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第170話 東京の夜空を彩る花火が打ち上がるとき、弍拾壱

 厩橋(うまやばし)は西から東の一方通行となっていた。東側にいる榊原(さかきばら)警部は、橋を渡る人々を見るが花火が間近で見えるため、大勢の人が押しかけており、少女の姿は見えない。それに、東側の上空には首都高速道路6号向島線があり、さらに上りの駒形パーキングエリアがある。駒形パーキングエリアは10台も止められないぐらいの、とても小さなパーキングエリアである。インカムから藍川(あいかわ)巡査の声が聞こえ

「今、駒形橋(こまがたばし)を渡りました。厩橋まで急ぎます」

 と、北の駒形橋を渡ってから厩橋を目指していた。

「了解。まだこちらから立和名(たちわな) 言葉(ことは)ちゃんの姿は見えない。佐倉(さくら)巡査は?」

「こちらは、蔵前橋(くらまえばし)を渡りきって、川岸を移動中です」

 悠夏(ゆうか)は、南の蔵前橋を渡ってから厩橋を目指していた。蔵前橋の一方通行について、気付いたのは本所(ほんじょ)二丁目交差点付近まで移動してからだ。倉知(くらち)副総監からコミュニケーションアプリ”トーカー・メッセージ”で連絡が入り、厩橋を目指していることを伝えると、「規制で厩橋は一方通行のはずだ」と回答を受け、調べてみると西から東への一方通行だった。今向かっている方向からだと、橋を渡ることが出来ない。急遽、藍川巡査は北から、悠夏は南から対岸へ向かうことにした。3人とも、橋の規制を知らなかったのだ。警察だと言って通ることは出来るかもしれないが、それで近づくのはおかしいと思われる。

「あと1分だ」

 少なくとも、藍川巡査は間に合わない。

「佐倉巡査、どうだ?」

「もうすぐ、スロープを上れば、橋の(たもと)に着きますが……、混雑で……」

 スロープには花火を見ようとその場に留まっている人も多く、すれ違いで混雑している。

 まもなく予定の時刻になる。いや、もう過ぎているか?

 橋の袂、交差点には蔵前警察署蔵前二丁目交番がある。ただし、この日は花火を見に来た観光客の対応で天手古舞いだ。

 立和名 言葉が通ったかを聞く余裕も無ければ、監視する余裕もなさそうだった。時刻を確認すると、19時43分。すでに過ぎていた。

「厩橋、今から渡ります」

「了解。藍川は到着したら、橋を渡らずに待機だ」

「まだ橋には辿り着きそうにも無いです……」

 藍川巡査は第二会場を突っ切る必要があるため、身動きが取れず、なかなか進めないらしい。

 榊原警部は東側に渡ってくる人々を確認しているが、立和名の姿はまだ見ていない。

 第二会場の打ち上げ場所が近く、花火の音が体に響く。こんなにも近いのに花火よりも、橋を渡る人々をひとりひとり確認する。家族連れやカップル、友人や同僚。一人で楽しむ者もいる。警察が「立ち止まらないでください。前の人を押さないように、ゆっくりと歩いてください」と立て札を持ちながら、アナウンスしている。

 厩橋は緑色のタイドアーチ橋で、全長約151メートル。幅は22メートル。片側2車線の都道453号線。両端に歩道が設けられ、手すりがある。しかし、花火大会開催中は車道を歩行者専用とし、両側の歩道は封鎖していた。花火を見ようとして、立ち止まる人が殺到するからだろう。

 悠夏が歩いていても、目の前の人が急に止まってスマホを花火に向けるなど、ぶつかりそうで危なかった。時刻は19時47分。

 橋の中間点を通り過ぎると、花火の音に掻き消されそうだが、声が聞こえた。「迷子かい?」と、おばあさんの声だ。悠夏が声のする方を見ると、70歳くらいのおばあさんが少女に声をかけていた。少女は「ここで待ってるから大丈夫」と答えていた。しかし、おばあさんは心配そうにしている。

