第182話 事件概要を改めて
鐃警は一度も白装束の女性の姿を見ていないし、一度も言葉を聞いていないという事実を、悠夏が受け止めるまで時間がかかった。静かな会議室。鐃警は黙って、捜査資料を見ている。
やっと、心の整理が出来た悠夏は
「……最初からですか?」
「全く見てないですよ」
「でも、ここでドライブレコーダーを見たとき……」
悠夏は当時の状況を思い出す。
この会議室で、ドライブレコーダーの映像を確認していたときのこと。
「あれ?」
声を出したのは日浦だ。さらに、磯崎巡査長は、右手で口元をおさえている。まるで怖いものを見たかのように、少し震えている。
「警部、もしかして」
悠夏が小声で鐃警に声をかけると
「”もしかして”が起きているのかもしれないですね……」
何かあったときのために、すぐに立ち上がれるように心構えをする。
確かに、鐃警は言い切っていない。推測で話していた。さらにその後は、
「おい! なんか映ってるぞ」
家崎がモニタを指差すと、それに気付いた村西が悲鳴を上げて、顔を伏せる。
先ほど確認したはずの映像に、白装束の女性が映ってこちらを見ているのだ。
身の毛が弥立つ状況に、村西以外がモニタに注目する。映像を停止しているはずなのに、女性が少しずつこちらに近づいているように感じられる。
「嫌な予感が……」
悠夏がそう呟くと、鐃警がすぐに
「磯崎巡査長、動画を閉じて!」
このときも映像を見て判断したのではなく、周りの反応を見て、唯一冷静だったからこそ言えたのだ。
鐃警もそのときのことを振り返って
「あのときから見えてないですし、日浦さんの声が奪われたのも、みんなの発言で知ったんですよ。何かがモニタに映っているように見えていて、僕が想像できないような異変が起きていると思いました」
「本当に、最初から認識できなかったんですね……」
悠夏は正面に置いてあるモニタが視界に入ると、あまりモニタ自体を見たくないと恐怖心を感じて、そちらの方を見ないようにするため、座る向きを変える。
「そうなると……私達が聞いていたのは……幻聴?」
「おそらく、永遠の謎になると思いますよ。そう易々と解明できない謎かと」
「……ヤダな。夜、寝られなくなりそうです……」
「幽霊が出るかもしれないと気付いたところで、その晩から急に幽霊が出るとは限らないですよ。その気付きで何か変わることは無いと思いますし、心の持ちようかと」
「……そうなんでしょうけども」
分かっていても、意識をするとできなくなることや、不安になることがある。いつもどうやっていたかを改めて考えると、不思議と分からなくなることがある。つまり、無意識を意識するということか。なんだか、余計に分からなくなる。
「改めて……整理すると……」
混乱する悠夏。見かねた鐃警は事件関係者の相関図が書かれたホワイトボードを裏返して、真っ白なところに事件概要を書き始める。
「発端は、3件の交通事故ですよ。最初は国岡 環さん。事故で鞭打ちになり入院しています。次に家崎 光磨さんと村西 水無子さんが巻き込まれ、3件目は日浦 マサさん。いずれも単独事故扱いです。3件中、2件に関しては事故発生時の証言として、白装束の女性を見たと。国岡さんは、あまり証言していないようですよ」
「それは国岡さんが」
「待ってください、佐倉巡査。その証言は信憑性に欠けますので、ここでは取り扱いません」
鐃警がきっぱりと言い切った。つまり、白装束の女性が喋った内容はここでは証言として取り扱わない。
「日浦さんのドライブレコーダーには、カーブの途中で右に大きくハンドルを切って、直後に左にハンドルを切り、ブレーキを踏みましたが間に合わず、ガードレールに衝突する映像が記録されていました。その後、車に搭載されていた事故自動緊急通報装置により自動通報」
「その後、映像で……」
「佐倉巡査。それは今は証拠になりませんよ」
日浦の声を奪う事や見る度に変わった白装束の女性については、今は考えないことにする。
「事故発生当時の映像を憶えてますか?」
「正直、事故よりももっとインパクトのあったことの方で頭がいっぱいでした……」
白装束の女性、幽霊の出現にドライブレコーダーの映像について、ほぼ忘れている。
「事故発生箇所は、進行方向左にカーブと上りが続く道です。その先にトンネルがあり、街灯はほとんどありません。ドライブレコーダーの設置位置は、バックミラーの裏側でした。実際に運転手が見ている位置とは異なります。事故当時、何に驚いてハンドルを切ったのかが大事です」
「でも、それは白装束の……」
「ひとつ、誰も気付かなかったことがあります」
鐃警は幽霊など完全に無視だ。本来あるべきと言って良いのか分からないが、現実的な話をする。
「夜、現場に行ったときと、もう一度ドライブレコーダーの映像を見たときに、ある違和感が」
「警部、あのあとからもう一度ドライブレコーダーの映像を確認されたんですか?」
「もちろんですよ。大事な証拠ですし。捜査員の誰もが避けていたので、僕だけ見直しましたよ。そしたら、1つ明らかにおかしなところを発見しました」
「おかしなところ?」
「トンネルの入り口、一番手前の照明です」
鐃警に言われて、映像と昨夜のトンネルの状況を思い出す。でも思い出せない。幽霊のことがチラつき、本当にどうだったか憶えていない。
「もし、事故発生時に、トンネルの照明が運転席を直接照らすような……シャッターのフラッシュみたいな状況があったとしたら?」
「つまり、トンネルの照明がカーブと坂道によって、運転手の目に直接当たるように仕掛けられていた……と?」
「トンネルの場合、白いLED照明だったので、その白い光を受けて、白装束の女性と勘違いした、と」
「……それは、公表用の事件のあらましですか?」
トンネルに取り付けられた照明の角度を変えるなんてできるのだろうか。それに、なぜそんなことをする必要があるのだろうか。
「他にもありますよ。カーブの山岸から、白い布を車のフロントガラスに向けて落とした。運転手は、それを白装束の女性と見間違え、視界を遮られたことでハンドルを切り、事故になった。そんなもしかしたらという可能性が、幽霊の証言を優先した結果、誰も考えていないんですよ」
幽霊の証言に捜査が混乱している。
廊下をバタバタと走る音が聞こえてくると、扉が勢いよく開いた。
突然のことに、悠夏と鐃警は吃驚したが、湯袋巡査が息を切らして
「まだここにいらっしゃったんですね……。先ほど、尽大路の弟が自首しに来まして」
「弟……?」
どうやら事件を整理する前に、さらなる混乱を招きそうだ……
To be continued…
事件概要をまとめきる前に、別の情報によって捜査が攪乱されそうです。
証言がバラバラなこの事件。確定しているのは国岡の死体遺棄容疑ですが、なぜ被害者が犯人を名指しているのにこんなことに……
次回は自首してきた弟に対する取調からの予定です。




