第178話 咄嗟の出来事
続けて、後部座席から
「とりあえず、この道をまっすぐ進んでもらっていいですか?」
悠夏はサイドブレーキをかけて
「タクシーではないんですが」
「あの……私を埋めた犯人を捕まえてください」
「埋めた……?」
会話の一方通行。そもそも、ナチュラルに幽霊と会話をしている光景が異様だが……
*
事故現場に悠夏が運転する車が近づいてくる。トンネル付近で待機していた当事者たちや常陸筑波警察署のメンバーが、そのときを待つ。いつ白装束の女性が現れるのだろうか。車はカーブに差し掛かり、ゆっくりと減速する。そして、ブレーキ痕の残ったところで停車した。丁度、ドライブレコーダーで映っていた、ハンドルを切る場所だ。しかし、幽霊は出てこない。
磯崎巡査長は、複雑な心境だ。出て欲しいけれど欲しくない。どちらの気持ちもある。鹿南警部は捜査一課と鑑識課を連れてきているため、下手な発言はできず
「そうか……」
と、自分の反応を暈かす。当然ながら、何に対してか知らない捜査一課のメンバーと鑑識は不思議に思って、加生野巡査部長が代表し
「鹿南警部。現場検証は終わりましたが、これは?」
聞かれたからには説明せねばならない。さて、何て説明しようか。幽霊に呼ばれて皆を集めたなど言えるはずが無い。捜査一課と鑑識課が帰ってしまう。
「……見ての通り、事故の検証を」
言葉は続かない。選べ言葉を。ここで、どう振る舞うのが良い? 刑事生活をして、今まで感じたことの無い状況。嘘では無いけれど、嘘をつくのか? いや……、警察が嘘をつくのは……
交通課の2人が説明を渋っていると、当事者の村西 水無子が見ていて我慢ならなかったのか
「あのとき現れた女性に呼ばれたんですよ!」
叫ぶように訴えた。鹿南警部と磯崎巡査長は、ハッキリと言われてしまい困惑した。村西は、モニタ越しに見たときを思い出して、涙が溢れてくる。家崎 光磨がそっとハンカチを渡すと、村西は家崎に抱きついて、ハンカチではなく家崎のシャツを涙で濡らす。
鑑識課の風返巡査部長は、鹿南警部に詰め寄り
「どういうことだ? 鹿南警部?」
鹿南警部は風返巡査部長と目を合わせない。風返巡査部長は、捜査一課の加生野巡査部長や湯袋巡査たちの方を見て、
「これだけ人が動いているんだぞ? ちゃんと説明しろ」
鹿南警部は、時間がかかったけれどようやく覚悟を決めて
「実は……」
説明を始めようとすると、鎚田 淳子が声を張り
「刑事さん。事故ではなく、当たり屋ですよ。そして、うちの事務所に所属する、今が大事なときの日浦 マサの声を奪った犯人を捕まえるべく、予告のあった今夜、ここに集まったんですよ」
「は……はぁ?」
風返巡査部長は、鎚田の説明が一部理解できなかった。声を奪った? よく分からないからこそ、鹿南警部に問う。
「精神的苦痛で……? 後遺障害?」
精神的苦痛により、声が出なくなった。もしくは、事故の後遺障害で声帯麻痺による著しいかすれ声になった。しかし、鹿南警部からの説明は、そのどちらでもなく
「盗難……ですかね」
「お前……巫山戯てるのか?」
風返巡査部長はさらに鹿南警部に詰め寄った。このままだと、手が出そうだ。磯崎巡査長は、振り上げるように見えた鹿南警部の右腕を掴み
「風返さん、落ち着いてください」
「落ち着くのは鹿南警部のほうだろ」
「だから、僕らも適切な言葉がないから説明できなくて、困ってるんですよ」
「あ? だから、どういうことだ……?」
風返巡査部長は、分からないから説明を求めている。けれども、交通課の2人はちゃんと説明しないし、訳の分からないことを言っている。だから怒っているのだ。
「風返さん、ここは交通課の2人からちゃんと話を聞きましょう」
加生野巡査部長が間に入って、その場を鎮める。
「それで、一通り説明していただけますか? 最後まで黙って聞きますので。それでいいですよね、風返さん?」
「そうだ、説明さえすれば」
黙って聞くから全てを話す。それならばと、鹿南警部は
「今回の事故に関して、前例のない事象が発生しています。交通課でもまだ受け入れることができておらず……」
「前置きはいい、さっさと説明を」
風返巡査部長は黙って聞いてくれないようだ。
