第167話 東京の夜空を彩る花火が打ち上がるとき、拾捌
捜査本部。千鳥警部補のもとに、報告が入った。読み上げるのは、鈴木巡査。
「工事会社に確認したところ、休工日は今日と明日でした。直近は電車が走らない夜間作業がメインとなっており、明け方まで工事作業があったそうです。明け方から付近の防犯カメラを調べたところ、両岸から工事現場内に侵入した不審な人物は見当たりませんでした。花火大会が始まってからは、人が多くなり分かりません」
「防犯カメラから工事現場のフェンスは?」
「残念ながら、それよりも手前までです。カメラの死角に入り込んだ人物で、最長は30秒ほど。30秒で工事現場内に侵入するのは難しいと考えられます」
「つまり、事前に仕掛けた可能性は極めて低いな」
千鳥警部補の指示で、5人ほどのチームでコンビニや東京都が管理している防犯カメラの映像を手当たり次第に調べていた。その結果、工事が終わってから工事現場内に侵入した形跡は見当たらない。それよりも前に設置している可能性は、考えにくいだろう。工事業者によると、昨夜の作業で工具や部材などを全て移動させたそうだ。移動させる際に、中身を確認しており不審な物があればすでに見つかっている。
つまり、爆弾は設置されていない可能性が高い。後から持ち込んだ物が無ければ……だが。
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警視庁刑事部捜査一課の榊原 岾人警部と藍川 桑栄巡査、警視庁特課の佐倉 悠夏巡査は、本所二丁目交差点付近まで移動していた。少し前に上がった菊花火だが、ビルによって視界が遮られて確認できなかったが、インカムで五号玉事件に進展があったことが情報展開されていた。ただ、誰が動いているかまでは伝達されなかった。
本来なら1本手前の交差点に出るはずだったが、交通事故で塞がっており、隅田川から遠い1本隣の通りを移動していた。時刻を確認すると、19時25分。ここから目的地の厩橋まで、600メートルほどだが、混雑により10分以上はかかるだろうか。そうなると、19時40分までギリギリといったところだ。
厩橋付近の防犯カメラをチェックしている捜査官からの情報だと、今のところ立和名 言葉の姿はない。もし立和名が誰かと一緒にいる姿を確認できれば、それは宇佐鷺組の構成員である可能性が高い。もし刑事部捜査二課と組織犯罪対策部組織対策第二課で確保の連絡があれば、こちらの人物も確保する。先に確保すると、取引に影響が出る。最悪の場合、無関係な人たちが危険に晒される可能性がある。
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稲蔵 実信は、厩橋の南西に位置する都営浅草線の蔵前駅付近にいた。そばには、立和名 言葉もいる。路地の入り組んだ場所におり、花火の音だけが聞こえる。
「厩橋に19時40分だ。時間厳守だぞ。それと、近づいてきた大人に、”会議室Dか?”と問えばいい」
稲蔵は帽子を右手で脱ぎ、中腰で立和名と同じ目線で話す。
「分かった」
と、立和名は不機嫌そうに答えた。スマホや腕時計はないため、多少の誤差は出るだろうが、あまりそのあたりは気にしていない。
「良い子だ」
稲蔵は帽子を深く被りなおす。時間が近づいたら、電車で1駅移動して、隅田川公園へ向かうつもりだ。これで、立和名は警察に保護してもらえるだろう。立和名には伝言の封筒を託している。ただし、中身は立和名に関する内容が書かれている。親との関係について、立和名が話した内容を記しており、書いていた漫画が、浅草にある銭湯のロッカーに入っていることも書いている。立和名のこのあとについては、警察と本人に任せる。決して、道を間違えるなと。
「頼んだぞ」
と、最後の言葉をかけて稲蔵は駅の改札へと向かう。立和名は、稲蔵の後ろ姿を見届けた後、時計を見て厩橋へ向かう。
