第17話 東京ハイウェイ
最初の通報は、埼玉県の高速道路交通警察隊からである。
悠夏と鐃警は、埼玉県内で発生した事件を解決した帰りだった。運転手の榊原警部は、後部座席の鐃警のシートベルトをセッティングし、悠夏は助手席でETCカードを機械に入れる。しかし、機械からはエラーと言われ
「佐倉巡査、多分、上下逆かと。機械が上下逆に設置されているので、逆で」
「すみません」
と、悠夏はETCカードを取り出し、上下逆にして入れ直す。でも、またエラーと言われ、再度取り出し、上下逆さにすると、効果音が鳴った。認識した音だろう。鐃警は、悠夏があたふたする姿を見て
「まるで、パソコンにUSB繋げる時みたいですね。この前も、USBメモリーを2、3回、くるくる回してましたよね」
「あれって、なんで一発で入らないんだろう」
なんて会話をしていたら、悠夏の持つ電話が鳴る。
「はい、もしもし?」
「警視庁の方から伺ったんですが、こちらは、特課の佐倉巡査の携帯でしょうか?」
「そうですが」
ちなみに、個人携帯ではない。警視庁から借りている携帯電話である。
「私、埼玉県警高速道路交通警察隊の与野と申します。協力を依頼したいのですが」
と、与野巡査長が事情を説明する。悠夏が電話を終えると、榊原警部は運転席に座って、シートベルトをしながら
「どうした?」
「埼玉県警高速道路交通警察隊から、高速道路で暴走している車があり、協力を願いないかって」
「どこだ?」
「車は、大泉ジャンクションから、美女木ジャンクションに向かっているそうです」
「ここからなら……、和光北から乗れば美女木ジャンクション方面に行けるな」
榊原警部は、車の屋根にパトライトを出す。この車は、所謂、覆面パトカーである。
埼玉県戸田市に位置する美女木ジャンクション。外環から首都高へ乗り換えるなら、ジャンクションの信号を通る必要がある。美女木ジャンクションは、平面交差しており、通常のジャンクションと異なり、交差点で信号による交通整理がされている。ちなみに、通常の信号機よりも、大きな信号機を使用しているらしい。
時刻は夕暮れ。平日のため、交通量がこれから増えていくだろう。予定通り、和光北から外環へ乗ると、前方にパトカーが走っている。無線で、指令室から情報が飛び交う。
「白のコンパクトカーがスピードを上げ、走行中。Nシステムとオービスの写真から、高齢の女性であることが判明。焦っている可能性あり。ナンバーは現在照合中」
「本部。こちら、与野。現在、当該車両を追走中。車線変更時、ウインカーを出しており、予期せぬ暴走などは考えにくく。まもなく、美女木ジャンクション。首都高方面に車線変更。信号制御可能でしょうか? どうぞ」
「こちら、本部。美女木ジャンクションの信号機を全方面、赤に制御中」
白のコンパクトカーは、車の間を縫うように走り、美女木ジャンクションの信号機を赤で右折。東京方面へ。続けて、与野が乗っているパトカーと、もう一台のパトカー、その後ろに榊原警部の運転する覆面パトカーが続く。
埼玉県から東京都へ。
車はさらに走行し、まもなく料金所へ。
「先行が、ETCを一時的に封鎖」
無線でそれを聞いた榊原警部は、スピードを落とし待避所へ移動する。
「榊原警部、追わないんですか?」
鐃警が言うと、榊原警部は
「もし逆走したときに備えて、待機する」
そう言われて、確かにと思った。目の前を塞がれたとき、急旋回して逆走する恐れがある。
しばらくすると、無線から
「こちら本部。運転手を確保。安全を確認後、規制線を解除へ」
それを聞いて、一安心。
「事故なく、一安心ですね」
悠夏はそう言って、携帯電話の履歴を見る。先ほどかかってきた番号に折り返せば、与野巡査長に繋がるはずだ。しかし、折り返す前に無線から
「こちら、与野。運転手は、自分が狙われていると言っており、体が震えている。至急、これから言う、自宅の住所へ急行願う」
