第216話 屋島
2019年8月11日、日曜日。山の日ということもあり、屋島は混雑していた。香川県高松市に位置する屋島は、源平合戦の古戦場として知られ、頂上が平たいのが特徴である。有料道路の屋島スカイウェイで自家用車またはバスで、山頂へ向かうことが出来る。山頂には、新屋島水族館と四国八十八箇所第八十四番札所の屋島寺がある。
なお、川を挟んで東にある八栗山にはケーブルカーがあり、山頂には四国八十八箇所第八十五番札所の八栗寺がある。
佐倉 遙華と佐倉 遙真、奈那塚 アリー、瀬名 大悟、毛利 貴之の5人は高松市内で日帰り観光をしており、屋島の山頂には昼過ぎに着いた。
「かわら投げと水族館、どっち先?」
と瀬名に言われて、遙真はスマホのコミュニケーションアプリ「トーカー・メッセージ」を起動する。遙真は黙って、グループチャットにピン付けした固定メッセージを確認する。スケジュールを任されたというか押しつけられて断れず、自分がチャットに書いたのだが、聞いてきたということは、どうやら見ていないのだろう。
「水族館が先」
「焼きたてのメロンパンだってさ」
折角答えたのに、瀬名の興味はキッチンカーの方だ。視界に入ると、焼きたての美味しい香りが。半時間前に、讃岐うどんをたらふく食ったのだが、別腹なのだろうか。
「遙華と2人で、入場券買いに行く?」
と、奈那塚が申し出る。「全員分、お願い」と遙真は購入を2人に任せると、瀬名のあとを追う。瀬名はすでにキッチンカーの前だ。貴之がボソッと「自由だな」と呟くと、遙真はそれが聞こえたらしく
「全くだ」
新屋島水族館の中に入ると、ウミガメの餌やり体験を行っていた。しかし、すでに参加者の受付は締め切っており、イルカの公開トレーニングを行いますという館内アナウンスで、5人はイルカライブプールへと移動する。入口近くにイルカプールがあるけれども、イルカライブプールは別にあるそうだ。
ほぼ満席のイルカライブプールの客席。ライブが終わると、餌やりの体験があった。奈那塚と遙華が参加し、遙真はスマホで写真を撮影。その後、アザラシライブを見て、館内を1周。
貴之は館内のパンフレットを見つつ
「水族館は数あれど、マナティって展示しているところが少ないのか」
日本国内には約150の水族館がある。イルカやクジラと同じく、水中で暮らす哺乳類のマナティ。マナティが見えるのは国内の水族館のうち僅か4箇所である。アマゾンマナティは、静岡県賀茂郡東伊豆町のワニが名物の水族館。アフリカマナティは、三重県鳥羽市の水族館。アメリカマナティは、沖縄県国頭郡の沖縄美ら海水族館と、ここ新屋島水族館である。
マナティのご飯タイムは午前中にあったらしく、水槽の端っこで白菜が泳いでいた。瀬名と貴之がそれに触れて、「白菜の貴重な遊泳シーン」とか巫山戯て動画を撮っていると、目の前でマナティにその白菜を捕食されていた。
水族館を出て、獅子ノ霊巌へ。高松市内と瀬戸内海を一望できるスポットで、この日は晴れていたためかなり遠くの方まで一望できた。
かわら投げは5枚1セット200円ほどで購入でき、笠のようなかたちをしている。源平合戦に勝った源氏が陣笠を投げて勝ち鬨をあげたいう伝承があり、開運厄除けや家内安全、商売繁盛、交通安全などを祈願して投げるそうだ。
かわらを投げるところから少し離れたところに、小さな輪がある。ワイヤーで作られたものらしいが、その輪に向けて、瀬名と貴之が一投目を投げる。
「あれ? 全然違うところに飛ぶな」
かわらは、輪から遠く離れたところへ。輪の中にかわらを通すのは、かなり難しいらしい。結局、5投すべて外れてしまい、輪を通すことを考えた結果
「それで、願い事は?」
