第185話 捜査の一区切り
「痛ッ……」
白い服を纏った女性は頭を撲って、藻掻いている。廊下はコンクリートだ。事件を防ぐためとはいえ、機械の鐃警が体当たりして倒れたのだ。念のため、病院に連れて行こう。
しかし、幽霊が痛がるのか? いや、どうして鐃警が見えているのか。悠夏は疑問に思ったけれど口にはせず、倒れた女性に近づく。腕に手を伸ばすと、ちゃんと触れることが出来る。
凶器を押収した湯袋巡査は、腕時計で時間を確認し
「20時13分、殺人未遂で現行犯逮捕」
死亡したはずの松場 系を逮捕するという状況となった。松場を車まで連行し、尽大路 及には調書を取る。捜査一課の応援が駆け付けると、近所や通りかかった人たちが何事かと集まり始めていた。
捜査は管轄の常陸筑波警察署に任せ、特課の悠夏と鐃警は階段近くで状況を整理していた。まずは一番気になっていたことから
「警部。彼女が見えていたってことは、見えなかったというのは嘘ですか?」
鐃警は白装束の女性は見えないと言っていた。しかし、今夜は見えている。
「僕も分からないんですが、今夜は見えましたね。というよりも、そもそも幽霊じゃないですよ」
「松場さんが生き返ったってことですか……?」
「佐倉巡査、遺体は確認しましたよね? 遺体と今回の女性は別人と考えるのが普通かと」
「すみません、この事件の前提が崩壊して見失ってました……」
「被害者の松場さんと、今回の女性は別人。昨夜の白装束の女性と今晩の白装束の女性は別人。今晩の女性は、尽大路さんを狙った犯行を遂行しようとした」
「今晩の女性、松場さんに似てましたよね?」
「捜査資料では、松場さんの家族はすでに亡くなっていると書かれていました」
「松場さんの姉妹?」
悠夏は被害者の系に姉妹がおり、姉か妹が今夜の犯人ではないかと考えた。しかし
「佐倉巡査の推理は有力ですが、いないんですよ……姉妹」
「従姉妹や再従姉妹は?」
「一課に調べてもらわないと、そこの情報はないです」
「戸籍のない女性……」
ふと突拍子もない考えが浮かんだ悠夏は
「警部。ドラマや小説の見過ぎかもしれないんですが……、思いついたことがありまして」
「それはどのような?」
「どっちも松場 系さんで、2人は戸籍1つを共有していた。今回の犯行は、就職する上でもう一人の自分を殺害し、共犯である尽大路さんを口封じしようとした……とか」
「思いつきですか?」
「個人的には、理に適うかとは思いますが」
「その線で調べてみますか」
鐃警は否定も肯定もせず、悠夏の考えに乗った。松場 系にそっくりの女性が現れ、ここから停滞していた捜査が加速的に進み出す。
*
翌日の2019年7月31日18時、あの会議室で捜査会議が始まる。捜査一課の湯袋巡査が立ち上がり、捜査の報告を行う。
「昨夜、殺人未遂で逮捕した人物についてですが、身元が判明しました。松場 系、21歳。男性」
報告を聞いた交通課の人物達が騒めく。被害者と同じ名前であり、男性……?
