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第217話 教諭の過去と今

 蓼聱牙(たでごうが) 良輔(りょうすけ)警視総監からの指示により、警視庁刑事部捜査一課の榊原(さかきばら) 岾人(やまと)警部と藍川(あいかわ) 桑栄(そうえい)巡査は、倉知(くらち) 音弥(おとや)副総監の周囲を警戒していた。情報源は(くれない) 右嶋(うじま)警視長から。長谷(ながたに) 貞須惠(さだすえ)警部補からの指示により、四国で捜査を行っていた。

 榊原警部と藍川巡査が倉知副総監の近くにいると、顔見知りのため隠密行動には適さない。そのため、蓼聱牙警視総監はある人物を紹介した。東雲(しののめ) 柚奈(ゆな)、34歳の女性警部であり、公安部から刑事部への出戻りらしい。

 倉知副総監との面識はないため、抜擢されたようだ。

 榊原警部と藍川巡査は香川県東かがわ市の廃品回収業者を訪ねていた。道路との境界にはトタンの塀が高く設置されているが、中に入ると家電や自転車、バイク、もともとが何の製品に使用されていたか分からないような部品が山のように積まれていた。

「この方について捜査しており」

 榊原は写真を見せる。引田(ひけた) 三六(みろく)という47歳の頬がこけた男性。

「確かにうちで働いてましたけど、とっくの昔に連絡もせずに無断欠勤して」

「無断欠勤?」

「えぇ、確か……」

 小澤(おざわ)は過去の出勤簿を探して、数枚捲ると

「7月22日が最後の出勤日です」

 藍川巡査は手帳に日付をメモしつつ

「引田さんはどんな方でしたか?」

「本人曰く、4年か5年くらい前までは教員だったそうで、真面目な方でしたよ。だから、無断欠勤し始めてから1週間は、こちらから電話をしてました。しかし、折り返しはなく、それ以降は……。途中で勝手に辞めるヤツは過去にもいましたけど、まさか……真面目そうな人だったのになと……」

 小澤から引田に関する話を一頻り聞いたあと、榊原と藍川は車に戻る。藍川は気になったこととして

「小澤さん、引田さんが亡くなったことを知らないんですね。言わなくても良かったんですか?」

「言おうか言うまいが、証言には変わらないからな。それにまだ公表前の情報だ。簡単には言うべきではない」

「しかし、引田さんが亡くなったとなると、海翔(かいと)くんのことを聞けなくなりましたね……。当時のクラス担当であり、目撃者でもあった……」


 2014年7月末、東京都内。学校では一学期末のテストを実施しており、昼過ぎには放課後となる。

 海翔は校門前で迎えを待っていると、引田教諭が声をかけ

「迎えの人は、まだ来ていないのかな?」

「うん。もしかしたら、今日が午前中で終わることを知らないのかも」

「お母さんに連絡しようか?」

 引田教諭は連絡することを提案したが、海翔は

「いいよ。帰れるから。もし迎えが来たら、先に帰ったって伝えて」

 海翔は「先生、さようなら」と帰りの挨拶をし、引田教諭は「気をつけて帰るんだよ」と、海翔を止めずに、1人で帰してしまった。

 その後、夕方に迎えが来て、引田教諭は「海翔くんなら、帰宅してますが」と伝えたとき、ある可能性を考えて顔が青ざめた。

 海翔に何かがあって、自宅に帰っていない。事故なのか、もしくは誘拐などの事件に巻き込まれたのか。

 さらに、なかなか帰ってこない海翔を探すために、母親の奏空(そら)も家を出たきり、帰ってこなかった。

 その数日後には分かったことだが、海翔は帰宅途中に何者かに連れ去られ、奏空は海翔を探しに出たときに、同じく連れ去られた。そして、海翔の父親が、当時警視監の倉知 音弥であることを知った上での犯行だった。

