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第173話 東京の夜空を彩る花火が打ち上がるとき、終章

 2019年7月27日土曜、20時2分。

厩橋(うまやばし)を封鎖だ!」

 広珠蒲(こうたまがま)警察署の捜査一課、大乗(おおのり)警部が封鎖の認可を得て、指示を飛ばす。厩橋の東側で、警視庁の立入禁止が書かれたバリケードテープではなく、黄色と黒のロープが張られる。バリケードテープだと、事件だと思われ野次馬が押し寄せて、身動きが取れなくなるだろうと考えてのことらしいが、果たしてその効果はあるのだろうか。

 渡る人々が徐々に減っていき、西側も規制線を張る。こちらも黄色と黒のロープが張られた。橋には警察官と渦中の3人のみとなる。ロープの後ろで捜査員が立ち、壁をつくる。

「現在、厩橋は立ち入り禁止です。立ち止まらずに、そのままお進みください」

 厩橋の封鎖は、第二会場の打ち上げを見る人が立ち止まって危ないから、という理由で公表した。報道規制により、厩橋は中継不可となり、各メディアのカメラアングルが若干変わる。しかし、一般人のカメラは厩橋を撮影しようとしている。

 榊原(さかきばら)警部が、インカム越しに悠夏(ゆうか)に情報を伝える。

「厩橋の街灯を消灯させる。同時に、西側に待機している藍川(あいかわ)たちが走り込む。東へ走れ。これを聞いていれば、30秒以内に何か反応を示してくれ。決行に踏み切る」

 悠夏は立和名(たちわな)に覆い被さるようにして、被疑者に背を向けている。

(足を後ろに回して、被疑者の右脚を狙う。振り向く余裕はないと思う。凶器は左手)

 悠夏は立和名の背中で、グーとパーを交互にゆっくりと出しサインを送る。遠くから見るなら、このくらいだろうか。

「藍川、準備はいいか?」

 榊原警部の問いかけに返事は無かった。声が出せない位置まで進んでいるのだろう。橋の上に死角はほとんどない。被疑者は舌打ちして、

「これじゃ、助けはこねぇな……」

 と、年配のおばあさんとは思えない声が出た。声色から、30から40代ぐらいの女性と思われる。

「それ以上近づいてみろ。どうなっても知らないぞ」

 捜査官を威嚇する。インカムでは

「第二会場、花火打ち止め!」

 大乗警部の指示で、間近の第二会場のみ、先ほどまで連発していた打ち上げ花火が止まる。

「消灯まで、10秒」

 カウントダウンをするのは、厩橋の消灯操作を行う担当者に指示を出す、墨田(すみだ)警察署所属の向島(むかいしま)警部補。被疑者は

「随分とおとなしいけれど、その耳に付けた通信機器。外してもらえる?」

 そう言われて、悠夏はゆっくりを右耳に手を近づける。カウントダウンは続く。5秒前。インカムを外すと、

「あなたに用はない。用があるのは、その子」

 被疑者が悠夏のインカムを奪おうとした瞬間、厩橋の街灯が全て消灯する。

 被疑者が真っ暗になったことに戸惑う様子で、悠夏は足を伸ばして、被疑者の右脚を払う。体勢を崩しそうになった被疑者は、ポケットから別の凶器を取り出す。

「確保!」

 藍川巡査がわざと声を出して、被疑者の注意を悠夏たちから遠ざけようとする。それにより、被疑者はこちらを見る隙ができる。

「走れる?」

 悠夏が立和名に声をかけて、その場から急いで逃げ出す。だが、立和名の足がもつれる。悠夏は転けないように支えて、

「大丈夫」

 と、少しでも安心させつつ、橋の東側へ。

 被疑者が右手に持った刃物を悠夏の方へ振るうが、藍川巡査が体当たりして、被疑者は大きく体勢が崩れ、歩道と車道を遮る柵に体をぶつける。

 その弾みで、左手に持っていた凶器が道路に転がる。捜査員が急いで蹴って、凶器を遠くへ転がす。蹴られた凶器は東側から来た榊原警部が拾い、悠夏と立和名を橋の袂まで誘導する。

