第215話 備讃島
以降は、被疑者の供述調書よりまとめたものである。その昔、宇根元 秋高は造船会社に勤めていた。そこで格安の船を何隻か手に入れたそうだ。それらの船をレンタルさせることで、収入を得ていた。船は備讃島に停泊させていたが、島内は手入れをしていなかったため、荒れていた。
ある日、カイライナという太平洋に浮かぶ国が沈むかもしれないというニュースを小耳に挟んだ。片道3~4日かけて、グアムに船を出す予定が合ったため、ついでに経由することにした。このときは、カイライナの人たちを乗せることなど全く考えていなかったそうだ。「本当にそうか?」と、担当の警察官が聞き返すと、宇根元は「信じてもらえなくても構わない。そのときは、安易な考えで、謂わば野次馬みたいなもんだ」と言った。
野次馬感覚でカイライナの本島、沖合1キロくらいまで近づくと、海上に筏が数床見えた。筏はこちらに向かって進んでくる。
宇根元が双眼鏡で確認すると、筏には5~6人くらいの人が乗っている。遭難などで助けを乞うようにみえたため、船を動かさずにいたが、あとからその人たちが”島から逃げようとしている人たち”であることに気付いた。
宇根元の証言によると、「彼らは私の船に縋るように乗船し、下船を拒み続けた。追い出そうとしても、潜伏されて無理だった」と。それで已むなく入国させたのかと問われ、「それしかなかった。彼らは備讃島に住むようになったのはそういう経緯だ」。「なぜ通報をしなかった?」という問いには「彼らのために必要な食糧や費用は未知数だった。最初は報告するつもりだった。地下鉱脈が見つかるまでは……」
備讃島に定住したカイライナ人は、洞窟の中に住むようになった。住居の空間を広げるために、洞窟の中を掘鑿したところ、地下鉱脈の存在を見つけたそうだ。宇根元は、これを掘って渡すならば、住んでもいいと容認した。無論、カイライナ語は喋れないので、ジェスチャーと英語で。相手もそれを理解したそうで、鉱石により衣食住を提供した。
鉱石については、お得意のバイヤーに販売したと供述しており、密売を認めた。証拠については、組対五課が捜査中である。
有印私文書偽造罪で逮捕したが、密輸の罪で再逮捕されるのも時間の問題だろう。備讃島の洞窟内に、売買を記録した帳簿が残っていた。
書類が残っていた理由は、島の所有者に罪を擦り付けるためと考えられたが、本人の証言によると、後ろめたさから処分できなかったそうだ。バイヤーについても、情報を辿って特定出来るかどうかは、これからの捜査次第だろう。
その後、島を相続させて、自分の死亡届を出した。「税金から逃れるためか?」と問うと、否定しなかった。
渥川 真蕪木は、梶村 賀佐に対する殺人未遂の容疑で逮捕。鑑定留置は中止となった。
渥川は、宇根元がバイヤーに鉱石を売っているという情報を入手した。入手元は、バイヤーからだ。もともと、宇根元が造船会社を退職したのち、売買の噂を耳にしたのがキッカケだった。渥川は独自に探りを入れて、バイヤーに接触することに成功した。お金を積むことで、宇根元の情報を得ることができた。
渥川は、若くして親の借金を背負っており、お金が必要だった。備讃島に潜入した矢先、害獣駆除を行っていた宇根元に誤射される。見つかるわけにはいかないと、その場から逃走。さらなる治療費が必要となった。その後、同じく備讃島を狙っていた片桐 才蔵と森山 芹、二川 英将の3人と接触を図る。入院中は、3人を実行役として、指示だけ。実力行使も辞さない。
しかし、彼は若く犯行の計画は杜撰だった。その場凌ぎで、指示を出して、後先を考えない。3人に対して、協力はしつつも、最後に出し抜けば、総取りできると話していたそうだ。
総取りできれば、過程などどうでも良いと思ったのだろうか。3人は、もともと島を奪うために果樹園を行っており、渥川と同じく後先を考えない、行き当たりばったりの作戦ばかりだった。