 悠夏は少女の方へ。花火の光で、少女の顔が見えた。すぐにインカムに小声で

「発見しました」

 とだけ報告を入れて少女、立和名のもとへ。

「すみません」

 とおばあさんに断りを入れると「なんだい、知り合いかい?」と言われ、悠夏は頷いて答えた。同じ視線になるよう屈んで

「言葉ちゃんだよね?」

 立和名は頷いて答えた。本人だ。しかも1人のようだ。仲間はいないということだろう。手元を見ると、封筒を持っていた。

「合い言葉は?」

 唐突に言われて、一瞬合い言葉なんてあったかと考えたが、立和名が続けて

「会議室?」

 と聞かれたので、すぐに分かった。

「会議室D。これでいい?」

 悠夏の合い言葉は正解だったようで、立和名は持っていた封筒を悠夏に差し出す。「見て良い?」と聞いたが、さすがにここに立ち止まり続けるのは危ない。中身を流し見して、詳細は厩橋を渡りきってからだ。封筒には印字された文字で、立和名のことについて書かれていた。特に組織に関することは書かれていない。冒頭には”一緒に行くように指示が書かれていたと言い、保護してくれ”と書かれていた。ざっくり目を通して、紙を封筒に戻してもう一度立和名に声をかける。

「封筒に、言葉ちゃんと一緒に行くように書かれてた」

「え? でも……」

 と、少し不安そうな表情をしたが「分かった」と言って、寄り掛かっていた柱から立ち上がり、お尻とズボンの埃をはたく。悠夏は、右手を差し出して

「私と行こうか」

 立和名と手を繋いで、榊原警部のいる東側へと向かう。榊原警部と藍川巡査は、インカム越しに聞いて安堵した。榊原警部は「渡りきったあと、北側の高架下で待っている。丁度、迎えも来たみたいだ」と、悠夏に行き先を指示した。榊原警部の近くには、鴨井(かもい) 尚夫(ひさお)警視正が運転するパトカーが止まっていた。倉知副総監と鐃警を送った後、こちらに向かうように言われたそうだ。

 悠夏が立和名と一歩だけ前に進んだあと、悠夏が立ち止まった。立和名は進もうとしたが、悠夏と手を握っていたため、進めずに不思議そうに「あれ?」と振り向く。

 悠夏が立ち止まった理由。左腕がチクリと注射でも刺されたような痛みを感じた。

「待ちな」

 と、悠夏の後ろから圧のある声をかけたのは、先ほど心配そうに声をかけていたおばあさんだ。完全に油断していた。まさかこのおばあさんが……


    *


 時間は前後し、将来名称が「すみだリバーウォーク」に決まる予定の”新設歩道橋(仮称)”の工事現場にて。

 墨田区役所の広報を偽装しているが、宇佐鷺(うささぎ)組に潜入調査中の警察庁内部部局警備局公安課所属、(あおい) 彩女(あやめ)廣本(ひろもと) 柚吾(ゆうご)。工事作業員に偽装している警視庁の倉知副総監と爆発物探知機を持つ警視庁特課所属の鐃警(どらけい)。宇佐鷺組の監視や盗聴を警戒しつつ、爆弾を捜索していた。金附(かねふ)工務店から盗まれた五号玉の火薬を使用して、爆発させて葵と廣本を消し去るつもりらしい。必死に捜索するが、見つからず時間だけが無情にも過ぎ去っていく。橋の下では、”巡視船”を装い、警視庁警備部第五機動隊の爆発物処理班が待機している。

 鐃警が中央まで戻ってくると、首を横に振った。倉知副総監は声に出さず、周囲を見渡す。本当に爆弾は無いのだろうか? 他に調べていないところは……。廣本と視線が合った。倉知副総監は両手をゆっくりと挙げて、ジェスチャーで伝える。左手は挙げたまま、右手で鐃警を指差したあと、すぐに廣本の方を指す。ボディーチェックを指示したのだ。廣本はすぐに理解して、両手を挙げる。鐃警は爆発物探知機を廣本の体へ。反応はない。倉知副総監は葵の方を見ると、すぐに視線が合った。葵は少し渋ったように見えたが、視線を外して両手を挙げる。鐃警は廣本と同じように、爆発物探知機を近づける。特に反応がないと思われたが、鞄に向けると、爆発物探知機のランプが光った。音はオフになっているため、静かに緊張が走る。


To be continued…


2022年も残り僅か。今回の隅田川花火大会のストーリーで、悠夏にスポットライトが当たるのって、結構少ない気がしてましたが、ここに来て悠夏が。ちなみに『エトワール・メディシン』は、出血に関して直接的な表現はしないつもりです。

それにしても、鴨井警視正の扱いがなんとも。首席監察官のはずなんですけどね。

次回は大晦日の更新です。

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