「昼間、ドライブレコーダーの映像を確認していたところ、映像が当時とは異なる……再生するごとに。いえ、再生しなくても、事故現場で目撃された白装束の女性がモニタに映り、日浦さんの声で今夜ここに来るように言われ、映像を見た全員と、みなさんにも声をかけて集合しました」
説明を聞いた加生野巡査部長は興味深そうにしており、湯袋巡査たちはきょとんとしている。風返巡査部長の反応は、余命宣告された病人を見るような、悲しげな表情だった。ついに鹿南警部は、おかしくなってしまったのだと思ったのだろう。
「信じられないですが幽霊としか……」
「それでその女性が現れるのを待っていると?」
加生野巡査部長は、真面目に聞いているようだ。思わず「巡査部長?」と、湯袋巡査が確認する。
風返巡査部長はもはや言葉を発さずに、帰るつもりでその場を去ろうとする。
反応はそれぞれ。加生野巡査部長の反応は、当事者たちを前にしているからなのか、それとも信用してちゃんと聞いているのか。両方かもしれない。
停車していた車のドアが開き、悠夏が喋りながら外に出る。音がしたため、後ろを向いている風返巡査部長と、家崎にしがみついている村西の2人を除く、全員がそちらを見る。
「つまり、それを伝えるために? ですが、どうしますか警部?」
助手席の扉が開き、鐃警が降車し
「例えば事故検証中に偶然何かを見つけて……とか表に出す情報については、いつものごとく、あとからなんとかなりますよ」
会話中の2人。風返巡査部長が帰ってしまうと、鑑識課の人がいなくなってしまう。鹿南警部は特課からの説明もお願いするため
「佐倉さん、警部さん。すみません」
と、2人の方へ駆け寄る。悠夏はその声に気付いていないようで、後部座席のドアノブに手をかける。ドアを開けると、まるで誰かを下ろすかのように「足元、気をつけてください」と言ってドアを支えたまま待っている。その異様な光景に、鹿南警部は途中で立ち止まった。
「特課の他に誰か乗ってるのか?」
加生野巡査部長が磯崎巡査長に確認すると、磯崎巡査長は首を横に振る。それも、信じたくないのか、横に振り続ける。顔が段々と青ざめているように見える。家崎は村西を抱きしめていた腕の力が弱くなり、落ち着いてきた村西も何事かと車の方を見る。
後部座席から1人の女性が下りてくる。村西がその姿を見て悲鳴を上げ、日浦は同じくその姿を見るなり駆け出す。ワンテンポ遅れて、鎚田が日浦よりも先にとに追い抜くために駆け出す。
村西の悲鳴で気付いた鐃警がカーブの先を見ると、トンネルの前あたりで全員が立ち尽くしている。しかし、2人が走ってくる。走ってくるのが日浦だと分かると、急いで
「日浦さん、待って!」
と、車に近づく前に鐃警が捕まえて阻止する。悠夏も日浦のことに気付いたが、鐃警が捕まえて勢い余って2人は転倒する。
「日浦さん、警部!」
急いで女性を守るために盾になる。
「鹿南警部!」
鐃警が助けを呼ぶ。鎚田を止める者がいない。悠夏は鎚田が女性に近づかないように、壁になる。
鐃警の叫びで事態にようやく気付いた鹿南警部が
「特課が守っている女性を保護! 日浦さんと鎚田さんをとめないと!」
女性は白装束を身に纏っている。紛れもなく、あの映像に映っていた人物だ。そして、日浦の声を奪った人物でもある。自分の声を取り返すために、日浦が駆け出した。さらに、鎚田が日浦を犯罪者にしたくないと考えているならば、事態は深刻だ。代わりに鎚田が女性に暴行することも考えられる。今は白装束の女性に驚いている場合などでは無い。緊迫した状況に、帰るつもりだった風返巡査部長も何事かと、遅れながらも鹿南警部の指示に従って駆け出す。
To be continued…
声を奪われたなら取り返すしかない。そういった発想になるのは至極当然かと。そこに気づけなかったのは、幽霊が実在するという信じがたい前提が邪魔をしたからでしょうか。『エトワール・メディシン』は人ではない存在がちょこちょこ出ていたので、悠夏は否定せずにそれとなく受け入れているようです。ただ完全には受け入れられていないみたいです。
さて、ここまでの展開だと5話では終わりませんね、これ。




