第158話 東京の夜空を彩る花火が打ち上がるとき、玖
2019年7月27日土曜日、午後5時。高校1年生の昴 千弦は、何度も時間を確認する。日付は7月27日。何度見ても変わるはずがないけれども、不安になってもう一度確認する。待ち合わせの約束をしたメッセージも、もはや何度確認したか分からない。
北澤 ことみは浴衣姿で混雑する改札を抜ける。待ち合わせしている場所を探そうと少し立ち止まったら、後ろから押されたため「すみません」と謝る。しかし、ぶつかった人も急いでいるようで、こちらに気付いていないようだった。改札から遠くに離れ、空席の無いベンチ近くまで移動して、待ち合わせした人を探す。とにかく人が多い。家族連れやカップル、友人、小型の三脚とカメラを運ぶ人、これから誰かと会う予定がありそうな人、花火関係なしに仕事帰りっぽいサラリーマンなどなど。
周囲を見渡していると、正面からこちらへ駆ける少年と目が合った。待ち合わせ相手の千弦だ。今日は2人で隅田川花火大会の打ち上げ花火を見にやってきた。駅から河川敷まで話ながら歩き、途中焼きそばやリンゴ飴などを買い食いする。
隅田川花火大会は、これまでと変わらぬ風景。多くの人で賑わい、今年も思い思い、花火を楽しみにしている人たちがいる。
隅田川の打ち上げ花火場では、打ち上げの段取り確認を終えており、瞑想する者もおれば、脳内や実際に動きながらシミュレーションする者もいる。設営は終わっているが、何度も問題が無いかチェックがある。一発目が打ち上がるまであと2時間。
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ターゲットと監視目標が接触するまであと2時間。稲蔵 実信は、人混みから離れたところで待機している。帽子を深く被り、スマホを何度も確認する。時間やメッセージを確認しているフリをして、周囲の人から誰かを待っているのだと思われるようにしていた。人混みから離れているとはいえ、度々人がこちらに来る。基本的に1人の人が多い。大方、カップルや家族連れ、大人数の集合体にやられて逃げ場を求めてきたのだろうかと、勝手な偏見を考え、自分の歪んでしまった性格に嫌気が差すと、目の前に居る人々との壁を感じ、自由な人たちを妬む。正気に戻ると、益々惨めな自分が嫌になる。
(なにやってんだよ……。俺は……)
もう戻れない。間違った道だと分かっている。分かってはいるが、それを止めてくれる人はいない。
(俺は誰かに止めて欲しいんだろうか……?)
他人から救いの手が無いと、もう駄目なのか? 自分でなんとかできないのか? 後悔はもう有り余るほどしている。つくづく俺は駄目なのだと断定し、悲観する。ただ、その次の一歩の向きを変えることが出来ない。進みたくは無いが、進むしか選択肢が無いわけではないと思いたい。実際、どうすればいいのか。
兎の姿となった稲蔵だが、いっその事もう人間をやめるのはどうかと自暴自棄にまで至ることは無かった。
頭では分かっているのだろう。ただ、それが実行できない弱い自分がいる。嫌いな自分を一度も好きにはなれないし、これからもその考えが変わることはあるのだろうか。
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”機械の身体”。
永遠に生きられる命を求めて旅をする。
一度死んだと思われたが、機械を身に纏って現れる。
実験のために、身体を改造されて肉体が機械になる。
眠った状態で自分の脳から意識を機械へと繋ぎ、肉体はありながらも脳から機械を操作して、自分の新しい身体を手に入れる。
眠ること無く遠隔操作で自分の行動をコピーして機械を操作する。
兵器として作られた機械人形。
高性能の人工知能を搭載し、二足歩行や犬猫のように二足歩行できるロボット。
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機械に”心”はあるのだろうか。
ある日暴走して、人間へ叛逆を行う作品や機械と一緒に住む日常的な作品や、機械と共に一緒に戦う作品が数多くある。
ロボットとは、”目的の作業のため、コンピュータから命令を受けて動く機械”や”人間の動きを真似た人形”、そして”傀儡”という意味がある。
