第180話 霊魂の証言
2019年7月30日0時前後。悠夏からの報告により、被疑者1名の名前が挙がった。
「国岡さんが被疑者?」
加生野巡査部長は交通課が用意した捜査資料を確認する。悠夏は報告を続け
「被害者の松場 系さんは、高校時代から尽大路 及とお付き合いをしていたそうです。学科は違えど、同じ大学に進み結婚も考えていたそうです。しかし、6月頃から尽大路さんの様子に気になる点が見受けられ、彼が入浴中にスマホを覗き見たところ、別の女性と頻繁に会っていることを知ったそうです。松場さんは、尽大路さんにこのことを問い詰めずに、現場に乗り込もうと計画を立てました。そして、それが半月前のこと。国岡さんと尽大路さんが食事をして、その後ホテルに宿泊したため、部屋に乗り込みました。結果は、尽大路さんに首を絞められて殺害され、山中に埋められたと。そういう……ダイイングメッセージがあった、とのことです。ですが、そのダイイングメッセージは残っておらず、証拠としては難しいかと」
「ダイイングメッセージか……」
加生野巡査部長は、死者の証言をダイイングメッセージとした特課の判断に関心を抱いたようだった。そのまま、死者が化けて出て日浦の声で証言した、と言うよりもこっちの方が説明しやすい。遺言や遺書、関係者からの噂話という選択肢もあったが、その場合証拠や証言者が存在する。消滅するなら、ドラマなどでよく聞くが現場では然う然う聞かない、ダイイングメッセージとしたのか。
「ですが」
と、前置きをしつつ、悠夏は車の方に聞こえない程度に声のボリュームを下げて
「このダイイングメッセージは、虚事の可能性もありますので、鵜呑みにはしないでください」
「もとからそのつもりだ。証言が正しいかどうかは裏付けがあってからこそ。しかし、折角の情報だが、なぜ信用に値しないと?」
「男女関係の縺れは、どっちが正しいか決めつけるとマズいと思っただけです」
明け方に近づくと、被害者女性の松場は姿を消した。成仏した訳ではなさそうだが、日浦に声が戻った。マネージャーの鎚田と喜んでいたが、自分達がナイフを向けて暴行を働いた事実を後悔しているようだった。そちらの処分については、別途並行して進めるが不起訴になる可能性が高いだろう。そもそも立件できるのかも怪しい。争点は”誰に向かって”という部分だろうが、死んだ人間が化けて出て、日浦の声を奪われたから……という理由は、どちらかというと立件する警察側に精神鑑定が必要だ、と言われるのがオチではないか。
午前9時。尽大路の自宅へ加生野巡査部長と湯袋巡査が向かった。玄関先で
「山中であなたの恋人、松場 系さんが遺体で発見されました」
と告げると、被疑者の尽大路は「そうですか」と驚かなかった。
「驚かないんですね」
「言っちゃ悪いが……、いや悪くねぇや。あんなやつ、いないほうが幸せだ」
「それはなぜ?」
「ストーカーだぞ。他の奴にも聞いてみろ。うちの大学や高校で被害に遭ってるやつは多い」
「松場さんと最後に会ったのはいつごろですか?」
「4日前ぐらいに、部屋に上がり込んで来やがった。丁度、コンビニまで買い物に出てたから遠目に見えただけでよかったけどな。会話はしてねーよ」
「4日前!?」
加生野巡査部長と湯袋巡査は驚いた。尽大路は右手で頭を掻きながら
「あいつ、合鍵なんか作りやがって……」
*
午後2時。あの心霊現象が起こった会議室で、再び会議が始まった。今回の指揮は交通課ではなく、捜査一課がメインだ。
なぜかここでも最前列となる特課。後方でいいのにと思いつつ、捜査資料に目を通す。
ホワイトボードには関係者の写真が貼られている。湯袋巡査から捜査状況について報告する。
「尽大路さんは、被害者のことについて恋人ではなく、ストーカーだと証言していました。大学や高校の同級生に確認したところ、ストーカー被害の話を聞いています。詳細は捜査資料に記載しています」
