第212話 その手は救いの手か染める手か(後編)
警視庁組織犯罪対策部組織犯罪対策第一課。吉尾警部のもとに、飯島警部補が報告書を持って
「吉尾警部、例の外国人について厄介なことが」
「もうすでに厄介事のつもりだったが……、それでなにかあったのか?」
「会話から調べた結果、”カイライナ”という国で使用されていたカイライナ語でした」
「カイライナ? 聞かない国名だな」
「それが、すでに存在しない国です」
「どこかの国に属したということか。それで、今はどの国だ?」
飯島警部補は報告書を吉尾警部に渡しつつ
「いえ……、1980年に国土が消滅しており、当時難民としてミクロネシアの国々が受け入れをしていたとの記録がありました。もともと、太平洋に浮かぶ島で日本からは2500キロくらい離れており、国土消滅の原因ははっきりとしていないですが、専門家によると海底火山噴火とプレート移動による島の沈没が、可能性として高いとのことです」
「まるで”日本沈没”みたいな話だな」
1973年に刊行された長編SF小説である。文字通り、日本が沈没する話だが、様々なメディアミックスがされており、有名な作品である。
「ということは、まさか宇根元 秋高という人物が、船でも出したとでもいうのか?」
「宇根元さんは、造船会社に勤めていたことがあるそうです。だからという決めつけではないですが……、如何せん、40年前の出来事なので……」
どうやら今後の捜査次第ではあるが、当時の記録が正確には残っていないかもしれない。片道2500キロ離れたところまで船で救出に行き、備讃島へ密入国させたのではないか。そういう話だ。カイライナという国はもう存在しておらず、国土消滅のためその海域は公海となっており、どの国の領海にもなっていない。
「それで、カイライナ語で会話はできそうなのか?」
「グローバノルの翻訳サービスに、不十分ながらカイライナ語が含まれているそうです。話者がほとんどいないため、正確な翻訳が出来るかどうかですが……」
グローバノルとは、アメリカの企業であり、大手検索エンジンの1つである。翻訳サービスは検索機能と同じく、無料で提供しており、インターネットに繋がるスマホやパソコンがあれば、翻訳できる。
*
倉知副総監経由で、悠夏のもとにカイライナ語について情報が渡る。丁度、鐃警と逃げ道をどうするか話し合っているタイミングだった。
「今更ですけど、ネットで翻訳できるのなら、自動翻訳を試すのも1つでしたね」
悠夏がふと思ったことを言うと、鐃警は
「洞窟の中だと、ネットに繋がらないですよね?」
「確かにそうですね……」
洞窟の中は圏外であり、翻訳サービスを使用できる環境ではなかった。残念ながら、自動翻訳はどうあっても出来なかった。
スマホの音声翻訳を通して、まずは火災を伝える。
「島で火災が起きています。これから避難誘導を行います。地下の道に、海岸などに出られる避難経路はありますか?」
どのくらい正確に翻訳されているかは分からないが、駲致 凉眞と椦嶺 來裡がこちらに近づいて、スマホに指を指す。
「この機械で言葉を翻訳します。伝わっていますか?」
便宜上、ここでもカイライナ語は全て日本語で表記します。実際は翻訳を通じて喋っています。凉眞の言葉が翻訳を通じ、機械音声で流れる。
「道を知っています」
「案内して、皆を安全な場所へ移動しましょう。みんなに呼びかけてもらえますか?」
悠夏は、なるべく正確に翻訳できるように、言葉を選びながら話す。しかし、問題はその避難経路でどこに出るか。入り江があれば、外にいる海上保安庁の船や水上警察の船が見つけているだろう。
凉眞は來裡と協力し、島の住民達に火災の発生と避難準備を呼びかける。当然ながら、鐃警と悠夏のことを信頼しない住民もいるが、梶村 賀佐の治療を目の前で見ており、強く反対する者はいなかった。それに、風に乗って焦げ臭いにおいが漂ってくる。
洞窟の中に入ると、携帯電話は圏外になり、連絡手段は途絶える。海上警察と海上保安庁の船に待機してもらい、電話が繋がったらGPSで場所を伝達する。
來裡が先導して、悠夏と鐃警が続き、島民と最後尾は凉眞が遅れている人がいないか確認しながら出口を目指す。
「これ自然現象だと思いますか?」
悠夏は鐃警に聞くと、言葉の分からない來裡が、チラリとこちらを見た。それに気付きつつ
「犯人の仕組んだものだとしたら、目的は無差別に島民を殺害する必要があったため、もしくは、島にある何らかの証拠等を消し去るため、あるいは、自棄になったか」
「前2つは賛同できますが、最後の自棄になったとは?」
「文字通りですよ。計画的な犯行ではないですし、何よりタイミングとして、賀佐さんがドクターヘリで搬送されたというニュースが、おおよそ世間に知れ渡ったくらいの時間ですし。ニュースを見て遠隔操作した可能性もありそうですよ」
鐃警の推測はズバリ的中していた。片桐 才蔵と森山 芹、二川 英将は、自分達が手に入らないのであれば、備讃島はもういらないと放棄したのだ。とはいえ、島で細工をしていたものは他にもあったかもしれない。その証拠隠滅も含まれているかどうかだが、おそらく3人はそんなことまで気にしていない。彼らは後先考えずに、その瞬間瞬間で決めており、それが目的への最短ルートだと思い込んでいる。
「そうなると、吝さんは結局……」
「そこはまだ分からないですね」
現在の捜査状況は、まだ共有されていない。それに梶村 吝については、不明点が多い。
洞窟を進むと、それまで壁沿いだったが、開けた空間に出た。流れてきた海水が溜まっている。深さは2メートルくらいありそうだ。道と海面の差はあまりなく、満潮なら通れなさそうだ。
さらに進むと悠夏のスマホが震えて、着信が入る。電波が入ったようだ。
「もしもし佐倉です」
「岡山県警から連絡が入った。片桐 才蔵と森山 芹、二川 英将を公務執行妨害で逮捕したそうだ」
電話の相手は、倉知副総監である。
「公務執行妨害ですか?」
「任意で話を聞こうとしたところ、何を勘違いしか、逃走を図ろうとしたそうだ。だが、アルコールをかなり摂取したようで、フラついて転けて、逮捕という流れだ」
「その3人は……」
「島の領有権を争っている相手だな。岡山県警からの話だと、聞けばボロが出そうだから、そのまま聴取に入るそうだ」
「そうですか。それでは、そこは岡山県警に任せて、私達は島からの避難誘導に徹します」
「それで、場所はどこだ?」
「GPSだと、北東の入り江と思われます」
「分かった。船を向かわせる」
To be continued…
捕まるときはあっさりですね。作中で登場したカイライナは、傀儡から国名を決めましたが、今ところ深い意味は無いです。語感というのもありますね。
洞窟の中は圏外なので、翻訳機能は使用できないです。翻訳用の言語ファイルをダウンロードすれば、オフラインでも使用できるのではないかと思われますが、言語が分かったのは後からですので、用意していいなかったということで。
事件が終わりそうに見えてますが、まだ謎が残ってますのでもうしばらく続くかなと。




