第204話 抗争
瀬戸内海に浮かぶ備讃島。住民のいない島の管理は梶村 賀佐、50歳男性投資家が行っている。島内には果樹園があり、主にオリーブを育てている。被害に遭ったオリーブ園の管理は二川 英将、51歳男性が行っており、島内にはあと2つオリーブ園がある。それぞれ片桐 才蔵、61歳男性と森山 芹、57歳女性が管理している。3名は賀佐の許可を得て、果樹園を管理しているはずが、賀佐は許可していない不法占拠だと主張し、法廷で争っている。そんななか、オリーブ園のフェンスを押し倒すような単独事故が発生。香川県警の交通課が捜査しており、軽トラックと思われるが、事故車両と運転手は不明。その数日後、賀佐の息子である梶村 吝、18歳男性がオリーブ園に入り込んで、オリーブの木を燃やして土壌までも荒らす事件が起きた。通報を受けた倉敷瀬戸警察署へ吝が任意同行に応じたところ、自分は異世界転生者であると主張。困った岡山県警と香川県警は、徳島で滞在中の警視庁特課へ応援要請を出した。なお、オリーブ園は岡山県と香川県の県境があり、両県警による共同捜査となっている。
悠夏はここまでの話をまとめると
「……異世界転生者の主張、必要ですか?」
事件概要だけ見れば、狂言で片付きそうな気もする。倉敷瀬戸警察署の粒江巡査は「うーん」と唸り
「実は被疑者が学校に一度も通っていないことが、今朝の捜査本部で分かりまして……。というか、出生届も出てなかった状態で」
「えぇ……?!」
「梶村 賀佐に就学義務違反と戸籍法違反の疑いで、今日からうちの生活安全部が捜査を開始しています。被疑者は読み書きができず、話す分には……いや……」
粒江巡査の表情を見なくてもわかるくらいに伝わった。車の中で室木巡査長が「話が合わないんですよ……。言葉は通じても……」と言っていた。
「それと……」
とさらに問題があるようで、粒江巡査は手帳を確認して
「島の管理者である梶村 賀佐が行方不明でして……」
「被疑者の父親であり、抗争中の本人がですか? 音信不通とかでもなく?」
鐃警と悠夏は嫌な予感がして、ある推測が頭をよぎる。
「もしかして」
と悠夏が内容を言うまでも無く、粒江巡査はその推測について
「ご想像の通りだと思いますよ。今朝の捜査本部でもその可能性が高いと考えています。梶村 賀佐が軽トラックを運転して、意図してか意図せずかどうか分かりませんが、状況からして軽トラックに乗ったまま、この島の周辺の海に落下したのでは無いかと……」
「そこまで捜査本部で考えているのなら、水上警察による捜索はどうですか?」
水難事故や転落事故の捜索を行う上でも、香川県警の水上警察に依頼すべきかと考えられるが、どうやらそれも既に手を打っていたようで
「今日の午後から捜索が始まる予定なので、そろそろかと。ガードレールのある辺りは今日は捜索せずに、港の方が中心になるかと」
「島全体はもう捜索済みでしょうか?」
島内に軽トラックは見つからなかったという捜査結果があるため、島内全体はすでに捜査したのだろうとは思うが、悠夏は念のため聞いてい見ると
「7割くらいですかね。島の山間部は鬱蒼と生い茂った草木で、容易には踏み込めませんが、そこに轍や獣道は出来てないので」
人が踏み込んでいれば、その痕跡があるはずだ。捜査が始まったばかりのため、可能性の高いところから優先的に捜査している。
粒江巡査の電話が鳴り、しばらく待っていると後ろの方から草むらの掠れるような音が聞こえ
「警部、今……」
悠夏が確認のために小声で聞こうとすると
「静かに」
とだけ言われ、振り向かずに黙って待つ。今の時間、風は弱くて暑い。少しでも風が吹けば、海風で暑さを緩和できるかもしれないが……。
「多分、2人ですね」
鐃警に言われて、後ろにいる人数だということはすぐに分かった。風で草木が揺れたわけでは無いようだ。
「一旦引き上げて、誘い込んでみますか?」
「何か誘い込めるような妙案が?」
「わざと忘れ物をしてみます。何も書いてない新品のメモ帳があるので、撤収の際にそれとなくポケットから落とします」
悠夏の案に鐃警は目配せすると、咳払いして
「では、この猛暑の中なので一旦引き上げて、1時間後に再開しましょう」
突然の指示に、粒江巡査と室木巡査長は困惑の表情をしたが
「警部の命令ですので、一旦引き上げましょうか」
悠夏は口元に人差し指を立てて、草むらの方に気付かれないように捜査員に合図を送る。なんとなく察して
「分かった。港まで戻るか」
粒江巡査は鑑識にも引き上げるように指示して、支度して引き上げる。悠夏はポケットからスマホを取り出そうとして、新品のメモ帳を地面に落とす。特に通知もないスマホの画面を見て、歩きながらポケットに戻す。
警察官が外に出るのを確認すると
「マス、行くぞ」
「マジで行くの? 外に出たら怒られるよ」
マスと呼ばれた人物は心配しながら、恐る恐る先行する人物のあとを追う。先に草むらから飛び出した人物は、メモ帳が落ちているのに気づき、拾い上げる。
「なにそれ?」
「わかんないけど。さっきの大人達のものだと思う。持って帰って、調べてみようぜ」
ポケットに拾ったメモ帳を入れようとすると、右腕を掴まれて
「それ私のものだから、盗んだらダメだよ」
悠夏が盗みを制止させた。2人は小学4年生くらいの男児で腕が細く、痩せ型だ。心配性の男児は、腕を掴まえた男児と悠夏を見て「うわぁぁぁ」と声を上げて逃亡を図ろうとし
「ディフェンス攻撃。通せんぼう!」
と、鐃警が男児の前に壁のように進路を塞ぐ。叫んだ理由は分からないが、なんかの必殺技だろうか。すると
「やめて!」
と、逃げようとした男児がその場でしゃがみ込んで、頭を守るようにする。悠夏が腕を掴んでいる男児は、なんとか逃げようと解こうとして
「お前ら魔法が使えんのかよ! 卑怯だぞ」
言っている意味が分からないが、子どもの言うことだから真に受けずにと思ったが、少し考えてから逆に利用できそうだと思い
「魔法でやられたく無かったら、おとなしくできる?」
悠夏が意地悪なことを言うと、男児2人は逃げるのを諦めた。
「さてと、2人の名前を教えてくれる?」
「誰が言うかよ」
「魔法を使ってもいいよ?」
脅すつもりは無いが、便利なので嘘を言うと男児2人はそれぞれ”桝谷”と”行久”というらしい。名字を聞いたが「ミョウジ? なんだそれ、知らねぇ」と言われた。
「警部。ここって無人島のはずですよね? 被疑者は学校に通ってなかったって言ってましたし、なんかありそうですよ……」
悠夏の勘はかなり高い確率で当たりそうだ……
To be continued…
無人島のはずが島民がいる? 被疑者の吝も島民ってことでしょうかね?
悠夏の勘については、後ほど語られる予定です。
この話は何話くらいになるか特に決めてないですが、8月の更新はこの話になるかな。




