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第199話 鏡花水月

 2019年8月5日午後4時。閉園まで2時間を切る。イベント会館近くで待機する鐃警(どらけい)悠夏(ゆうか)。車の中で複数のカメラ映像を(かじ)り付くように確認する鯖瀬(さばせ)巡査。イベント会館の中を点検する企画課の板東(ばんどう)。事務所で書類処理の仕事をするが、気になって度々手が止まる安全管理課の川田(かわた)。何事も無く、開園前の張り込みから6時間。鑑識課や捜査一課からの報告は、すべて空振りに終わり、(むし)ろこの事件が現実では整理できないことを物語ることとなった。

 悠夏がふとスマホで時間を確認すると、画面には午後4時3分と表示された。気温はまだ30度。夜になっても25度くらいの予報。画面を見ていると、鯖瀬巡査から電話が入る。もしや、何かが画面に映ったのだろうか。

「もしもし。なにかありました?」

「消防からの情報で、40分くらい前に割れた鏡で怪我をした80歳の女性を搬送したらしい。どうやら鏡が急に割れて、大怪我をしたそうだ。駆けつけた救急隊員によると、その割れた鏡には、例の少女の姿した影のようなものがくっきりと残っていたそうだ」

 それを聞いた悠夏は、もしやと思い

「すみません。少し調べたいことがあります」

 そう言って電話を切り、スマホのSNSで検索をかける。

「なんでやらなかったんだろう……」

 悠夏がそう(つぶや)きながら検索を行うと……

「あった」

 ここ最近、鏡が割れたという写真投稿。本件とは関係なさそうな写真が多数検索に引っかかるなか、”割れたあとがなんか人みたい”という投稿とともに、現場にあった割れた鏡と同じように少女の姿をした影が映っていた。すぐに鐃警に報告し

「警部。ここの鏡の数が多いってだけで、近隣住宅の鏡でも同じ現象が発生していたみたいです」

「なるほど。鏡が割れただけでは、事件ではないので警察や消防に情報は入らない。今回のように事件だと思って通報しても、警察側が事件として取り扱わないことも多いでしょうね……。それこそ、泥棒に入られたとかでは無い限り」

 怪我をしても、自宅の救急箱や絆創膏(ばんそうこう)で手当てして、当人以外は知るよしも無いだろう。

「そうなると……」

 困ったことになった。どうやってその原因を取り除く? つまり、被害者少女と思われる人物を救出するのか。目撃者の証言から、影が外に出るという想定でここに待機している。もしそれが違っていれば……。

「ここで影を見た目撃者は少なくとも3人。でも、割れた鏡は1枚。脱出するときに割れるわけではないってことでしょうか?」

 悠夏は非現実を前提に推理し、現在の状況を整理する。非現実といっても、起きているのは現実世界だ。法則性ぐらいあるだろう。「例えばですよ」と鐃警は前置きをして自身の推論を語る。

「割れた鏡は脱出前に失敗したとき。割れてないのは、外に出られたとき。ただし、外に出られても鏡の中に戻されて、この不可思議な近隣連続破鏡事件が継続している……」

「何らかの力で鏡の世界に束縛されているってことですか?」

(ある)いは、何者かの力によって引き戻されているか」

 ”何者か”とは一体? それに関して鐃警の推論を聞く前に、イベント会館内から大きな音が鳴り響く。鏡の割れる音とともに、板東が悲鳴をあげる。

 イベント会館内は()わば鏡の世界。配置図は見せてもらったが、不意に割れる危険性がある。飛び込むと自分達が怪我をして、助けに行くどころか更なる助けを呼ばねばならない。(まさ)しく、木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊になるということだ。

