者は、共犯者の有無について無反応だった。状況から、単独犯で事件捜査は終了した。不自然な点としては、倉知の妻子が連れ去られた日に、二階原受刑者は都内のどのカメラにもその姿が見つからなかった。そこから、共犯者の存在が考えられた。しかし、それ以上の情報はなく、倉知も単独犯だと自分自身を無理矢理にでも納得させるしかなかった。
To be continued…
大川警部補が殉職。
犯人が凶器を持っていたということは、そういったことを想定していたということでしょうか。凶器は現場に残されているようですし。
さて、次回は悠夏達の視点で話が進む予定です。