 藍川巡査は時間を確認し、

「20時4分。傷害罪の容疑で現行犯逮捕」

 手錠をかけようとすると、右手に持った刃物をいい加減に振って、遠ざけようとする。

「こんなところで終わってたまるか」

 柵を乗り越えて、歩道側へ。捜査員たちが慌てて柵を跨ぎ、歩道へ。被疑者は隅田川に逃げるつもりだ。藍川巡査は、自分のショルダーバッグを外して、被疑者の右手に向かって振り回す。

 焦っている被疑者は、

「自分は捕まるはずがないんだ。こんなところで捕まるはずが」

 どうやら、自分は捕まらないと思っていたようだ。その根拠なき自信が崩れていく。藍川巡査のバッグが被疑者の右手に当たり、刃物が歩道に音を立てて落ちた。かなり頑丈な刃物のようだ。あれで攻撃されたら、一溜まりもなかっただろう。

 被疑者が急いで、厩橋の欄干に手を置く。体を乗り出そうとし、捜査員たちが服を掴む。藍川巡査は被疑者の上着を掴んで、川に乗り出した体を引き戻すと、

「逃がすかよ。取調室でゆっくり話を聞くぞ」

 被疑者に手錠をかけ、橋の東側へ連行する。

「被疑者を確保し、特課が立和名 言葉(ことは)ちゃんを保護しました」

 藍川巡査が報告すると、警視庁刑事部捜査二課の新野(あらたの)警部から

「こちら捜査二課。電田(でんだ)を確保し、連行中です。他の構成員は見当たりませんが、引き続け警戒中です」

 次に、倉知(くらち)副総監からの報告として

「こちら倉知。機動隊からの報告で、爆発物の解除が完了。そして、全捜査員に告ぐ。隅田川(すみだがわ)花火大会が終わるまで、厳重警戒。決して、注意を緩めるな。指揮系統は継続。被疑者は墨田警察署へ連行し、取り調べを。被害者および負傷者は、病院へ」

 今度は大乗警部から報告。

「厩橋の街灯を点灯し、凶器を回収後、封鎖を解除。まもなく、第二会場から打ち上げ花火が再開。花火を悠長に見ている余裕はないぞ。不審な人物は、見つけ次第、報告」

 さらに報告は続く。台東区北浅草警察署の下谷(したや)警視から

「こちら北浅草(きたあさくさ)警察署の下谷です。特課から連絡のあった件で、桜橋で別件の誘拐事件を解決しています。被疑者を確保。被疑者は、離婚した元父親で娘を誘拐していました」

 それぞれの事件が一気に幕を閉じる。20時10分過ぎに、厩橋の街灯が点き、規制が解除される。

 第一会場と第二会場からの打ち上げ花火は、20時30分まで。花火が終わった後は、帰宅ラッシュになる。駅のホームやバス停、タクシー乗り場に行列が出来る。厳重警戒は22時まで続いたが、構成員は見当たらなかった。

 鴨井(かもい)警視正の運転で病院へ向かった悠夏と立和名だが、軽傷で済んだ。被疑者は、取り調べで無都巳(むつみ) 浅味(あさみ)と名乗った。少女を連れて帰るように指示を受け、殺人は考えていなかったと供述していた。その割には、凶器を2点所有していたため、全貌が見えるまで時間がかかるだろう。

 悠夏は左腕を刺されたが、浅い傷だったため、その日のうちに退院となった。ただ、大事を取って明日は休むようにと言われた。

 今回の事件について、捜査資料がまとまるのは、しばらく後のことだ。


To be continued…


第149話から続いた隅田川花火大会の話がこれにて終結です。2022年最後の更新となりました。

年明け初回は単発。その後、2~3話くらいの話を行う予定です。なお、隅田川花火大会の話はアフターストーリーを予定しています。いつやるかはまだ決めてないですが。

それでは、よいお年をお迎えください。来年もよろしくお願いします。

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