第184話 偽証罪と沈黙
尽大路 泰貴に対しては、虚偽の証言をしたとして偽証罪が成立する。捜査一課は、兄の及に弟が自首した旨を伝えた。及の出方を窺ったところ、しばらく黙っていた。その場で立ち会った捜査員からの話によると、警察に言う言葉を考え込んだのではないかと。そう感じるような印象だった。表情は、及が視線を外したため見えなかったそうだ。
複雑そうに見えるこの事件だが、国岡 環に死体遺棄の容疑がかかっているだけ。及が被害者を殺害した証拠は何も無い。被害者は、他殺か自殺、事故のどれかも分からない。被害者と思われる白装束の女性、彼女証言は本当かどうか分からない。泰貴は、及を庇っているのか分からない。
分からないことだらけだ。遺体発見から約19時間が経過。半月が経過した事件のため、初動捜査によって得られた情報はあまりにも少ない。むしろ、余計な情報が捜査を攪乱した。
特課は、捜査一課の加生野巡査部長から捜査状況について聞いていた。
「事件が発生したと思われるホテルの特定を行っているが、尽大路や国岡、松場の名前で宿泊したホテルは見つかっていない。個人情報は教えられないと断られたホテルもあれば、偽名で宿泊していれば特定は困難だろう」
「半月前に、客室で血や争った痕跡などは?」
「それも聞いたが、委託している清掃会社が担当しており、回答には至らなかった。ホテルで事件が起きたという証言は、あの幽霊が言ったことだ。そもそも事件現場がホテルではないとなれば、捜査は振り出しだ。この前の事件捜査が終わったと思ったら、また面倒な事件だ……。これじゃあ、休めもしない……」
加生野巡査部長は一睡もしていないようで、目の下に隈ができつつある。数日間、働きっぱなしだろうか。
加生野巡査部長にはゆっくりしてほしいが、その前に聞きたいことを聞いておく。
「国岡さんの容体はどうですか?」
「体調に問題は無い。事件や事故に関しては沈黙を通している。担当から聞いたところ、喋ろうとしても声が出ないのか、精神的に苦しんでいるように感じたそうだ」
「喋りたいけど喋れない?」
鐃警が念押しで確認すると、
「報告によるとそうらしい。演技には思えないとも。国岡の証言だが、しばらく時間はかかるだろうが、捜査に非協力的なわけではないということが分かっただけでも、まだマシな方だ」
国岡が証言するのは時間の問題だろうか。その後も、捜査状況を確認したが、いずれもやや前進したかどうかのレベルだった。
「それで、今夜の張り込みはどうする?」
加生野巡査部長に問われて、悠夏が答える。
「特課は尽大路 及の自宅周辺を張り込むことにしました」
「事故現場ではなく?」
特課として判断した考えについては、鐃警が
「事故現場は、すでに被害者の遺体が発見されており、自分の遺体を発見してほしいからという理由は成立しません。ならば、どこに現れるか。国岡さんは入院中で、立ち会いは難しいでしょうね。尽大路さんの弟は、今晩、警察宿舎に宿泊。警察官の監視下に置かれる。兄は、寮に戻っており、狙われるなら兄かと」
「狙われる……?」
「白装束の女性は一度、尽大路さんの寮に姿を見せています。あり得ないとは思いますが……、もはや私達の前提といいますか、常識が崩落しており、事が起きてからでは遅いので」
悠夏は言葉を選びながら説明したが、詰まるところ
「白装束の女性が、尽大路の兄を殺害するとでも?」
「可能性として考えられる以上、僕らは張り込みますが、こんなファンタジーな話で捜査一課に協力要請できるほど……」
鐃警は、特課から協力要請を行わない旨を伝えたが、そんな話を聞いた加生野巡査部長が「分かった」となど言えるはずもなく、「ちょっと待て……」と、頭を抱える。独り言のように
「事故現場は……交通課に張り込みを協力要請すれば……なんとか……。尽大路の張り込みは……証拠隠滅? いや、確証がないため、理由にならない……。尽大路の安全を確保? 誰から守ると説明すれば良い……?」
