第197話 停滞する捜査と推理
悠夏は仕事用のタブレットで検索結果を眺めていた。
検索キーワードは”人の姿 見間違え”や”シミュラクラ現象 類似”などである。言わずもがな今の事件に関する情報を調べている。
まずシミュラクラ現象とは、早い話が、3つの点があると人の顔に見える脳の働きである。脳が顔だと判断してしまうため、点が目と口に見えるのだ。
「パレイドリア効果……」
検索結果を声に出す。
「目で見たものや耳で聞いたものを、既存のものに当て嵌めてしまう現象。シミュラクラ現象との違いは、不明瞭的なものや抽象的なものから、具体的なものを認知するところ」
読んでいるだけでは、パッと理解できないが、いくつかのサイトを見て、なんとなく分かった。
「インクを適当に垂らした紙にできた模様や雲の模様、壁に出来た染みの模様を、動物や自分の知っているものに当て嵌めてしまうこと……。つまり、実際には少女の姿ではないけれど、それに近しい形状のものが見えて、目撃者は少女だと誤認した……」
悠夏の呟きを聞いていた鐃警は一言
「証言者からすれば、自分はそう見えて、嘘を言っているつもりは無いからこそ、証明が難しいですよ、それ」
「それなら、幻覚や霊感、錯覚の類いはどうしましょうか?」
「目撃者は少女と言っているからには、まず女性だと分かること。次に子どもだと分かること」
「大人に見えない理由なら、身長ですかね?」
「性別はどう思いますか?」
「例えば、スカートや髪型が思いつきますが……」
「いずれも容姿ですよね。声はどうですか?」
「声……?」
鐃警に言われて初めて、姿以外の考えに気付いた。目撃者の証言はあくまでも少女の姿を見たとだけ。だから、視覚のみの情報だと思い込んでいた。
「鯖瀬巡査。目撃証言と業者に関する捜査状況はどうですか?」
「まだ連絡はない」
「業者のリストだけでも貰えないですか?」
「確認する」
鯖瀬巡査はモニタを見ながら、返答は一言のみ。スマホの画面を見ずに右手で操作して、メールを送る。
「画面見てないのに……」
思わず驚いて声が出た。悠夏は状況からの思い込みを除去するためにも、鐃警の考えを聞くことにして
「警部は少女の姿について、どう考えてますか?」
「容姿や服装の情報が目撃者の証言から得られないことから、姿の情報は少ない。でも、少女だという判断材料がある。視覚でなければ、聴覚。耳で声を聞いて、少女だと判断したのではないかと。目撃者からの追加情報が無い以上、そう考えてます。目撃者からその手の情報が出れば、捜査は一歩前進するかどうか……」
目撃者に聞ければ、そのあたりはハッキリするだろう。鐃警はさらに自分の捜査結果として
「ちなみに、目撃証言のあった日の入園者をカメラで調べましたが迷彩柄の服を着た少女はいなかったですよ。あとは、まさかとは思う推理ですけど……」
「まさかとは?」
悠夏は首を傾げて、聞かせてくださいと無言のアピール。スルーされているが、鐃警が迷彩柄の服を着た少女を探した理由は、消えた理由が保護色となった可能性を考えたからだ。後ろの背景と同化して、恰も消えたように見える。
「いや……まさかですけど、2つ。さっきの声云々は忘れてくださいね。あくまでも、可能性が無いと思っている推理なので……」
前置きをしつつ、鐃警がまさかなと思う推理内容は
「1つはパネルです。園内にもキャラクターのパネルがありますけど……」
「パネルの絵を少女と見間違えたってことですか?」
「まさかね……と、思いますよね。確か、ワイドショーで見て知ったんですけど……。キャラクターのパネルってありますよね。通常はキャラクターの縁、輪郭って言えばいいですかね? そこの余白をカットして、存在感を高くするような方法があるらしく」
キャラクターパネルには、キャラが描かれていない部分に余白が出来る。背景があれば話は別だが、パネルを立てる上でも、バランスを取らなければならない。しかし、その余白部分をカットすることで、キャラクターだけが浮いて見え、存在感が高くなる方法があるらしい。それを少女と見間違えたかどうか。もうひとつは