「佐倉巡査はここで待機を。僕が行きます」

 鐃警はそう言って、館内へ。悠夏のスマホに再び鯖瀬巡査から電話が入り

「もしもし今鏡が」

「こっちでもカメラ越しで見た。板東さんは無事だ。それと例の影についてだが、鏡の中、奥の方から少女が走ってきて、外に出そうな瞬間、鏡が割れた。例の影もできている」

「それって、走っていたら目の前にガラスがあって、気付かずにぶつかるような感じですか?」

「言い得て妙だな。そのガラスが鏡だと思ってもらえれば」

「それで鏡の中に映った少女は?」

「着の身着のまま。行方不明の少女で(おおむ)ね確定。有間(ありま) (ともえ)ちゃんは、当時」

 鯖瀬巡査はまだ話していたが、悠夏は目の前のことに気を取られて耳に入らない。イベント会館の入口にある複数の鏡。そのうちの一枚。さっきまでは自分が映っていた。しかし、今は違う。目の前の鏡に映るのは、6歳くらいの少女。こちらを見ている。悠夏はスマホを持ったままゆっくりと両手を広げる。少女が走り出す。もしも、失敗して鏡が割れれば自分はどうなるだろうか。その可能性をこのときは何故か考えず、目の前の異世界から走ってくる少女を(うつつ)で受け止めることだけを思っていた。無意識に動いていた。

 鯖瀬巡査はそれをカメラ越しで見たが、丁度当該の鏡が画面外ギリギリで見えない。急いで車から下りて、イベント会館の正面へ回り込む。すると、鏡から黒い(もや)のような影が少女の姿のように見え、悠夏が両手で捕まえる。程なくして、靄がゆっくりと晴れて、裸足の少女の姿になる。

「靴……靴っ!」

 鯖瀬巡査は近くのお土産屋に駆け込んで、サンダルを取ると店員を探し

「支払いするんで来てください」

 と、警察手帳を見せてイベント会館の正面へ。名札の付いたサンダルを持って戻ると、

「ねぇ、みんなは?」

 巴ちゃんが鏡の方を指差して、悠夏に何かを訴えていた。鏡の世界には他にも誰かいるのだろうか。

「サンダルを」

 鯖瀬巡査がサンダルを悠夏に渡し、

「巴ちゃん。みんな見送ってたみたいだよ。おかえり。サンダル履こうか」

「見送ってた……?」


     *


 その後、悠夏の知り合いである小児科の先生が、巴ちゃんの容体を確認し、問題はないが経過観察はした方が良いと言っていた。鯖瀬巡査から連絡を受けた巴ちゃんの母親が現場に到着すると、涙を流して娘の無事を喜んでいた。

 イベント会館内にいた板東に怪我は無く、鏡のイベントは明日以降取りやめるそうだ。次のイベントまでの間をどうするか、早速考えなくてはならないため、大忙しらしい。

 悠夏がタブレットで報告書をまとめていると、鐃警が缶コーヒーとペットボトルのお茶を持ってきて

「珈琲とお茶、どっちがいいですか?」

「片方、警部が飲むんですか?」

「いえ、どっちも渡すつもりですけど」

「じゃあ、両方ください。ありがとうございます」

 悠夏はお礼を言って受けとると、缶コーヒーを開けて飲む。飲み終えたら、お茶も飲むつもりだ。

「それで、鯖瀬巡査から聞いた話ですけど……。巴ちゃんを救出したあと、何か見たんですか? 巴ちゃんが”みんな”って言っていたとか」

「それについてですけど……鏡の向こうに、それこそ『鏡の国のアリス』とかにも出てきそうな……”ヒト”っぽいけど違うような人たちが、巴ちゃんを見送っていたみたいなんですよ。自分でもなんでそう思ったのか不思議ですけど」

「なるほど。偶然か否か、名前の一文字違いですし。有間とアリスって」

「それでご相談なんですけど……、報告書の内容について……」

一先(ひとま)ず、ありのまま書きます?」

 不可思議な鏡に(まつ)わる事件が、日没と共に幕を下ろした。


To be continued…


摩訶不思議な事件でしたが、どう事後処理するんでしょうね。鏡に対して誘拐は無理でしょうね。失踪していたということで、有耶無耶になりそうです。

結局、鏡が少女の形に割れたのは、失敗したらそうなるという推理だけで、謎のままです。

次回、200話ですが特別なことはあまりなく、いつも通りでいきます。

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