第2話 ケチャップとイカスミ
もうすぐクリスマスである。ただ、誘拐事件が発生しており、特別本部が設置され、捜査一課はそれどころではない。てっきり、特課の最初のお仕事かと思ったが、招集が掛からなかった。
いくつか事件の資料を送られ、それにひたすら目を通す。といっても、表紙の概要だけ。
「何々……。12月初旬に発生した、連続勘違い男事件。ボーイッシュな女性を狙った犯行だが、いずれも被害者は男性であった。被疑者は、被害者の性別をニュースで知って、自首。まもなく逮捕状が下りる見込み。次は……。11月半ばに発生した、SNS拡散落葉放火未遂事件。神社の落ち葉に、犯人が放火しようとしたところを、通行人がスマホで撮影。それに驚いた犯人は逃走。通行人は、SNSにアップし、拡散された。未遂で終わったが、当局は犯人の目星がつき、近日、聴取を行う予定。あとは……。12月に発生した、配電盤盗難事件。作業員が施錠し忘れた配電盤から、予備のブレーカー部品2点が盗まれた。イルミネーションへの影響は無いが、交換用の予備ブレーカ部品とのこと。周囲の防犯カメラから、犯人が割り出され、事情聴取を実施中」
そのほか、7枚の資料の表紙だけを読んだ悠夏は、
「いろんな事件があるけれど、どれも特課の協力が無くても解決しそうなんですが……。警部は、どの事件の捜査協力が重要だと思いますか?」
悠夏は、家庭用電源から充電中の警部に問うと、
「そうですね。僕は、5番の事件資料が気になりますね」
「5番?」
悠夏は、表紙や紙を捲って数字を探す。すると、表紙の左上に、12桁の数字が振られていた。たぶん、その数字は、年や月、その月の連番や地域とかを組み合わせたものだろうか。
「下一桁が5番の資料は、2つあるんですが」
「伊下町の事件かな」
「”いかちょう”……。こっちですね」
表紙を捲って、2枚目に地名が書かれていた。その事件の内容だが、悠夏は表紙に戻り、概要を読み上げる。
「12月初旬から発生中、ケチャップ・イカスミ事件。神奈川県伊下市伊下町の漁港近辺で、明朝になると、ケチャップとイカスミがかなりの量を撒かれており、周辺に監視カメラは無く、張り込みを実施中……。何これ?」
「中の資料も読んでください。それ書いた人、たぶんウキウキで書いてますよ」
ロボットの警部が興味を示した事件。確かに、ほかの事件とはなにかが違う。悠夏は表紙を捲り、事件の詳細を読み上げる。
「12月2日の早朝。第一発見者は漁協組合の人だった。最初は、黒よりも赤のほうが視界に入ったため、血と勘違いしたらしい。このときは、まだ被害届が出ていない。12月8日と9日、続けて犯行があり、被害届を提出。人的被害は出ていないが、血と勘違いするので対処して欲しいとのこと。張り込み調査を実施するも、しばらく犯行は無く、12月17日に発生。17日は通報後に、被害状況を確認。ケチャップは、およそ10㎡の範囲で、イカスミは8㎡の範囲。コンクリートや壁に塗られていた。……」
悠夏は、そこで読むのを一旦止めた。なぜなら、次の文章を目で読んで、
「これ、捜査してる人が、完全に意識してませんか?」
「まぁ、意識するでしょうね」
「続き、読みますよ……。混ざり合っている部分の計測はできないが、塗り面積的には、実はイカスミの方が多く。軍配は、イカスミの勝ちだ。壁に塗られた痕は、不自然な塗り方で、まるで壁の手前に小さな子どもがいたみたいである。鑑識によると、イカスミもケチャップも本物であるが、かなり時間の経っているものが使われているとのこと。17日を最後に、まだ犯行は行われていない。次の張り込みは、天気予報を見て行う予定」
捜査依頼の資料なので、本物の捜査資料には、どう書かれているのか、非常に気になる。まさか、商標名とかを使ってはいないとは思うが……。
警部は充電が終わり、壁際から移動する。途中、ロボット掃除機とぶつかったのを、悠夏は見逃さなかった。警部は、
「途中、事件資料だということを忘れるような書き方をしてますが、犯人の目星もついてますし、次の犯行も予想できると思うんですよね」
「確かに、犯人達が想像通りなら、私たちが捜査協力できそうな事件ですね。では、このケチャップ・イカスミ事件が、最初のお仕事ですね。神奈川県の明日のお天気は……」
悠夏は、気象庁のホームページで、天気予報を確認する。
