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第198話 割れた鏡

 鏡といえば、何を思い浮かべるだろうか。鏡を多数使用したイベント。万華鏡のようで、不思議な世界が広がる。一方で、合わせ鏡はよくないという話を聞いたことがあるだろうか。2枚の鏡を平行に向かい合わせにすると、互いの鏡がそれぞれを写すため、無限に続いているように見える。その昔、バラエティ番組で合わせ鏡は何枚まで映るのかという検証して、42枚という不吉な数字まで映る結果になったそうだ。合わせ鏡には沢山の都市伝説があり、風水でも良くないものとされている。

 鐃警(どらけい)からは、鯖瀬(さばせ)巡査が少し焦っているように見えた。

「それで、明らかに熱の入り具合が尋常じゃ無いですけど……、この事件には何かあるんですか? 丁度、僕が合流したとき、鯖瀬巡査が非現実を前提にって言っていたのも気になりますけど」

「2週間前、この近くで不思議な事件があった。多分、関係無いかもしれないが、自分は関係あるかもしれないと思って」

「なんでそれを早く言わないんですか? 特課は普通の捜査と違って、そういう刑事の勘も時には当たりますし、むしろこういう事件に限って、そういうのが嫌なほど……、ゲームやフィクションの伏線みたいに」

「事件詳細だが……、現場は一軒家。被害者は中学2年の娘。当時は母親が一階で過ごしており、2階の自室で引きこもっていた。そのあたりのバックボーンについては割愛するが、本を読んでいた母親が鏡の割れる音を聞いて、急いで2階へと上がった。娘の部屋をノックしても反応が無く、開けるとそこには割れた姿見。そして娘の姿はどこにもなかった。玄関や勝手口から出るには、階段から下りて母親のいるリビング・ダイニングを通らなければならない。しかし、母親は見ておらず、そのまま行方不明。靴はあり、裸足で外へ出たとは考えにくい」

「外部の人間が二階の窓から侵入した可能性は?」

「それもない。窓には鍵がかかっていた。扉以外は鍵がかかった、半密室状態。割れた姿見には少女の影が残っていた。この現場にあった割れた鏡と同じような」

「詰まるところ、鯖瀬巡査の推理はこうですか? イベント会館前に姿を見せた少女の影は、錯覚や幻覚、トリックの類いでは無く、鏡の世界に迷い込んだ行方不明の少女が、逃げだそうとしていると?」

()()()()()()()()話だろ?」

「うーん、その言い方は誤用ですが、()()()って言いたいんですよね。確かに、現実ベースだとあり得ない話でぶっ飛んでます」

 鯖瀬巡査の誤用、”絵に描いたような”とは、素晴らしいものや理想的なものを指す言葉である。()()()()()()()()という意味で誤用する人はいるが、鯖瀬巡査の場合はそれでもなく、絵空事と言いたかったのだろう。

「そうとなれば……」

 鐃警が何かを準備しようとすると、車の扉が開き

「警部。戻りましたが、状況はどうですか?」

佐倉(さくら)巡査、丁度良いタイミングで。鯖瀬巡査はここで映像監視を続けますが、僕らはイベント会館に行きます」

「私もですか?」

「特課はもれなく」

「わかりました。……あんまり分かってないですけど……」

 鐃警は車から下りて、悠夏(ゆうか)とイベント会館へ。板東(ばんどう)さんにはそのまま待機してほしいと伝えて、2人だけで。

「佐倉巡査は、鏡の世界って考えたことはありますか?」

「鏡の世界……。よくフィクションで、鏡の中にもうひとつの世界があるって話ですか?」

「間違ってるかもしれないですけど、確かイギリスの数学者だったかが、書いた『不思議の国のアリス』、その続編として『鏡の国のアリス』という児童小説が有名です。鏡を通り抜けたアリスが、鏡の世界へと迷い込む。その他にも漫画やアニメなどで鏡の世界を題材にしたものや、都市伝説もあります。そんな絵空事があるのかもしれない」