金銭面はさておき、ロボットが壊れたとき、人はどれくらい悲しむだろうか。そのロボットが動いている間、人はロボット対してどのように考えているだろうか。ロボットに心があったとしても、人とは違うし生き物の括りには入れない。”ロボットだって生きているんだ”と言ったって、今の時代では受け入れられないだろう。今後受け入れられるかどうかは、分からないだろう。もしも、ロボットがロボットを生み出すようになったとき、それは生命と言えるのだろうか。元人間がロボットになったら、それはどう扱われるだろうか。
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鐃警はロボット警部である。自分が人間だった頃の記憶が微かにあるらしい。鐃警を無意識ないしは無自覚で”人間”として捉えているのは、せいぜい悠夏や倉知副総監、紅警視長、榊原警部ぐらいである。当然ながら、鐃警に人間の記憶があるのは一部の人間しか知らない機密事項である。公には高性能な人工知能で動くロボットだと発表しているし、そう考えている人が大半だ。それにしては、人間味を帯びており、中に人が入っていると思っている者もいるだろう。鐃警について警視庁が発表した当時、世間ではどうだか分からないが、ネットではおもしろがって”中の人”がいるというネタでいろいろな創作によるイラストや設定が生まれたとか。
佐倉 悠夏は、特課配属直後に鐃警を紹介され、困惑していた。しかし、その後は上司であろうがなかろうが、ロボットの特性は理解しつつも1人の人間と同じように接してきたし、これからもそれは変わらないだろう。悠夏は、昔から無意識による人の区別はしない性格で、好き嫌いで接しないし、犬猿の仲である片方と仲良くなったからといって、もう片方とも仲良くなれる。ただ、その2人を仲良くさせようとすることはない。あくまでも人それぞれの考えがあり、その人にアドバイスはするけれど強要はしないし、その人の考えを否定はしない。そういう考えもあるのだと、その人の考えを尊重する。ただ、余程間違えた考えをしているときは、自分の思ったことを正直に言うし、その人が一線を越える前に引き止める。
同性異性ともに、悠夏は優しい人だと言う。ただ、それはつまり優しい人止まりなのかもしれない。誘われれば返事をするし、キッカケがあれば自分からも誘う。しかし、しばらく連絡を取り合わないと疎遠になることも多い。相手のことに対して、土足で踏み入れることは決してしないし、ある意味他人に無関心なのかもしれない。本人はそこまで考えていないだろうが。同級生が成人してから、どこで何をやっているのかほとんど知らない。知りたいかと言えば、元気にやっていればそれでいいぐらい。
一度連絡が途絶えていても、久しぶりに連絡やキッカケがあれば、これまでとの同じ付き合いに戻る。
悠夏の話は別の機会にするとして、他の人は鐃警についてどのように考えているだろうか。
警視庁生活安全部サイバーセキュリティ課の瀧元 瀧一は、黙り込んだ鐃警を見ながら、
「ノイズかかった映像が見えたと言うことは、記憶媒体のセクタ不良やトラック不良でエラーを起こしたのかも。データ復元が出来れば、パーティションテーブルを再構成して」
パソコンと同じような考え方をしており、専門用語で自分の考えを言うけれども、鐃警が反応を示すことは全く無く、ずっと考え込んでいる。
「CPUよりも記憶媒体が怪しいな。そもそも、ハードディスク? いやSSDか? それとはまた違う媒体が? ……分かんねぇな」
昔の記憶と思っている映像は、自分の記憶媒体に保存された記録データであり、本人のデータでは無い可能性がある。あくまでも、瀧元の場合は機械として考えていた。人間のときの記憶では無く、誰かが記録した映像データが残っており、それを自分の記憶だとAIが誤認している、と。
To be continued…
ストックが尽きて、更新が途絶えたままになり、気付けば花火の時期が殆ど過ぎてしまいました。
「玖」より再開ですが、今回物語は足踏みしつつ、鐃警がどういうポジションか、作品において考え方がどうなるかの問題定義的な回かな、と。依然として、ストックはゼロなので出来次第更新になりそうです。隅田川花火大会の話が終わったら、短い話をいくつかして、作中で8月を迎えるかな?