「朝の7時頃から雨が降る予報みたいです。降水確率は午前が90%。午後が100%。事件が発生する条件に当てはまりそうですね」
*
12月23日、早朝6時。神奈川県伊下市の漁港近辺。まだ雨は降っておらず、水たまりもない。しかし、空は星が見えず、曇っている。日の出は、午前6時20分のため、暗い。
張り込みは、悠夏とそんなに年齢が変わらなさそうな男性警察官が行っている。この男性警察官は、捜査協力を書いた神奈川県警所属の藤沢巡査である。警部は遅れて、消防士の格好で登場。背中には、どこかで見たことがあるようなポンプを背負っている。
「消防に協力の下、このポンプから温水が出るようにお願いしました。冬なので、流石に冷水はかわいそうですし」
警部が背負うポンプは、ホースが繋がっており、どこかから温水を汲み上げるらしい。ちなみに、警部は、箱根などの温泉の水を使用しようとしたらしいが、硫黄やホースが痛むなどの理由で、拒否されたらしい。たぶん、それは建前で、実際には協力の申請とかが面倒だからだろう。
気温は11度。普通に寒い。こんな気温で、もしも推理通りなら、犯人達は風邪を引きそうなんだが……。しかし、夏だとケチャップやイカスミが腐って臭いがキツイな……。
そんなことを考えていると、藤沢巡査は人差し指を口元に近づけ、
「どうやら、始まったみたいですよ」
「頃合いを見て、突撃しますか」
悠夏は、小声で提案した。たぶん、今始まったのなら、3分後だろうか。
警部は今か今かと待ちきれないようで、落ち着かない様子で、
「ところで、この場合は現行犯ですか? 指導になりますか?」
「うーん、注意ですかね?」
悠夏は、藤沢巡査に半疑問で投げると
「被害届が出てるので、謝らせることが大事だと思いますよ」
しばらく待ち、悠夏はスマホの時計を見て
「さて、そろそろ行きますか」
2人とロボット警部は音を立てぬように集団に近づく。そして、警部が
「スペシャル発動!」
と、叫んで背中のポンプから温水を放射する。集団は、驚いて叫ぶ。しかし、逃げるような素振りは見えない。少しずつ、太陽が顔を出し、辺りが明るくなる。
「さて、ゲームはここまで。困っている人がいるから、お話を聞いてもらっても良いかな?」
悠夏は、集団に優しく話す。事件の犯人は、小学校2~4年くらいの子ども達だ。男女8人。この寒い中、学校の水着姿で、水鉄砲のおもちゃを持ち、中には小さいバケツを持っている。
水鉄砲のおもちゃやバケツの中身は、ケチャップやイカスミである。たぶん、水かなにかで溶かしてるのだろうか。大方、予想通りであった。雨が降る日の朝に、こうやって遊んでいるらしい。理由は簡単である。雨が降ると、イカスミやケチャップが流れるから。
暖房の効いた室内に移動し、子ども達にタオルや温かい飲み物を用意した。親御さんには連絡したので、しばらくすればやってくるだろう。漁協組合の人たちは、子ども達の遊びと知り、笑ったが、これを許すかどうかはまた別の話である。実際、迷惑している人もいたので、子ども達は謝った。
落ち着いてきた頃、悠夏は、ずっと気になってたことを子ども達に聞いてみる。
「ところで、なんでケチャップとイカスミなの?」
「それはね……。食堂やレストランの人に聞いたら、余って捨てちゃう食材だから」
つまり、0円で調達したみたいだ。期限の切れたトマトケチャップやイカスミを貰い、それで遊んでいたらしい。まぁ、期限が切れているのであれば、食べることは出来ないが……。もともとは、今年の夏休みの自由研究で、近所の食堂やレストランの捨てちゃう食材とその量を調べたらしい。その後、12月になって、この遊びを思いついたらしい。
「これで、一件落着ってことかな」
悠夏は、朝日に向かって背伸びする。捜査協力はここまでである。ここから先の処理は、担当部署が行う。特課は引き上げだ。
「あれ? 警部は?」
周りを見渡しても、警部の姿が見えない。先ほどの事件現場へ行くと、警部がいた。それと、この前見た若い兄ちゃんもいる。
若い兄ちゃんは、悠夏に気付き、
「お疲れ様です。ある程度、防水機能はあるのですが、警部は、お湯でショートしたみたいで、メンテ中です」
「え?」
それは予想外である。
To be continued…
いろいろと、ツッコミどころがありますが、
冬に水着でケチャップとイカスミ浴びるって、風邪引くとかそういう問題じゃないね。
ケチャップをテーマに書いたら、こうなりました。