第177話 出待ち
2019年7月29日22時過ぎ。事故現場の山道は、電灯がないため、明かりが無いと真っ暗だ。これだけ暗いと、星が見えれば綺麗なのだろうが、生憎曇っていて、見えない。スタンドライトを5台用意し、トンネルの出入り口付近で待機をしていた。
待機しているのは、当事者である家崎 光磨と村西 水無子、声が出せなくなった日浦 マサと、マネージャーの鎚田 淳子である。特課の悠夏と鐃警もトンネル付近で待機していた。
常陸筑波警察署のメンバーは交通課の鹿南警部と磯崎巡査長のほか巡査2名と、捜査一課の加生野巡査部長、湯袋巡査、鑑識課の風返巡査部長。すでに人数が多くなったが、さらに後から鑑識課のメンバーが応援に来る予定だ。
形式上は、事故現場で現場検証を行うことになっている。実態は、謎の白装束女性に呼び出されたためだ。待ち合わせ時間を告げていないため、21時頃から待機しており、待っている間に現場検証を行っていた。しかし、日浦は声が出ないため、家崎と村西の検証だけで1時間もかからなかった。
トンネル付近から事故現場の方を見ると、右にカーブしており変形したガードレールも見えない。
当事者達から少し離れ、悠夏はタブレットで捜査資料を確認する。
「日浦さんの事故発生は22時19分前後。国岡さんは21時22分前後。家崎さんは21時44分前後。特に、決まった時間ではないですが……、いつ現れるんでしょうか?」
「一番遅い日浦さんの事故発生が22時19分。時間の差が2、30分くらい……」
鐃警も考えるけれども、明確な時間は分からない。それと
「そもそも幽霊ってどう現れると思います?」
悠夏は自分で言っておきながら、なんていう質問をしているのだと感じた。だけど、そう言うしかない。
「有名どころだと、テレビやモニタから出てくるパターンですか? 王道ですけど」
「確かにドライブレコーダーの映像に出てましたね……」
会議室でドライブレコーダーの映像を確認していたところ、白装束の女性が現れて、日浦の声を盗んだ。
「あとは車を走行中、上から降ってくるとか?」
「よくトンネルとかでありますね」
悠夏はそんなシーンを思い浮かべると、すぐにトンネルの方を見た。鐃警も悠夏がトンネルを見たため、同じようにトンネルを見る。
「他のが出たりしないですよね……」
悠夏は不安そうに言うと
「少なくともここは真新しいトンネルなので、大丈夫かと……」
鐃警は自信なさげにそう答えた。幽霊が出そうなシチュエーションを考えると、自分達のいる場所が、まさに出そうなところである。いや、すでに映像で1人出て確認したけれども。けれども、だ。
白装束の女性は、話を訊く必要があるため、出てきて欲しいが、他の幽霊はお呼びではないので、出てきて欲しくない。ただ、周辺が暗くて静かな場所のため、他の幽霊が出てきてもおかしくはないだろう。
「お墓の近くとかも、出ますよね。あとは心霊スポット……」
さっきの話の続きだ。会話をしておかないと怖い気がする。夏なのに、トンネルの方から流れてきた風が、先ほどよりも冷たく感じた。鐃警も他のホラー映画やドラマなどを考えて
「再現すると、幽霊が現れるとかもありそうですが……」
「再現ですか」
「再現……してみますか」
「してみましょうか」
「そうしますか」
「そうしましょう」
もはや、内容の薄いとかいうレベルで無く、脳死会話になりかけている。鐃警は磯崎巡査長に声をかけ
「誰か事故発生時と同じように、向こうから車を走らせることってできますか?」
「できますが、どうして?」
「一向に現れないので、再現すれば出てくるかな、と」
理由を問われて、そう言うしかないだろう。鐃警の提案に「わかりました」と返事し、悠夏から追加のお願いとして
「それと、ドライブレコーダーの映像が入ったノートパソコンも準備できますか?」