「ポイントとなるのは、被害者を最後に見たのが、コンビニから寮に戻るときで、4日前という証言だ。死亡推定は半月前。幻を見たとしか説明が出来ない。もしくは見間違えだが……」
幽霊ならば、透けることで合鍵など必要なく部屋に侵入できる。幽霊という前提が通常の捜査を邪魔する。
「そのとき、松場さんと思われる人物の服装は?」
悠夏が質問すると
「ハッキリとは分からなかったそうだ。本当は見えていたかもしれないが、そう証言している」
「次に、国岡さんについてですが、同じように問いかけると、見るからに体調が悪くなり、何も喋ることなく寝込んでしまいました」
国岡からの証言は難しそうだ。しかし、反応から察するに何か知っているのだろう。
風返巡査部長が手を挙げて
「鑑識課から報告する。結論から、現場付近のゲソコンは、工事関係者のものが混じっていることで、滅茶苦茶だ。あの辺りは、工事期間中に喫煙所になっていたそうだ。土から吸い殻は見つからないから、きちんとしてる工事業者だな。髪の毛やら皮膚片などの身体情報を得られそうなものを調べるには、探す苦労と結果を出すまでの苦労で、とんでもない時間がかかる。別のアプローチにしてほしい限りだ。被疑者の家宅捜索はいつになりそうだ?」
「証拠がないからには、まだ難しい。決定的なものがあれば話は別だが……」
加生野巡査部長は、証拠不十分の状態でまだ絞り切れていない状況だが、被害者からの証言でやはり2人が気になる。通常の捜査ならば、他に接点がある人物も積極的に調べるべきだが……。どうしたものかと考え倦ねていると、最前列に座る悠夏が手を挙げて
「国岡さんが事故に遭う前、尽大路さんが会っているかどうかって分かりますか?」
「なるほど。国岡と尽大路が仮に共犯ならば、4日前に尽大路が、殺害したはずの松場が自宅前に現れたため、生存確認をしたのではないか。そういう話か?」
「はい。まさしくその通りです。仮説ですけど……。尽大路さんが、4日前は松場さんが生きていると思い込んでいるとしたら、確認に行った国岡さんが松場さんを殺害し、自分は無関係になったと勘違いしているのではないかと思いまして……、どれも仮定した上で考えられることですが……」
特課の考え方としては、あくまでも幽霊の前提を疑うことなく信じた場合の結果だろう。松場が4日前に尽大路の家に行ったことは話していなかったが。そもそも聞いていないから、話すこともなかったか。
一応、話の辻褄は合う。全て鵜呑みにはできないが……。その2人に関する捜査にリソースを割いていいものか。まだ早い気がする。積極的に発言する悠夏とは対照的に、黙っている時間が多い鐃警。加生野巡査部長は鐃警に考えを求めるため
「特課の警部さんはどうですか?」
「そうですね……。尽大路さんは車を持ってますか?」
車の所有について聞かれたため、湯袋巡査が回答する。
「寮に住んでおり、車は所有していないそうです」
「そうなると、国岡さんの車の中を調べますか? 事故処理中でまだありますよね?」
今度は交通課の鹿南警部が答える。
「署の駐車場に止めてあるから、調べることはできるが、何を?」
「山の中まで運ぶとすれば、車ですよね。大学生なら、易々と車を変えることは難しいと思いますし、遺体を運んだ車を日常生活で使わざるを得ないかと」
もし、車で遺体を運搬した証拠が出てくれば、一番有力になりそうな証拠だ。少なくとも、国岡には遺体遺棄の容疑がかかる。捜査の舵切りに困っていた加生野巡査部長は、早速風返巡査部長に鑑識作業をお願いする。
本来ならばどうやって運んだかという手段をもっと早い段階で考えるべきだった。それもこれも、幽霊の証言に惑わされたが故のことだろうか。
To be continued…
ダイイングメッセージにしても無理はあるけれど、証拠なき遺言でしょうか。
被害者が犯人を証言することによって、事件はすぐに解決するかと思われつつも……
次回、鐃警が悠夏に告げた言葉は……




