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第201話 避難訓練

 避難訓練の実施は、学校保健安全法にて義務づけられている。地震や火災の発生を想定し、安全にかつ速やかに児童を安全な場所へと避難させため、放送内容や校舎の図面に避難ルートや配置を記載した資料が作られていた。当初は夏休み前に行う予定だったが、台風による休校で実施できず、登校日の今日に変更したそうだ。

「今日の流れです」

 と言われ、悠夏(ゆうか)は資料を受けとった。が、それを横から奪われて

「今日の報道は何社? 地元の新聞社とテレビ局ぐらい?」

 警視庁総務部広報課の上原(うえはら)が悠夏達を差し置いて、寺本(てらもと) 梓聖(しせい)教諭に質問した。

「今日は3社ですかね、確か。阿波新聞社と阿波徳島放送局、CATV(ケーブルテレビ)讃岐阿波。いずれも地元局ですが、確かネットでも展開してます、確か」

 口癖が少し気になった悠夏だが、上原は表情を変えずに資料をパラパラと(めく)って

「では、こちらでも撮影します」

 そう言って、電話でカメラマンを呼ぶようだ。急な出来事とは言え、広報として東京からここまで飛んで来ただけはある。こんな直前で人はいるのかと思ったが、報道関係者は突然の出来事でも対応できるように待機していると、何かで読んだ気がする。フィクションかもしれないが。

 上原は電話しながら、鞄から書類を出し、悠夏にそのまま渡す。

「これは……?」

 悠夏は戸惑いながらも、電話中のため上原は答えず。仕方なく書類に目を通すと

「え? 今日の……原稿……?」

「憶えて」

 とだけ上原は言い残し、どこかへと行ってしまう。見かねた鐃警(どらけい)はアドバイスではなく

「今や特課は警察の顔ですので、粗相(そそう)の無いように」

「なんでさらに緊張させるような言い方なんですか?! どちらかと言えば、警部の方が粗相を起こしそうですけど」

 悠夏の何気ない一言に、鐃警は一瞬思考停止。

「ん? 聞き間違いですか? 僕が粗相を仕出かすと?」

「また背中にポンプを背負って、放水とか仕出かさないかなと」

 思い出すのは、伊下町(いかちょう)での事件のときだ。あのとき放水したのは温水だが。

「失敬な。どちらかというとこれを」

 そう言って鐃警が取り出したのは、顔出しパネルだ。何の顔出しかというと……

「警部、なんですかそれ」

「火種です」

 と、炎のイラストに丸い穴が空いている。

「えっと……?」

 どう突っ込みを入れるか考えていると、

「今回は地震が起きて、調理室から火災が起きる設定のため、自分は調理室でこれを着て待機します」

「あ……はい……」

 巫山戯(ふざけ)ているようだが、真面目なことだった。たぶん。

「生徒が近づくと危ないですし、先生方が消火器で初期消火を試みます。そのために一芝居を」

「……が、頑張ってください……。あと、私も不思議と緊張しなくなりました」

 緊張はしなくなったが、今度は笑いが出そうで怖い。教諭数名が訓練用の空っぽの消火器を持ち、鐃警が扮する火に向かって初期消火を試みようとする。しかし、火は消えない。その真面目だが、そう真面目だからこそ滑稽(こっけい)に見えてしまって、某年末番組みたいに”笑ってはいけない避難訓練”が始まりそうだ。あくまでも真剣で真面目な訓練なのに……。どうしてだ?

「それで……、火種さんは講評の際、どちらに?」

 しれっと悠夏が鐃警を火種さんと呼んだが、鐃警は気にせず

「そりゃ、佐倉巡査のとなりで」

「その格好で?」

「そのつもりですが」

「……せめて、外してください。生徒達が笑って、話にならないと思います」

「どうしてですか? 真面目な訓練ですよ?」

「だからこそ……なんですよ……」

 悠夏はだんだんと、自分の考え方の方が合っているのか、間違えているのかどうかも分からなくなってきた。別に、火の顔出しパネルでロボット警部がいてもいいのか……?

