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第195話 現実的か非現実的に考えるか

「どっちだと思う?」

 パラソルテーブルで向かい合って座る鯖瀬巡査から聞かれ、悠夏はタブレットの操作をやめた。

「どっちって?」

 質問に質問で返す。悠夏は事件資料ではなく、タブレットで過去に開催された催し物を調べていた。

「リアルで考えて良いのか、それともアンリアルで考えた方が良いのか」

「最初から非現実を前提にすると、捜査はできない」

「でも、幽霊を前提に事件を解決したって」

「あれは幽霊とはいえど、被害者であり貴重な証言者だった。だから、非現実を前提としても、今まで通りの現実ベースで捜査を進められただけ。ここの事件はまだ現実世界で考えないと」

「慣れてるんだな。場数が違うのか……」

「慣れないよ。まだ分からないことが多い。行き当たりばったりなこともあるし、ミスもある」

「そんな気しないけどね」

「傍から見ればそうかもしれないけど」

 悠夏と鯖瀬巡査が会話するなか、久しぶりに聞く声で

「傍から見たら、遊園地でデートするカップルみたいですけどね」

 そう言われて、悠夏は視線をタブレットの画面から声のした方へ、視界に入ったのは鐃警である。

「警部? 東京にいたのでは?」

「いろいろあって、ここに」

「説明になってないですよ」

「それより、僕のセリフには2人とも無反応ですか」

「話を逸らさないでください」

 特課の悠夏と鐃警が会話するのを見て、鯖瀬巡査は

「仲いいですね」

 と、温かい目で見ていた。

「鯖瀬巡査、ちょっとこっちへ」

 坪尻鑑識に呼ばれると

「今、いいところだったのに」

「現場で巫山戯ないでください」

「ご尤もな意見。それで、微笑ましいシーンをぶったきるような報告内容は何でしょう?」

 鯖瀬巡査はまだ座ったままだ。坪尻鑑識は咳払いして

「鏡に加工した方法について、科捜研に相談したところ、ウォータージェットの可能性は考えられないかと助言を頂きました」

「ウォータージェット? 高圧洗浄機……?」

 鯖瀬巡査はピンとこなかったが、悠夏と鐃警もあまりイメージできていないようだ。

「ウォーターカッター、とでも言い換えれば分かりやすいかもしれない。高圧水流を利用した素材の切断加工技術」

「水でそんな加工ができるんですか?」

 悠夏が疑問に思ったことを口にする。たとえ、高圧や高速であったとしても、水で鏡を加工できるのだろうか。

「ウォータージェット加工と言うそうだが、水にあるアブレシブを混入させるそうだ」

「あぶれしぶ?」

 聞き慣れない横文字に反応したのは鐃警だった。

「研磨剤だ。ウォータージェット加工では、研磨剤としてガーネットが使用される」

「あなたと過ごした日々云々ってやつですね」

「それは……なんかの映画の主題歌だな。それで、鉱石のガーネットが現場の床から発見されるかどうかだが、流石に現場で鑑定できるような代物ではない」

 鐃警のボケを坪尻鑑識が流れるように処理し、そのまま会話が続く。

「研磨剤って粉々になったガーネットってことですよね? そんな細かいの検出できるんですか?」

「科捜研がガーネット検出器やらなにやら頑張れば出てくるかもしれないが、もっと楽な方法はある。犯人が使用した機器を見つければいい。ウォータージェットの機械なんて、サイズがでかいだろ」

 坪尻鑑識に言われて、悠夏はタブレットって検索してみる。すると、工場に置くような大きな機器だ。リュックサックなどに入れられるような大きさなどでは無い。

「しかし、どうも解せないな。犯人はそんな大型な機械を用意してまで、どうして鏡を加工させたかったのか。少なくとも、容疑者は絞られるはずだ。ここからは、捜査一課の仕事だろ?」

「えぇ。一般の客にはできない芸当です。おそらく業者を装って、軽トラックや車でこの建物まで近づき、鏡に細工を行った。偶然か分かった上での犯行か、この建物中には2週間後の催し物に向けた準備で、水に関するものはあるし、排水設備もある」

「鯖瀬巡査。セリフは決まっているが、どうもカラフルなパラソルの下で真剣な表情をされても、あまり絵にならないぞ」

 シュールな絵面だろうか。坪尻鑑識に指摘されても鯖瀬巡査は表情を変えずに

「坪尻さん。ここ意外と涼しいんですよ」

「なら、日向で直射日光を浴びている俺と隣の精密機器に譲って貰いたいな。大丈夫か? そっちの警部さん?」

 精密機器とは、言わずもがな鐃警のことである。彼はロボット警部であるからして、精密機器だ。精密機器には動作環境の仕様がある。そういえば、鐃警はこの炎天下でも問題ないのだろうか。

「動いてるから大丈夫だと思いますけど」

 本人もあまり自分の動作環境は理解していないようだ。もしもの時は、そのあたりで売っている氷を集めて冷却する必要がありそうだが……。言わば、人間で言う熱中症に近しいだろうか。

「さて、動くか」

 微動だにしない鯖瀬巡査に、坪尻鑑識は

「仕事しろ」

 と背中を叩く。

「仕事してますよ? ここからイベント会館を見ると、例の少女が現れるそうです。なので、張り込みですよ」

 鯖瀬巡査は正当化しつつも、言い訳にしか聞こえない。

「鑑識作業は一通り終わったから、鑑識課は一旦引き上げる。戻ってから、採取した物証のあれこれと作業が残っているからな。一足先に冷房の効いた部屋で作業させてもらう」

「前半は分かりました。後半は一言多いです」

 坪尻鑑識は荷物を取りに一度イベント会館の近くへ戻り、鑑識課のメンバーとともに引き上げる。

 イベント企画課の板東(ばんどう)は鑑識課のメンバーを見送り、こちらに気付いて首を傾げながらやってきた。

「刑事さん。どうですか?」

「鏡に細工をした犯行方法について、いくつか考えられますが、まだお教えすることができず、申し訳ありません」

 鯖瀬巡査は椅子から立ち上がり、ウォータージェット加工の方法については捜査上の守秘として、話さなかった。犯人が分からない以上、容易く捜査情報を話すことは出来ない。

「ここからイベント会館を見ていますが、目撃者の証言にあったような少女の姿はまだ確認できません。定点カメラの設置について、許可はいかがですか?」

「はい。それは問題ないですが、設置場所については立ち会うようにと指示を受けました」

「では、開園までにカメラを8台ほど設置いたします」

 イベント会館の周囲と会館内に設置し、映像は会館の隣に止めた車の中で見られるようセッティングする。ある程度は鑑識課がいる内に作業していたので、主にカメラの設置と映像が見えるかどうかの確認である。鯖瀬巡査と悠夏、鐃警が手分けして作業する。開園まであと1時間。


To be continued…


カラフルなパラソルな下でまるでカップルかのように、と鐃警が茶々を入れていましたが、2人は中学のクラスメイトです。不思議とこの作品、恋バナにならないですね。片想いとかもないです。

アブレシブ<Abrasive>は研磨剤や研削材って意味です。アブレシブ摩耗という専門用語もあったりしますが、それはまた違う話なので……。また、ガーネットは深い赤色をイメージするのですが、赤以外にもカラーバリエーションがあるそうです。知らなかった。漢字だと"拓榴石"と書くそうです。1月の誕生石ですが、主な用途として、作中にもあるとおりウォータージェット用やサンドブラスト用、運動施設の床材などに使用されるそうです。

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