「重要参考人として、張り込むのではダメですか?」
鐃警が助け船を出すと、
「重要参考人か……。あとは、捜査員が独断で張り込んだことにするか……。いや……」
連日の過労で、頭が回らない。鈍くなっているのは感じている。
「刑事の勘では?」
悠夏が半分冗談で言うと、
「……そうするか」
「え?」
まさかの採用に、提案した悠夏が驚いた。
「よし。刑事の勘で、張り込む指示を出す」
「大丈夫なんですか……? 一番捜査員が混乱しそうな指示ですけど……」
「たまには昭和っぽい捜査指示でもなんとかなる」
ダメだ。誰か、この巡査部長を寝かせてあげてください。
「今は平成ですけどね」
「警部、令和ですよ」
悠夏が警部のツッコミを即座に訂正する。2019年4月30日までは平成31年で、5月1日からは令和元年。
*
2019年7月30日20時過ぎ。尽大路 及の住む寮付近を警視庁特課の悠夏と鐃警、常陸筑波警察署の捜査一課メンバーとして湯袋巡査をはじめとする5名が周辺で待機している。インカムの無線で、状況の報告が入る。
「南方、異常ありません」
「西方、大通りから通り抜けで車が数台通過していますが、特に異常はありません」
「東方も異常ありません」
「北方、問題ありません」
特課は北方を担当し、寮の入口、正面が見える場所に陣取る。路肩に停車させた車の中から張り込みを行っている。
「いつ現れてもいい時間ですが……」
と、言ったそばから無線で情報が入る。
「西方、タクシーが1台。後方に女性が乗っていました。服装までは確認できず……」
タクシーは寮の玄関手前で停車した。悠夏と鐃警がタクシーの様子を確認するが、下りたのはタクシーの奥だ。こちらからはタクシーで見えない。
「タクシーの乗客が、寮の前で下車」
鐃警がすぐにインカムで報告した。タクシーが移動すると、白装束の女性の姿が見えた。悠夏は
「白装束の女性を確認。気付かれないように寮の近くまで移動します」
鐃警が車の助手席からドアをゆっくり開けて降りると、悠夏は運転席側のドアを開けずに、助手席へ移動して助手席の扉から降りる。運転席側から降りなかったのは、なるべく音を出さないようにするためだ。助手席の扉を静かに閉める。同じく音を出さないようにするため、車の鍵はかけずに静かに移動する。白装束の女性は、寮の敷地内に入っており、外壁で見えないはずだ。寮の門まで近づくと、湯袋巡査たちも合流した。
逃亡を考えて、門前で待機する捜査員を残して、特課と湯袋巡査たちは敷地内へ。寮は外階段かつ廊下も外。尽大路の住む部屋、2階の扉の前に白装束の女性がいる。インターホンに手を伸ばして鳴らす。悠夏たちは、姿勢を低くして音を立てず、階段を上る。コンクリートのため、気をつければ音は出ない。
ガチャ、と尽大路の部屋の扉が開く。
「こんな時間に誰だ?」
確認せずに扉を開けたようだ。すると、目の前に白い服を纏った女性がおり
「あぁ? 松場?!」
尽大路は驚き、女性は躊躇することなく小さなポーチからナイフを取り出す。尽大路はそれを見て尻餅をつく。女性は扉が閉まらないように足で止め、ナイフを大きく掲げる!
勢いよく振り下ろすつもりだ。廊下の先で、事態に気付いた鐃警が走り出して
「警察だ!!」
悠夏と湯袋巡査たちも駆け出す。門で待機していた捜査一課のメンバーは、すぐに応援を要請する。
鐃警が勢いよく白装束の女性に体当たりをすると、鈍い音とともに女性が倒れ、ナイフが転げる落ちる。尽大路がすぐにそのナイフを拾おうしたため、湯袋巡査が先に奪って、悠夏は尽大路の前を塞ぐ。
事件は防げたが、なぜ鐃警の体当たりが当たったのだろうか……
To be continued…
鐃警は白装束の女性を目視できなかった。しかし、なぜか今夜の女性は見えたようです。
次回、事件の真相へと大きく動きそうです。