と遙真に言われると「忘れてた」と。遙真が何か言う前に、2人は「もうワンセット」と、次の5枚を購入していた。
瀬名と貴之は2巡したが、遙真や遙華、奈那塚も輪の中には通せず、投げきった。
「全然、あの輪っかに通らねぇな」
と、余所見をして歩くと、40歳くらいの強面の男性にぶつかり
「おい、気をつけろよ」
と、注意された。観光客とは思えなさそうな男性。瀬名は謝りつつ、違和感を抱いた。
獅子ノ霊巌から離れ、バスを待つ。
「さっきの男性……、うどん屋でも見た気がするんだけど」
「大悟がぶつかった人?」
「そう」
他の4人は特に心当たりがなく、遙真は
「まぁ偶然かもしれないし、気のせいかもしれないし。なんか気になったのか?」
「気になったというか……気がかりというか……」
瀬名は、言葉では言い表せないようなもどかしさがありつつ、なんでもないと言って取り消すことも出来ないようだ。
バスに乗って高松市内の中心街まで移動した5人は、商店街へ。8つの商店街で構成され、総延長は2.7キロメートルと日本一の長さを誇るそうだ。
瀬名は商店街での散策の際、周囲を見渡した。しかし、先程ぶつかった男性は見当たらない。取り越し苦労だろうか。
夕飯には、香川の名物である骨付鳥を食べ、高松駅へと移動する。駅前にはピアノが置かれており、列車の時間まで少し余裕があったことと、特に誰も弾いていなかったので、瀬名と貴之が有名な曲を何曲か連弾する。
通りすがりの人たちが足を止めて、2人の演奏に耳をかたむける。中には、スマホで撮影する人もいた。持ち時間の10分間演奏しても、演奏待ちの列はゼロ人だが、ギャラリーが集まってきたので、程ほどに切り上げた。
ディーゼル機関車の特急列車がホームに到着すると、5人は有人改札を抜ける。発車時間まではまだ15分ほどあるが、座るやいなや、瀬名と貴之は寝てしまい、遙華と奈那塚は今日撮影した写真や動画で1日を振り返っている。
遙真の隣は空席で、車窓を見ると隣のホームに、例の男がベンチに座っていた。ホームの発車標を見ると、隣のホームから発車する列車は早くても1時間後だ。
遙真は列車の外の景色を撮るフリをしつつ、その男を撮影した。理由は不気味だからというだけだが、なんとなく撮っておいたほうがいいのかなと、1枚だけ。
*
同日。佳澄は、遙真と遙華が夕飯を食べて帰ってくると事前に知っていたため、夕飯は作っていないが、いつまで経っても帰ってくる気配がない。瀬名の家に電話すると、瀬名と貴之は帰ってきたとのこと。奈那塚の家に電話すると、たった今帰ってきたばかりと言われた。
それから30分。1時間しても、帰ってこない。電話しても繋がらず、アプリのトーカー・メッセージで「まだ帰ってこない?」と送っても既読が付かない。
21時を過ぎて、悠夏に電話をした。悠夏は事件の捜査中らしいが、すぐに繋がった。
「もしもし、どうしたの電話なんか」
悠夏に遙真と遙華が帰ってこないことを伝えると、
「私からも電話してみるよ。帰ってきたら連絡頂戴」
本来ならば帰ってくるはずなのに、佳澄はリビングのアナログ時計を見上げる。21時12分20秒。秒針が一瞬だけ止まって見えた。
2人は一体どこに行ったのだろうか……
To be continued…
急にアナログ時計を見ると、秒針が一瞬止まって見えることを、クロノスタシス現象というそうです。時が止まったように見える錯覚のようです。
短い話を挟むこと無く、次の長編に突入です。この話が10話前後で終わるとは思えないので、この話で年越しまで行くと思います。
隅田川花火大会のときとは違い、なんとなくタイトルは毎回変えようかなと思ってます。