与野が住所を伝える。
「住所は、埼玉県北武蔵埼玉町字北玉1丁目1番地。運転手の氏名は、濱千代 としゑ。自宅には、息子と孫がいるらしいが、名前を聞こうとしても答えてくれなかった。それどころか、顔色が悪くなるばかりで……」
そんな言い方だと、嫌な予感がする。榊原警部は、車を発進させ、最初のインターチェンジで降り、料金所をくぐるとUターンして、再度入口へ。カーナビには、悠夏が入力した住所の目的地が表示されている。
目的地までの所要時間は、半時間ほどだろうか。
北武蔵埼玉町。到着までに、埼玉県警から電話をかけるも反応がなかった。そうなると、ますます不安が募る。
一戸建てで、インターホンを押すも反応がない。インターホンを押す前から気にはなっていたが、ドアは施錠されておらず、微妙に開いている。
「どうしますか?」
と、開いているドアを指差しながら、鐃警が聞く。
「ひとまず、ドアを開けて声をかけてみましょうか?」
悠夏が榊原警部に提案すると、
「そうだな」
と、榊原警部がドアを大きく開ける。すると、
「玄関の奥……、血痕か?」
榊原警部は、ドアを支えて、二人にも確認を促す。
「血に見えなくはないですけど……」
悠夏も自信が無い。この距離だと、濃い赤色で、小さな点がいくつか廊下に落ちていることは分かるが、血だと断定できない。
玄関から大きな声で叫ぶが、反応がない。
「埼玉県警に一度報告する」
そう言って、榊原警部は携帯電話で連絡する。
その間、悠夏と鐃警は、ぞろぞろと集まってきた近所の人たちに話を聞く。大声で何度も叫んでいれば、近所の人が何事かと家の前に集まってくる。一軒一軒、話を聞きに行くよりも、こんなときに聞いておけば、情報収集が効率的だ。ただ、信憑性は分からないが。
榊原警部が連絡を終え、悠夏が近所の人から聞いた話を報告する。
「特に、悲鳴や大きな物音などは、今日一日なかったみたいです。あと、車で慌てて外に出る、濱千代 としゑさんを見た人がいました。かなり慌てていた様子で、声をかけても気付かなかった様子だったとのことで。あと、不審者情報も何件かありますが……」
「分かった。県警に問い合わせたが、別件で人が足りず、こちらへの到着が遅れているそうだ。帰宅ラッシュの時間で、かなり道が混んでいるらしい」
鐃警は首を傾げ、
「てっきり、交番の巡査が最初に駆けつけるんだと」
「そちらも別件で立て込んでいるらしい」
忙しいときは、同時に色々舞い込んで、捌ききれず、時間の空いたときに限って、何もないようなことはよくある。来られないのであれば、ここは我々が踏み込むしかあるまい。
「安否確認のため、声を出して様子を確認するぞ。鐃警はドア前で待機。佐倉巡査と自分で、確認する」
榊原警部はそう指示し、悠夏と声を出しながら玄関を上がる。「警察です。いらっしゃったら、返事してください」
「濱千代さんの息子さん、お孫さん。いらっしゃっいますか?」
でも、返事がない。廊下の奥、リビングへ向かい榊原警部が覗くとすぐに、悠夏の方を向いて
「佐倉巡査、慣れてないなら、あまり見ない方が良い。悪い予感が当たった」
そう言われて、状況を理解した。実際、このような場面に遭遇したことはなく、見たことがないため、耐性があるのか分からない。ただ、確認しないといけないだろう。
榊原警部は、悠夏に念押しで「家の物には触れるなよ」と言い、リビングの奥へ。そして、確認後、
「殺人事件だな……」
To be continued…
今回の話は、美女木ジャンクションを出したかった。ただそれだけです。
初めて通ったときに、なんで信号があるのか不思議に思ったジャンクション。
そして、鍵の開いた家での流れは、ドラマとかでよくある展開かと。
そういうのを詰め込んだ結果、こうなりました。




