第176話 その声、その歌声を、奪われ
常陸筑波警察署、第三会議室。国岡 環は現在も入院中のため、2件目と3件目の当事者立ち会いのもと、ドライブレコーダーの映像を確認することとなった。
会議室の窓は閉めており、ブラインドで外からの光を遮断している。家崎 光磨と村西 水無子は、日浦 マサが同席することに驚いたが、待ち時間にサインを貰って、喜んでいた。
日浦を担当する女性マネージャーの鎚田 淳子から、その対応に関して、おそらくサービスはほどほどにするようにと言われていたようだったが、当の本人はさほど気にしていないようだった。
特課の悠夏と鐃警も入室し、後方のパイプ椅子に座る。それに気付いた日浦は
「もしかして、佐倉さんと例のロボット刑事?」
まさか有名人に自分の名前を言われるとは思わず、一瞬驚いたが冷静に
「はい。警視庁特課の佐倉です」
「同じく、警部の鐃警です。あくまでもここは警察署ですので」
と、鐃警が釘を刺す前に、日浦は立ち上がって悠夏と鐃警に近づき
「ニュースなどで、おふたりのことは兼々。一度、お会いできればと思っていましたが」
「日浦さん、落ち着いて、席にお戻りください」
鐃警が戻るように言うが、日浦は
「今日は刺激的で、良いインスパイアになりそうだ」
と、自分の世界に入る。鎚田はわざと大きく咳払いをし
「日浦さん、今日は自由にしていい日ではありませんよ」
そう言われて、日浦はそれまでの笑顔がスッと消えて、両手を下ろして、一気に脱力感に襲われたのが目に見えて分かった。
黙って、ゆっくりと席に戻る。鐃警は悠夏にだけ聞こえるぐらいの小さな声で
「ミュージシャンってあんな感じなんですか?」
「うーん……そうですね。例外的な人ですかね……」
一応、悠夏なりに言葉を選んだつもりだが、
「変わった方ですね」
と、暈かした表現をそのまま鐃警に言われた。
特課は広報などにも載っており、警察の顔として認知されているとかなんとか。とはいえ、上の意向は分からないが、少なくともこの2人は自分達のことを、警察の顔だとは思っていないだろう。
磯崎巡査長がドライブレコーダーの映像が入ったノートパソコンを持って、会議室に入り
「もう少しお待ちください」
と、一言だけ告げて準備にかかる。準備の最中、鹿南警部が会議室に入り
「みなさん、お揃いですね。では、説明させていただきます。まず最初に、これだけはお伝えしておきます。今回の事故に関して、本来であれば単独事故で処理される案件ですが、現場に女性の姿があったとみなさんが証言しており、この女性に対して暴行罪の疑いで捜査を行っております。しかしながら、運転手であるみなさんには、運転する上で注意義務があります。安全運転義務違反の疑いでも捜査いたします」
「となると、やっぱり違反と罰金ですか?」
家崎は、困った表情をしている。
「そうです。減点対象となります」
「マジか……。そうだよなぁ……」
家崎は納得しつつも、避けられなかった自分の運転に対して、非常に後悔しているようだった。
「これから昨日の事故に関して、ドライブレコーダーの映像を確認いただきます。映像を確認後、当時の状況について、聴取を行います」
鹿南警部は淡々と説明をしたが、流石にドライブレコーダーの奇妙な光景については説明しなかった。
鎚田が小さく手を上げ、
「すみませんが、事故の公表については?」
「警察としては、現時点で未定です。申し訳ないですが、捜査にご協力をお願いいたします」
鹿南警部はそう答えた。つまり、事務所からも公表はまだ行わないでくれと言っているのだ。捜査でしか知り得ない情報が外部に漏れると、現在の捜査に支障を来すことが考えられる。
「鹿島警部、準備できました」
磯崎巡査長によって、モニタにドライブレコーダーの映像が静止画で表示されている。鹿島警部の説明を終えてから、再生が始まる。
「確認いただくのは、昨日の事故発生時の映像です。運転は日浦さんがされており、映像に出てくる女性について、同一人物かどうかと、状況が同じかどうかなど、確認してください。それでは」
鹿島警部が右手で合図して、磯崎巡査長がメディアプレーヤーの再生ボタンを押す。映像は暗い夜の山道を走行する。カーブが連続しており、速度を落として曲がる。対向車はいない。
右カーブが続いたあと、新しく舗装された道路へ。先月開通した部分だろう。狭かった道が、広くなって対向しやすい道幅だ。ガードレールもあり、かなり整備されている。
トンネル情報の案内板が見え、左カーブに差し掛かるすると……
「あれ?」
声を出したのは日浦だ。さらに、磯崎巡査長は、右手で口元をおさえている。まるで怖いものを見たかのように、少し震えている。
「警部、もしかして」
悠夏が小声で鐃警に声をかけると
「”もしかして”が起きているのかもしれないですね……」
何かあったときのために、すぐに立ち上がれるように心構えをする。
ドライブレコーダーの映像は、何も映っていない状態で、急ハンドルを切って右に曲がり、ぶつかった痕が真新しいガードレールが目の前に迫ってくる。すぐにハンドルを左に切って、ブレーキをかけるが、ガードレールに衝突した。
映像が止まると、
「何で映ってないんだ!?」
と、日浦がモニターを指して叫んだ。
「磯崎?」
鹿島警部が状況を磯崎巡査長に確認しようとするが、磯崎巡査長は放心状態なのか、気付いていない。
「鹿島警部、映像を巻き戻すことはできますか?」
悠夏は磯崎巡査長ではなく、鹿島警部に言った。鹿島警部は「あぁ」と返事して、磯崎巡査長に近づく。肩を叩いて、「磯崎」と呼ぶと、我に返ったようで「あ……すみません」と答えて、動画のシークバーを戻して、映像の時間を戻す。すると
「おい! なんか映ってるぞ」
家崎がモニタを指差すと、それに気付いた村西が悲鳴を上げて、顔を伏せる。
先ほど確認したはずの映像に、白装束の女性が映ってこちらを見ているのだ。
身の毛が弥立つ状況に、村西以外がモニタに注目する。映像を停止しているはずなのに、女性が少しずつこちらに近づいているように感じられる。
「嫌な予感が……」
悠夏がそう呟くと、鐃警がすぐに
「磯崎巡査長、動画を閉じて!」
しかし、磯崎巡査長がマウスカーソルを動かしても反応が無く
「ダメです。まるでフリーズしているようで」
冷房の設定は弱いはずだが、急に部屋が冷えてきた。
映像の中で女性が口をあけて、何かを伝えようとしているのだろうか。
次の瞬間、パイプ椅子が倒れる音が部屋に響く。日浦が尻餅をついている。そして、両手で喉を抑えている。自分の首を絞めているのでは無いかと直感し、いの一番に悠夏が駆け出し
「大丈夫ですか」
と声をかけると、日浦は声が出せない。
「えっ……?」
悠夏は、喋ろうとして喋れない日浦の様子に戸惑うと、モニタにから
「この声を、お借りします。助けて……。今夜、あの場所で……」
日浦の声が聞こえてきた。声の主は、モニタに映る白装束の女性だ。一体、何が起こっているのか……
To be continued…
なにやら恐ろしいことになってまいりました。声を奪われたとなると、盗難事件でしょうか?
声の窃盗罪で立件するのは難しいと思われるのですが……。しかも被疑者が奪った方法をどう証明すれば……
次回、事故現場へと赴きます。