「ちなみに、そのパネルはどちらから?」

「これですか。自前ですよ」

(どこから持ってきたんだろう……)

 悠夏はますます分からなくなってきた。マツュマロのときみたいに、これは夢なのか……? そう言えば、あのときも上原さんがいたなぁ……。明晰夢ではないかと現実逃避していると、上原が戻ってきて

「佐倉さん。原稿、憶えた?」

「いまさっき渡されたばかりですよ……?」

 まだ内容を見ていない。

「そう。相手は小学生だから、難しい言葉は使わないように。それと、小学生の集中力が持続するのは10から20分くらいだから、長話は消防士と校長に任せて、あなたは分かりやすく、短くすること」

 それだけ伝えると、上原はまた電話しながらどこかへと行く。


    *


 3年生は体育館。4年生はプール。5年生は校庭。残りの学年は教室で授業。各学年1クラスしかなく、1クラスあたりの生徒数は24名。教諭によっては、何時何分に訓練があるからと生徒にカミングアウトしている場合もあるとか。

 放送の音が鳴り、「只今より避難訓練を実施します。地震が発生しました。訓練! 地震が発生しました」と、授業を受け持っていない教諭によるアナウンスが流れる。

 教室で授業中の教諭は生徒に「地震です。机の下に隠れて、頭を守って」と言い、廊下とベランダの扉を開ける。出口の確保だ。

 体育館で授業をしていた教諭は「地震だ。皆、壁際へ避難!」と、天井材や照明器具が落下する危険性を考え、壁際へ生徒を避難誘導する。出口確保で校庭側と校舎側の扉を開ける。

 プールで授業をしていた教諭は「地震が起きたぞ。プールから上がれる人は、無理せずに上がってもいいが無理しないこと! プールの中にいる人は、プールサイドの壁に捕まるように! プールサイドにいる人はフェンスや建物から離れて、しゃがんで!」と、難しい指示を出す。地震が発生すると、プールの水が揺れる。そのため、流されてしまう危険がある。可能であれば、プールから出るのが良いとされるが、揺れによってはそれができないことも考えられる。さらに、プールサイドにいる場合は、水着のため怪我をしやすい。壁や屋根などから離れて、しゃがんで待機するのが望ましいそうだ。

 校庭で授業をしていた教諭は「地震だぞ! 建物から離れて、しゃがんで!」落下物の無い場所の場合は、その場でしゃがんで揺れが収まるのを待つ。

 しばらくして、放送が流れる。「地震が収まりました。只今の地震で、調理室から火災が発生。生徒は先生の指示に従って、校庭へ避難してください」。体育館と教室にいる生徒は、教科書などで頭を守りつつ、出口確保したところから避難を行う。調理室の近くは通らないルートで、当然ながら階段を使用する。エレベーターは使用しない。職員室にいた教諭は、教頭と校長の指示で生徒の避難誘導と初期消火で担当を分ける。

 あらかじめ用意された空っぽの消火器を持って、3名の教諭が調理室へと駆けつける。すると、そこには火種が踊っている。言うまでも無く、鐃警がお尻を振って火を演じている。報道陣はカメラを構えており、初期消火の様子を撮影する。シュールな画だが、至って真剣だ。

 校庭にいる生徒はそのまま、集合して他の生徒の合流を待つ。校舎からは上靴のまま続々と生徒が校庭に出てくる。さて、プールにいた生徒は、教諭の指示に従ってプールから全員が出て、保健室から駆けつけた教諭がバスタオルを渡す。「サンダルを履いて、校庭へ避難。ブルーシートの上に座るように」と、水着とタオルだけの生徒たちには、校庭にブルーシートを敷いて座らせる。運動会やイベントなどで使用する大きいブルーシートだ。

 生徒が無事に避難を終えると、人数確認を行い、全員が避難できたことを確認して、教諭は教頭へ避難完了を報告する。教頭から「みなさん。無事避難できました。では、阿北消防署の桑野(くわの)署長より講評をいただきます」と、桑野署長が5分ほどで講評を伝える。生徒が熱中症にならないようにということも考え、短めである。次に、校長のお話。こちらも5分も無かった。さて、悠夏の出番だが、生徒のうち何人かは指を差してクスクスと笑っている。隣にいる火種さんをみて笑っているようだ。

「それでは、最後に警視庁特課よりお越し頂きました佐倉さんより一言いただきます」


To be continued…

今回書いた各所の避難方法はあくまでも阿北小学校の避難マニュアルという設定です。地震発生時の避難方法としては、内閣府や国土交通省、総務省、文部科学省、都道府県庁など各所が提示していますので、そちらを参考にしてください。なお、プールから避難する場合は、体温を奪われないためにできれば衣服を回収するのが望ましいそうですが、ケースバイケースでしょうね。災害時は咄嗟の判断を迫られることもありますので、日頃から備えるのが一番かなと。こんなことをあとがきで書いていますが、正しい情報は正しい機関から入手してくださいね。あくまでも、本作はフィクションです。

さて、本編のなかで伊下町の話がありましたが、第2話ですね。火の顔出しパネルはどうやって用意したんでしょうね……。201話となっても、変わらず悠夏達の話を描いていきます。

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