第175話 記録されたドライブレコーダー
2019年7月29日火曜日。茨城県常陸筑波市に位置する常陸筑波警察署。警視庁特課の佐倉 悠夏と鐃警は会議室で捜査資料を見ており、
「昨夜までの捜査資料を見る限り、交通事故としか思えないんですが……」
と、鐃警は交通課所属の磯崎巡査長に説明を求めていた。
「すれ違いの難しい狭い山道ですが、単独事故では無く、いずれも同じところでハンドルを切っており、運転手は全員が同じ証言をしています」
悠夏は捜査資料の証言を指さしながら
「”白い服を着た長髪の女性が突如として現れ、慌ててハンドルをきった”という証言ですか?」
「夜中に誰もいないと思われる山道に、白い服を着て、長髪の女性って……、まるでホラー映画の定番みたいですが」
鐃警の言うとおり、白装束を着た長髪の女性が現れるのは、ホラー映画や怖い話でありがちな人物像だ。
「現場か駆けつけたときには、そんな白装束と見間違うようなものや女性もおらず、謎なんですよね。霧が出ていたという記録もないので……。野生動物を何かしら見間違えたのではないかと考えていました」
磯崎巡査長は”考えていました”と過去形で説明している。昨日の事故で、考えが変わったのだが、その話は後ほど。悠夏は捜査資料で、交通事故現場の写真を指差し
「この現場で、過去に女性が関わるような死亡事故や事件はありましたか?」
「記録にはありません。もともと、今月開通したばかりの道ですので……」
「新しい道なんですね」
「はい。旧道は現場よりも手前で分岐し、この事故現場の先にトンネルが完成しています」
旧道で山道を大回りしていたが、新しくトンネルを建設して、ショートカットできるようになったということだ。
「新しいトンネルを建設した割には、そこに行くまでの道はかなり険しいみたいですけど……」
悠夏はタブレットで地図アプリの航空写真で確認していた。確かに、航空写真だと新しい道が完成する前だ。
「改めてですが、事故は3件。1件目は、免許を取り立ての19歳の女性、国岡 環さんがドライブがてらに軽自動車を運転していました。例の場所で、急ハンドルをきって、ガードレールに激突。鞭打ちで、市内の病院に入院中です。2件目は、22歳の男性、家崎 光磨さんが運転するハイブリッド車で、助手席には寝ていた22歳の女性、村西 水無子さん。2人は恋人で、レンタカーで家崎さんの自宅マンションに向かっていた道中とのことです。例の場所で、急ブレーキをかけつつ、ハンドルをきり、車の右側面がガードレールに接触。怪我はないですが、レンタカーの保険に入っておらず、かなりの金額を負担することになったそうです。そして、昨日の3件目。運転手は、日浦 マサさん。20代のシンガーソングライターとして有名な方ですね。新曲に悩み、気晴らしに外車でドライブをしていたところ、例の場所でガードレールに衝突。気を失ったが、車に搭載されていた事故自動緊急通報装置で、自動通報されました」
「まさか日浦 マサさんの名前をここで聞くとは……」
悠夏も最初に話を聞いたとき、とても驚いた。民放の人気ドラマの映画主題歌や昨年の朝ドラの主題歌を担当していた。さらに、現在放映中の朝ドラの作詞と作曲も担当している。所属事務所から、この事故に関する発表はまだしていない。
事故自動緊急通報装置とは、エアバッグが展開するような大きな事故が発生した際に、位置情報を自動的にコールセンターへ通報するシステムである。コールセンターから、事故発生場所や車両情報を消防本部や警察本部へ伝達する。2017年に国際基準が成立され、日本でも導入が検討されている。日浦は、自分の身を守るために車に搭載していた。事務所やマネージャーからの要請ではなかったそうだ。
「特課に協力要請を行ったのは、日浦 マサさんのこともありますが、どちらかといえば通常の事故ではなさそう……だからです」
「その辺りについて、詳しくお聞かせ願います」
概略は聞いているが、細かな話はこれから聞くことになる。磯崎巡査長は、3件の事故について
「先ほど説明しました通り、事故は3件。1件目とレンタカーの2件目は、証言のみでした。しかし、昨夜の3件目はドライブレコーダーが搭載されており、事故発生時の記録が残っていました」
2019年7月時点では、ドライブレコーダーの普及はそこそこである。数年前の死亡事故発生以降、あおり運転に備えてドライブレコーダーを求める人が増えつつある。一部メーカーでは売り切れになるほど。
「そのドライブレコーダーの映像に……」
磯崎巡査長が少し間を持ったため、悠夏は固唾を呑む。
「白装束を着た長髪の女性が映っていました」
「えぇっ……」
悠夏は思わず身震いした。まるでホラー映画のように感じる。
「それで、その女性の身元は?」
と、鐃警が現実的な質問をしたため、
「警部。ここは慄くところじゃないんですか?」
「ホラー映画じゃあるまいし。この事故は現実の話ですよ。もし、白装束を着た長髪の女性が故意で、車が通る道のど真ん中に突っ立っていたとしたら、当たり屋ってことですよ。典型的なパターンは、詐欺罪か恐喝罪で立件されているかと思いますが、接触事故として女性が話を持ちかけないとなると……」
鐃警は少し考えてから
「傷害罪ですかね……。運転手は負傷してますし、器物損壊罪で問うには、確実な証拠が無いと難しいですね……」
当たり前なのだが、捜査にホラー要素は皆無。まさか女性が幽霊だなんて可能性を考えるはずもなく。
「それが……」
磯崎巡査長は何か言いづらそうにしている。鐃警は
「どうしました? 女性の身元を調べるのと、今夜にも再犯が考えられるので、現場に張り込むのが一番だと考えてますが」
「実は、佐倉巡査の考えのとおり……」
「え?」
悠夏は、まさかそんなはずがと驚いた。幽霊の可能性など、早々に区切りを付けて、女性の身元調査と張り込み方法を頭で考えていたのだから。
「恐ろしいことにですね……」
磯崎巡査長があまりにも勿体ぶるので、
「磯崎巡査長。そんなに勿体ぶらずに、教えていただけますか?」
鐃警が”早く言って”と催促する。
「ドライブレコーダーの映像ですが、再生するごとに女性の動きや向きが変わるんです……」
それを聞いた鐃警と悠夏は、声が出なかった。2人とも、顔を見合わせて、首を傾げる。再び、磯崎巡査長の方を見て
「今、なんて言いました?」
「ですから。昨夜の事件当時、ドライブレコーダーの映像を確認すると、毎回女性の動きが変わるんです。映像を停止しても、動きが止まらず……」
「ご冗談を……」
「本当です!」
今回の事件、本当にホラーなのだろうか……。現場に張り込むのが段々と怖くなった。思えば、怪事件として人間ではない妖狐や邪神と呼ばれる怪物、市場の守り神と輩と呼ばれる守り神を狙う奴らにも会った。幽霊ぐらい、いてもなんら不思議ではないではないか。
「警部。どうしましょうか?」
悠夏は鐃警に方針を相談すると、
「映像……確認しますか?」
「……ですよね」
To be continued…
作中は真夏なので、こういった話も。まだ幽霊の仕業とは決まってないですが、少しホラーっぽい回です。
幽霊ぐらいいてもなんら不思議ではない世界観ってなんでしょうね。
レンタカーにはドライブレコーダーが付いているときと、付いていないときがあるので、今回は付いていない車のようですね。車種まで書かなくてもいいかなと思い、ざっくりとした車の説明となりました。
今回の話は、長くとも5話以内の予定です。あくまでも予定ですが。