「7月14日に死亡し、山中で発見された女性は当初、松場 系さんと思われていましたが、厳密には戸籍のない女性でした。松場さんの両親が第二子誕生時に届け出をしておらず、2人は1人の松場 系という人物を演じていたようです。小中高の同級生に確認したところ、日によって話が噛み合わないことがあったが、あまり違和感なく接していたとのことで、捜査資料記載の通り、入れ替わりの証言も得ています。入れ替わりの事実を知っていた人物は少なく、今回の共犯容疑がある3名、尽大路 及、尽大路 泰貴、国岡 環が事実を知っていたと考えられます。さらに、交通事故に遭った家崎 光磨は、偶然松場兄妹が2人で会っているところを目撃したようです。今回の単独事故のうち、2件は兄の松場 系による殺人未遂事件として切り替えます」
「3件目の、日浦さんの事故の取り扱いは?」
交通課の鹿南警部が確認を取ると
「兄の松場は3件目についての関与を否定しており、不慮の事故である可能性が高いです……」
「それって……やっぱり……」
交通課の磯崎巡査長は、3件目は亡くなった妹の松場が自分の居場所を知らせるために事故を起こし、自分達の目の間に現れたのではないだろうか。
「本件に関して、特課から報告があります」
悠夏が手を挙げ、立ち上がって報告する。
「特課では戸籍に関して捜査を行いました。先ほど、戸籍は無いと報告がありましたが、警視庁で独自の照合を行ったところ、松場 加乃という女性の戸籍が過去にあったことが分かりました。松場兄妹の父親、松場 弘策は生前役所に勤めており、加乃さんに関する出生届や戸籍を抹消した可能性があります。電子データや紙媒体では、完全にまで消せなかったようで、一部不自然に残っていました」
昨晩、女性の証言で戸籍がないことが発覚し、悠夏と鐃警はある可能性を考えた。それは、”廃忘薬”である。服用することで自分以外の人物から自分に関する記憶を抹消するという摩訶不思議な薬品である。しかし、捜査を進めるにあたり、尽大路 及が兄妹の入れ替わりについて知っていたと証言した。ただし、妹の松場殺害には関与していないと否認していた。国岡も沈黙を続けていたが、兄妹の存在が発覚したことを聞いて、ついに証言して運搬したことを認めた。しかし、こちらも殺害については否認した。
妹に関する記憶は2人とも存在することから、廃忘薬の可能性は薄れた。そうなると、人力で戸籍を抹消したとしか考えられない。しかし、なぜそんなことをしたのだろうか。
「父親の弘策が何故戸籍を抹消するようなことをしたのか、こちらでの捜査では分かりかねます。おそらく、系さんに聞くことで紐解けるかと」
どんな理由かは分からないが、妹の存在を隠さないといけない事情があったのだろう。理由は、捜査会議の後、聴取の際に系が語った。自分は母親から生まれたが、妹は母親の姉と父親が不倫して出産したそうだ。妹の存在を隠すために、戸籍を消したのだろう。父親が死亡しているため、それ以上のことは分からなかった。
死亡したのは、松場 加乃、20歳女性。事故か自殺か他殺かは捜査中。山中まで車で運んで死体遺棄を行ったのは国岡被疑者。松場 系は、国岡と家崎の車を進路妨害して、殺害しようとした。
日浦 マサの交通事故はやはり加乃が霊となって自分自身を発見してもらうために妨害し、ドライブレコーダーに憑依して警察を誘導した。それにより、山中で自分の遺体発見に繋がった。ならば、何故彼女は弟の存在をそこで明かさずに、国岡と及に殺人容疑をかけるような証言をしたのだろうか。それは、弟が国岡や及を殺害しようとしており、先回りして防ぐためだったのかもしれない。本人がもう幽霊として現れることはなく、真相は分からない。
事件は幽霊の仕業ではなく、幽霊が防ぐためとはいえ、他人を巻き込んだ事件だった。
特課の協力はここまでとなり、その後の捜査は常陸筑波警察署が引き続き行う。帰り道で、悠夏は鐃警に事件の振り返りをして
「結局、日浦さんは偶然巻き込まれて、被害に遭ったってことですか?」
「そうなりますね。あれは本当に事故ですね……。交通課の処理次第で、今夜中にはニュースになるんじゃないですかね」
「幽霊を殺害しようとした件は、事件として取り扱えないので、見逃すことになりましたけど……、そういうのって何年か後に週刊誌とかでネタになって問題になりそうですが」
「何て書くんですか? 日浦 マサはかつて幽霊に刃物を向けたとでも? 載るならオカルト雑誌ですか?」
事件の結末は、しばらくしてから知らされることとなる。
To be continued…
10話かかった話の解決編が1話で終わってしまった……。2話に分けるには区切りが悪そうだなと書いた結果、一気におおよそ事件は解明されました。証言が出たことで、真相に一気に近づきました。
そもそも、特課の協力は交通課からの依頼でした。以降は管轄の捜査一課と交通課で解決できると判断し、特課は引き上げです。真相は後日知らされるでしょう。その際は、アフターストーリーにて。
次回は、別の事件をするまえにあの人の過去について。