「虚偽の証言。そもそも少女を見たという証言が、真っ赤な嘘。故意に嘘を吐いているか、または勘違いだと気付いたときにはもう後戻りできず、そのまま証言を撤回しないか」
たとえ、まさかな展開であったとしても、事件ではなかったとなれば、一安心だ。今のところ、少女が現れることで直接的な損害は出ていないため、書類送検も見送られるかもしれない。あくまでも遊園地側の運営が許せばの話だが。
*
午後1時半頃。目撃証言について、情報が入ってきた。佃巡査からの報告をまとめると、まさかとは思う仮説はすべて消え、注目すべきはどんな風に少女を見たのか。
「晴れた日に6歳くらいの少女の姿を見たと証言する人は、服装は分からず、シルエットのようだったと証言。同じく、晴天の日に幼稚園児くらいの少女を見たという人は、一瞬だったから服装は分からない。逆光だったのか、暗く見えたと証言。3人目も、晴れの日。アイスを食べていたところ、建物の入口付近に子どもを見かけたが、すぐに消えて見間違えたと思ったが、娘も見ていたため、不思議に感じた。服装は分からない。ぼやけて見えたが、服がゆらゆらとしていて、女の子だと思った、と」
読み上げたのは、タブレットを持った悠夏である。
「いずれも服装は分からず。おそらく、揺らめいていたのがスカートだと思い込んだから、少女だと判断したのかもしれない……」
鐃警の推測には悠夏も賛同した。ゆらゆらとしたのは、陽炎の所為だろうか。消えたという証言からして、やはり人間では無く、何かを人間だと錯覚するような現象が発生したのでは無いだろうか。ただ、それを証明する術は持っていない。科捜研や物理学などの専門家に聞けばなにかアイデアが出てくるかもしれない。
「プロジェクターは照度が低すぎるため、太陽光に負けて見えないでしょうし……」
「実験でやってみます? 一回」
鐃警が提案し、入口のプロジェクターを使って試しに外へ投影してみる。近くを歩いてきた客には、メンテナンスしている風に装いつつ。試した結果は、やはり何も見えない。
悠夏は周囲を見渡して、何かヒントになりそうな物がないか探してみるが、それっぽいものはない。強いて言えば、アイスクリームの幟だろうか。風で靡いている。
「目撃証言のあった当日ですが……、何か物が飛んできたとかはないですか?」
飛来物を人と見間違うかどうかだが、思ったことを聞いてみた。
イベント企画課の板東は何かを思い出すような仕草をして
「そういえば……、風が強くて、清掃スタッフがビニールのようなものを回収したって話は聞きました」
「警部、私、一度清掃スタッフに話を聞きに行ってきます」
鐃警に一言だけ伝えて、悠夏は清掃スタッフのいる事務所へと移動する。ビニールを人と見間違えるかどうかだが、鐃警は可能性を否定せずに悠夏を見送った。
「鯖瀬巡査、少し話があります」
映像を監視するため車に戻る鯖瀬巡査に声をかけ、鐃警も車へ。板東には一言、「少し待ってください」と断りを入れてドアを閉める。声が外に漏れないようにしつつ
「おそらく、実害がない以上、今日中に進展が無ければ少女の件は捜査打ち切りですか? 鏡の破損については、器物損壊の疑いで捜査を継続するとは思いますが」
「そうなるかな……。行方不明になったとかっていう話ではないし、いつまでもこの捜査に時間をかけられない……」
このまま捜査打ち切りになるのだろうか……
「目撃者の共通点、分かりますか? 直前に何をしていたとか」
To be continued…
少女の姿について話を進めてますが、鏡の損壊についてはまだ何も進んでないですよ。
少なくとも3人も見間違えるようなものなのか否か。張り込みも虚しく、このまま捜査打ち切りか?
さて、あと2話で終わらせて、200話は別の話をしたいなと思いつつも、今の話が片付くのか。ストックない上、更新当日に書き上げてますので、作者も先が読めていないので、どうなるんでしょうね……




