第166話 東京の夜空を彩る花火が打ち上がるとき、拾漆
第42回隅田川花火大会。第一会場から一発目の花火が打ち上がる。東京の夜空を彩る花火を、人々は見上げて鑑賞していた。
南浜部警察署の捜査二課、千鳥警部補は捜査本部より現地の捜査官へ伝達をしていた。
「歩道橋の建設現場付近に人を近づけるな」
橋の全長は160メートル。倉知副総監からの情報だと、捜査官がいるのは橋の中央らしい。しかし、公安課の人間であることから、捜査官がいることは現場へ情報公開しない。工事現場内に、盗難被害に遭った五号玉から製造されたと推測される爆弾が設置されているおそれがあり、秘密裡に撤去し解除するとだけ伝えている。
現場には倉知副総監と特課の鐃警が、橋の東側で待機していた。工事現場のフェンス前で、倉知副総監がこれから突入することについて、公安課の人物に連絡しているそうだ。電話を切ると
「第一会場から通常の花火に混じって、合図の花火が上がる」
「そんなことができるんですか……?」
「事件が3つある。それぞれの合図用に第一会場と第二会場に仕込んでいる。警視庁から開催者に対して、中止しない上で協力を要請した。今回の突入の合図は、菊花火を10秒間隔で赤色、黄色、青色の順で打ち上げる。青色が開いた直後に突入だ」
花火には多くの種類がある。色の順番と打ち上げ間隔はそのままに、菊花火と牡丹花火、型物、柳や蜂の違いで別の捜査員に知らせるそうだ。さらに、事件継続の場合は第一会場から打ち上がり、犯人確保や爆弾撤去に成功した場合、第二会場から打ち上がる。
「令和元年台田市場五号玉盗難事件」に関する場合は、菊花火を用いる。「平成三十一年広珠蒲少女失踪事件」に関する場合は、柳を用いる。「宇佐鷺組関与の櫓賓詐欺事件」に関する場合は、蜂を用いる。牡丹花火についてだが、捜査員によっては菊花火と誤認識するおそれがあるため、使用しないこととなった。同じように、捜査員によっては、型物や小割物は見逃すおそれがあるため、菊・柳・蜂の3つが選定された。
*
六本木の東京放送第一テレビでは、花火の中継を放映していた。さらに最大手の動画配信共有プラットフォーム”TubeLiving”でも、公式や個人による生放送で、隅田川花火大会が配信されていた。配信や中継画面に、それまで連続して打ち上がっていた花火が、一旦止まった。
東京放送第一テレビの場合は、女性アナウンサーの浜田 春海が手元の台本を確認して
「現在、第42回隅田川花火大会をお送りしております。第一会場から花火が打ち上がっておりますが、このあと19時30分からは第二会場からも打ち上がります。つまり、2つの会場から打ち上がる花火を中継でご覧頂けます」
台本を読み上げた後は、アシスタントディレクターの出したカンペを見て、各地の中継を呼ぶ。
「スカイツリーからの映像はいかがでしょうか? 先ほどまで雲がかかっていましたが……」
まずはスカイツリーからの映像中継へ。やや視界が晴れつつあるが、まだ見えづらい状況だ。
動画配信の場合は、暗くなった東京の夜空が映る。コメントでは、次の花火が待ちきれない人が多い。
現地でも花火が打ち上がらない時間が長く感じられる。3分ほどして、打ち上げの音がした。花火玉が空高く打ち上がり、赤色の菊花火が開く。赤色の菊花火が消えると、次の打ち上げの音が聞こえ、今度は黄色の菊花火が開く。先ほどの打ち上げ間隔は5秒ほど。今は10秒ほどの長めの間隔でゆっくりと花火が上がっている。今度は青色の菊花火が開く。3発のカラフルな菊花火が打ち上がると、また次の打ち上げまで暗い空となる。
3発の菊花火から、次の打ち上げまでまた時間がかかったものの、今度は早打ちのスターマインが始まる。
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3色の菊花火のうち、赤色が上がると倉知副総監が
「合図が来るぞ」
と工事用のヘルメットを被る。服装は工事現場の作業員だ。
「倉知さんも中に?」
「当然だろ」
「役職……副総監ですよね?」
鐃警は自分だけが突入すると思っていたが、倉知副総監も同時に潜入するようだ。今更、副総監という役職でありながら現場で危険を冒すのかとか、どうこう言える時間も無く、次の黄色の菊花火が開く。あと10秒。そして、青色の菊花火が東京の夜空に花開く。
倉知副総監が先行して、工事用フェンスを開いて中へ。続いて、爆発物探知機を持った鐃警も。
工事中の歩道橋はフェンスに囲まれており、外から中の様子は見えない。橋の下で、船のモーター音がする。”巡視船”と書かれた赤い旗を付けた船が現着したようだ。実態は警視庁警備部第五機動隊の爆発物処理班が乗った船である。船には、捜査員が複数人乗っているが、その中には菊佳和警部の姿があった。菊佳和警部は、今年の6月18日の爆発物処理中に負傷したが、7月中旬頃から現場に復帰していた。
工事現場の作業員に扮した倉知副総監は、警察庁警備局公安課の潜入捜査員、葵 彩女と廣本 柚吾の姿を確認して芝居を始める。
「すみません。工事関係者ではないですよね?」
葵は「あっ」と言葉に詰まる演技をし、廣本が
「今日は休工日ですよね?」
と、互いに牽制するようなフリをする。
「休工日ですが、工事関係者以外の人が現場に入ったかもしれないと連絡があり、その確認で」
「これは失礼しました。墨田区の広報の者ですが、手違いで連絡が入っていなかったようですね」
廣本は墨田区役所の広報担当だと嘘をついた。当然ながら、それが嘘であることは分かっている。
「開通後に隅田川花火大会がどのように見えるか、広報用の撮影取材をしていました」
「取材にしても、工事現場ですのでヘルメットの着用をお願いします」
と、倉知副総監は広報の人間だと信じた作業員を演じる。2人が会話する後ろで、鐃警が爆発物探知機を持って、捜索をしていた。反応があっても、爆発物ではなく工具機器や電子機器だった。高価な物は持ち帰った方がいいのではと、ここにはいない工事関係者のことを思いつつ、捜査を続行する。
しかし、橋の東側には爆発物は見つからなかった。鐃警は、工事関係者と広報を偽装している3人の横を素通りして、急いで西側へ。3人は、鐃警について一言も触れずに、葵がスマホのカメラを構えて広報用の撮影を行っている。第一会場からの花火が見える。倉知副総監と廣本は、音をなるべく立てずに周囲を捜索する。だが、不審物が見つからない。爆弾はハッタリだろうか……?
無情にも時間だけが過ぎていく。葵がスマホの左上に表示された時刻を確認すると、19時20分だった。
To be continued…
花火が打ち上がる中、事件が大きく進行中。副総監が現場入るのは今に始まったことでは無いけれど、倉知副総監は現場優先なのだろうか。その辺りの副総監の考え方について追々話をするかもしれないし、しないかもしれない。
花火で合図するという手法をとりましたが、これは公安課の2人に直接連絡が出来ないため、予め決めていたサインのようです。花火の打ち上げに割り込むのはなかなか難しいでしょうし、花火玉の詰め込み作業があるため、前後で3分ほど時間が空いています。捜査官以外には伝わりにくいと思いますし、隅田川沿いならばほぼ見えるはずなので。なお、連絡が取れない場合の合図として打つため、通常の無線で連絡できる場合は、直接指示を出すかと。無線が傍受されている可能性を考えるだすと、無線の指示もどこまで出すかですが。