 倉知は、引田教諭に責任を追及しなかった。海翔の意思で、1人で帰宅することを選択し、自分達警察が、例え息子であろうがなかろうが、子ども1人の安全を守ることが出来なかった。

 学校サイドも引田教諭について、注意はしただろうが、責任どうこうの話は無かった。生徒の親からは、学校に対して物申すことはあっても、引田教諭をとやかく言うのは極めて少なかった。

 引田教諭は、その年度末を以て教員を辞めた。周りが言わなくても、その分、自分自身を責めていた。1人で帰すべきでは無かった。自分が親に連絡していればよかったと、後悔していた。


    *


「日記には、もう教員にはなれないと考え、再就職も難しい旨が書かれていた」

 東讃岐警察署の大川(おおかわ)警部補は、当時の捜査資料と証拠品の入ったダンボールを開けて、袋に入った日記を取り出す。

 榊原警部と藍川巡査、白い手袋を填めて、日記と証拠品の入ったダンボールを受けとる。

 4人ほどの小さい会議室を1つ借りており、そこで物品を取り出している。大川警部補は当時の担当であり

「死後2週間以上は経過しており、外傷はなし。事件性はないと判断した」

「死因は?」

「熱中症だ。自宅にクーラーは設置されていなかった」

 大川警部補は捜査資料で、事件現場の写真を2人に見せる。ワンルームのアパートで、洗濯機やクーラー、テレビ、冷蔵庫といった家電が見当たらない。

「こんな生活環境だと、気温で体を壊すのも無理はない。日記には、一切前向きな記載がない。まるで死に場所を探していたかのような……」

「引田さんの家族は?」

「独身で、両親は離婚しており、親権のない父親だけが存命だが、すでに新しい家族を築いており、やんわりと断られた。余程、両親の仲が悪かったんだろうな。当時、父親は家庭内暴力を振るっていたらしい。今の家族では、そんな風には見えないが、当時は会社のストレスで限界を迎えていた、と」

「捜査の際に、勤務先を捜査しなかった理由は?」

「仕事先の情報がどこにも無かったから、当時は無職だと考えていた。包み隠さずに言えば、捜査及ばずだな」

 榊原警部と藍川巡査は、証拠や捜査資料を一通り確認したが、特に得られるような情報は無かった。

 ダンボールを返す際に、大川警部補に

「本庁の捜査員が、わざわざ四国まで来て、お目当てのものはあったかのか?」

 と言われたが、榊原警部は

「残念ながら。しかし、想定の範疇ですので」


 警察署の駐車場に止めてある車に乗り込むと

「特に不自然な点はなかった」

 証拠品と捜査資料を見た感想を、榊原警部が言った。

「勤め先が分からなかったのは、たまにそういうこともあるから……で片付けますか?」

「今の段階ではなんとも……。写真を見た限り、クーラーや冷蔵庫が設置されていたという痕跡はあった。いつ外されたのか」

「大川警部補は、捜査及ばずって言いましたけど、手を抜いて事故処理したってことじゃないですか?」

 藍川巡査の一方的な決めつけに、榊原警部は

「捜査資料を見る限りだと、司法解剖を行うことも想定していたし、鑑識が複数回にわたって、現場の捜査を行っている。出来ることはやってそうだがな」

「紅警視長は、どこから勤め先の情報を手に入れたんでしょうね?」

「おそらく、県警からだろ。大川警部補は”当時は”と、今は知っているように話したから、捜査が終わった後に分かった情報だろうな。倉知副総監に関わる人物の情報だから、警視庁の関係者に情報を流したんだろう。それをやったのは、十中八九、大川警部補だろうな。そこは、まぁどうでもいい。今大事なのは、共犯者Aについて」


To be continued…


榊原警部たちは、第194話にて指示を受けており、倉知の妻子については第186話にて。

共犯者Aの存在と当時の事件、現在進行中の事件。捜査一課、倉知副総監、悠夏、遙真と遙華、それぞれから物語を紡いでいく予定です。まずは捜査一課から。

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