「ありますけど、それは?」
なにかと理由を聞いてくる。悠夏はどう説明しようかと考えたが、思った言葉をそのまま言うことにして
「幽霊がノートパソコンに取り憑いているかもしれませんし」
「はぁ……、わかりました。わからないですけど……」
磯崎巡査長は困惑しているようだった。それはそうだろう。自分達も逆の立場だったら、何を言っているんだと思う。幽霊がいるという前提を疑っていないのだから。
「あのぉ……」
と、言いにくそうに磯崎巡査長は
「特課って、そんなことも担当するんですか?」
一瞬、何を言われたのか分からなかったが、なんとなく伝わった。すると、鐃警が格好付けるかのように
「被疑者や被害者が人間なのは、表向きですよ」
と、嘘では無いが意味深な言い方をわざとした。なんだか、怯えているように見える磯崎巡査長で遊んでいるような気がして、申し訳なくなり
「まぁ、幽霊はほぼ初めてですけど」
と、いらない補足をしてしまったが故に、
「……」
磯崎巡査長は完全に言葉を失っている。どうやら磯崎巡査長は、ドライブレコーダーの映像で、見るごとに変わる幽霊の姿を何度何度も見ていることもあり、怖いのだろう。現実で説明できない状況に陥り、慄いている。
「そういうの……駄目なんです……」
やっと言葉にして、吐露した。そんな情けない姿に、鐃警は肩をやさしく叩き
「怖いと思うものは、理解できないことや受け入れられないことから、怖いと思うもんです。よく知って、正しく恐れた方がいいですよ。それに、車の運転は何も知らない部下にさせればいいんですよ」
「いや、警部! それはダメでしょ!!」
思わず悠夏が止めた。良い雰囲気っぽかったのは気のせいだ。
「嘘です。嘘です」
弁明する鐃警に、悠夏は疑いの眼差しを向ける。
「場を和ませると言いますか、冗談も1つ2つ言わないと」
弁明はしばらく続いた。
「そうなると、佐倉巡査が運転しますか?」
鐃警の提案に、「あ」と声が出て、そうなるとは考えもしなかった。確かに、自分が運転するのは筋だが……。え? 本当に運転するの、私が?
気付けば、車の運転席に乗せられて、シートベルトを締める。助手席には鐃警が乗っている。後部座席には例のノートパソコンが。
「さて、佐倉巡査。よろしくお願いしますね」
「はい……よろしくお願いされました……」
事故現場の1キロ手前から、事故現場に向かって走ることになった。発生することが事前に分かった上で行うから、ほんの少しだけ気は楽かも知れないが、”あなたの目の前にこれから幽霊が現れます”と言われてのだ。状況は違うだろうが、ドッキリを仕掛けられる芸能人が、事前にネタを明かされて、予告ドッキリという撮影を行うとき、仕掛けられる芸能人はこんな感じなのだろうか……。たぶん、心境は違うけれど……。あれこれ考えても仕方ない。
「では、行きます」
1キロ手前から、ゆっくりとアクセルを踏み込む。車はゆっくりと上り坂を発進して、事故現場へ向かう。すると、
「1キロメートル先、右方向です」
まるでカーナビの案内のように、日浦の声が後部座席から聞こえてきた。ホラー映画などでは恐怖するシーンだが、複雑な心境だった悠夏はブレーキとともに
「いや、おるんかい!!」
車はブレーキランプが赤く光って停車し、車内は一瞬で沈黙が訪れたのは言わずもがなである。
To be continued…
いたね。
鐃警は悲鳴を上げる準備をしてたけど、悠夏による迫真のツッコミに驚いた感じですかね。複雑な心境下で、芸能人をイメージしていた結果、ツッコミになった模様。これから会おうとした人が後ろに乗ってたら、そりゃね……
さて、次回は幽霊に対して聴取を行うのかな。それと、何故カーナビの案内っぽくしたのかは、お茶目ってことですかね?