梶村 賀佐の息子に成り済ましたのは、賀佐が死亡したあと、島を相続するためだ。ただ、会話が出来ると色々と話さないといけないため、転生者だの、適当なことを言って、調書を誤魔化そうしたそうだ。
梶村 賀佐については、被害者だ。当初は、無人島であると知らされていたが、人が住んでいることに気づき、会社を辞めて島に通うようになった。
梶村は、宇根元が生きていることは、知っていた。しかし、死亡届を出していたことは知らなかったそうだ。片桐たちが島を奪おうとしていることまでは気付かず、嫌がらせ程度だと思っていたそうだ。自分が殺されかけたことで、やっと気付いたそうだ。命を狙われていると分かれば、早々に警察に相談していただろう。
*
2014年7月末。局地的な大雨により、都内のアンダーパスのうち、数カ所が冠水し、タクシーは迂回を余儀なくされた。
「お客さん、すみません。道路が冠水して、少し遠回りになりますが」
運転手の布賀田は、雨合羽を着た警察の誘導に従い、交差点を直進せずに右折する。よく見ると、冠水したところに車があった。おそらく、水深を甘く見て突入したのだろうか。一瞬だったから分からないが、軽自動車のようだった。目の前の車が通ったから、追いかけるように走った結果、立ち往生することになったのかもしれない。その当時は今ほど水嵩が高くはなかったのかもしれない。
南から発達した台風が近づいており、その影響で都心は大雨である。伊豆諸島は暴風域に入り、本州への上陸は予想されておらず、東に進むそうだ。
布賀田は、ルームミラーで後部座席に座るお客様を見る。若い男である。大学生か新人社会人数年目ぐらいだろうか。リックサックはそこそこ大きく、登山用ザックぐらい。詮索はしないが、公園から乗車しており、目的地も公園だ。こんな悪天候の中……。
「ここで」
と、突然タクシーを止めるように言われた。
「お客さん、ここでですか?」
思わず聞き返した。工事現場の近くで、バリケードで囲われており、屋根や建物はない。
「釣りはいらない」
と、新渡戸稲造の5千円札を渡した。樋口一葉の五千札ではなく、旧札だったこともあり、運転手の印象に残ったそうだ。
ドアを開けると、男はタクシーが進んだ方向とは逆の方向に歩いて行った。
倉知副総監が悠夏と鐃警に見せた写真だが、そのときタクシーの車内で撮影された映像を切り抜いたものらしい。
「ある事件の人物だ」
「ある事件?」
「それは」
と、倉知副総監が語り始めるところで、遮るように悠夏のスマホの着信音が鳴る。
「……すみません」
と、悠夏は車の外に出て、電話に出る。かかってきたのは、仕事用ではなく、プライベートのスマホだ。ディスプレイには、電話帳に登録している母親という表示だった。
「もしもし、どうしたの電話なんか」
「それが……こんな時間になっても帰ってこなくて……」
「帰ってこないって?」
「こういうときって、警察に相談したほうがいいのかな?」
「それで、警察官であり、娘でもある私にかけてきたってこと?」
「そう」
「前もあったし、そのうち帰ってくると思うけど」
「え? 初めてじゃない?」
「いや、帰ってこないって、マシュのことでしょ?」
悠夏の実家で飼っている猫のことだ。4年くらい前にも、家から出て明け方まで探したが、日の出と共に家に戻ると、炬燵の中にいた。いつまにか帰ってきたのだ。
「帰ってこないのは、マシュじゃなくて……」
悠夏はそれを聞いて、言葉を失った。帰ってこなくなったのは、遙真と遙華である。
To be continued…
ここ最近、ストックがなく更新日に執筆しています。前回のタイトル「行き当たりばったり」は、ある意味今書いているのが、その場凌ぎと言えなくも無く……。なんというか。
さて、本編ですが備讃島の話の続きを。流石に前回で終わるわけにはいかないだろうと、アフターストーリーではなく、証言をベースとした続きです。そして、物語は次の舞台へ……