蔵前駅から浅草駅まで900メートルくらいだ。花火大会の混雑が無ければ、電車を待って乗るよりも歩いた方が早いかもしれない。乗ってすぐに浅草駅到着の自動アナウンスが流れる。電車の乗車人数はとても多く、ホームにも人が沢山いる。まだ花火が上がってすぐだというのに、今から乗る人たちはどこへ向かうのだろうか。といっても、全員が花火を見に来たわけでは無いだろうし、仕事や用事を終えて帰宅するのかもしれないし、花火を別の場所から見ようとしているのかもしれない。もしくは、早くも満足して帰る人かもしれないし、人が多くて諦めたのかもしれない。そんな今はどうでもいいようなことを考えつつ、階段を上がる。改札に近づくにつれ、再び花火の音が聞こえ出す。
飛ばし携帯の時計を見ると、19時30分だった。あと10分。ここから監視予定のビルまで5分くらい。アパートの4階、空き部屋に双眼鏡が置かれており、カーテン越しに見ろとの指示があった。花火は次々とあがる。しかし、稲蔵は花火には見向きもせず、人混みを掻き分けるように目的地を目指す。周囲の人物からは、たまに不審そうな目で見られるが、すぐに視線は夜空を彩る花火に戻る。たまに花火を見ていない人物を見かける。おそらく警察官だろう。稲蔵は飛ばし携帯を耳に当て、友人を探すために電話をしているふりをして、私服警察官らしき人物のそばを通り過ぎる。
アパートに着くと、外階段で4階まで上がる。この4階建ての築30年は越えていそうなアパートは、エレベーターがないようだ。
手袋を填めて、ドア横にあるガスメーターボックスを開けると、鍵が養生テープでくっついていた。ゆっくりと養生テープにくっついた鍵を取り、鍵を開ける。入った後は扉を施錠して、鍵をキッチンのシンクに置いた。ポケットに入れると痕跡が残るだろう。鞄から新品のブルーシートを2枚取り出して、部屋に足跡を残さないように交互に敷いて、窓際まで移動する。部屋は6畳の1K。カーテンから明るい光が差し込んでおり、隙間から覗くと花火が見える。
カーテンの下には、双眼鏡が置かれていた。仕事が終わったら持ち帰れという指示があった。おそらく双眼鏡が残ったままになっていれば、自分が監視していなかったと判断されるのだろう。監視も監視されているという、無駄に疑い深い組織だ。構成員での接触はなるべく避けつつも、相互監視で成り立っているのだろう。
双眼鏡に手を伸ばすと、飛ばし携帯に着信が入った。
「もしもし」
「まもなく取引の時間だ。取引を妨害する者が現れた際、別の騒動を起こす。忽ち周辺は混乱状態になる。もしものときは、その騒動に乗じて、その場を立ち去れ。決してヘマは起こすなよ」
「騒動とは? それと取引の詳細を聞いていないが?」
「そこから見える公園で、工事中の公衆トイレ内で取引がある」
双眼鏡で見ると工事用フェンスに囲まれた小さな建物が見える。おそらくそれが工事中の公衆トイレだろう。
「騒動は近くで、工事中の橋で起きる。ただし、あまり使いたくはない手だ。それだけ知っていれば良い」
電話を切られる前に、取引相手について聞いたが、答えは返ってこなかった。電話の相手も指示を受けて連絡しており、本当の内容は知らないのだろう。工事現場周辺を見ると、明らかに花火を見ていない人たちがいる。私服警察官だろう。目つきも鋭く、周囲を警戒しているのが丸わかりだ。たまに花火を見るような素振りを見せる人物もいるが、やはり周囲を見回しているので分かりやすい。おそらく、捜査員が全員そんな分かりやすい素振りはしていないだろうし、実は全く関係の無い一般人が周囲をキョロキョロしているだけかもしれない。
電話で報告すべきだろうが、厩橋で立和名が保護されるまでは黙っておくことにした。周囲を見ていると、懐かしい雰囲気の人物を見かけた。
「ん? 知ってる顔だな……」
思わず声が出た。しかも、一人は単独行動だが、それを遠くで気にしている3人がいた。その姿は、曽ての同期のように見えた……
To be continued…
3つの事件が同時に進行中。佳境ではあるものの、あと2話では終わらなさそうかな。次話の進み具合によっては、高確率で年をまたぎそうです。ストックがないので、週2回更新は難しいかなぁ……。今のペースでなんとか続いているので。
次回はどこから進めようかな。公安課からかな。