「ゲームでもありますね。ということは、目撃された少女の影は、鏡から出てきたってことですか?」

「鯖瀬巡査によると、2週間前に」

 鐃警は、鯖瀬巡査から聞いた事件概要をそのまま悠夏に話した。

「なんでそんな重要なことが今になって……? あっ……」

 悠夏には心当たりがあった。”あれは幽霊とはいえど、被害者であり貴重な証言者だった。だから、非現実を前提としても、今まで通りの現実ベースで捜査を進められただけ。ここの事件はまだ現実世界で考えないと”。そうやって鯖瀬巡査に言ったのは自分だ。

「鏡の世界からの脱出を試みたが、失敗したのではないか。割れた鏡はまだ1つ。レスキューになるかもしれないですと、これ」

「そうしたら……、先に救急車を手配しておきますか?」

「それはどうだか……」

 この炎天下、熱中症と思われる症状で通報を受け搬送するケースは多く、本当に出てくるかどうか定かでは無いこの状況で、長時間救急車を待たせるのはどうなのだろうか……。

「そうしたら、知り合いの病院がすぐ近くなので、連絡してみましょうか?」

「知り合いですか?」

「友達の父親がこの近くで小児科クリニックを。取り敢えず、電話してみます」


    *


 午後3時過ぎ。まだ動きは無い。今日は起きないのだろうか。このまま閉園時間を迎えてしまうとタイムアップだ。

夢浮橋(ゆめのうきはし)……少し違うかな……」

「何を調べてるんです?」

 イベント会館の前で待機している鐃警は、悠夏のタブレットを覗き込む。

「いえ、報告書に書くのに言葉選びを。異なる鏡を往来できるって、まるで”どこでもドア”みたいな」

「未来っぽいですけど、起きているのは恐ろしい怪談の類いになりそうですが……」

「あっ。夢浮橋って、夢の中の危うい通り道っていう意味以外に、”吉野川(よしのがわ)の夢の渡し”という地に架けられていた浮橋という意味もあるみたいですよ」

「ここに流れているのは江川(えがわ)ですよ」

「でも、吉野川遊園地ですから」

 園内の流れているのは江川である。開園当初は江川遊園地という名前だったが、1969年の四国博覧会の開催を機に、吉野川遊園地へと改称したそうだ。

「それ、本当に四国の吉野川ですか?」

「そういえば、別の吉野川もありますね。調べてみます」

 少し調べると

「奈良の吉野川みたいです」

 悠夏の調べによると、どうやら奈良県吉野町(よしのちょう)に”夢のわだ”という場所があり、そこらしい。調べて知ったことだが、それらとは別で源氏物語の最終巻の巻名も夢浮橋らしい。

「これだと、ダブル・ミーニングにはならないですね……。報告書の捜査件名どうしよう……」

 悠夏が天を仰ぐ。それでは白い雲が流れている。

「動き……ないですね」

 悠夏は空を見ながら呟いた。

「ここまで動きがないものの、今は待つしか無いです。業者の類いは全て空振り。目撃者に共通する事柄もなし。科学的な再現方法は分からない。例のウォータージェット加工による犯行も、裏付けできず。まだ検査を始めたばかりらしいですが、科捜研の速報で、ガーネットはまだ検出できてないそうですよ」


To be continued…


今日は「かにの日」らしいです。蟹座の最初の日であり、50音で「か」は6番目、「に」は22番目とのことで、本編には一切関係の無い話です。さて、現実ベースで進んでいたら、どうやら怪事件っぽい展開になりつつあります。現実ベースで捜査するとは言え、鯖瀬巡査の話は先に共有していてもよかったかもしれないですが、共有するとそれはそれで、幽霊のときみたいに、非現実が先行して、捜査がどうなっていたかわからないですけども。

さて、たぶん次回がこの話のラストかな。終わらなければ、第200話に跨がります。

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