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第153話 東京の夜空を彩る花火が打ち上がるとき、肆

 ????年(いつか)??月??日(の出来事)。東京都港区(みなとく)新橋(しんばし)駅。西口には機関車が置かれたSL広場がある。しかし、今いるのは東口だ。汐留(しおどめ)駅まで行けば、そこから都営大江戸線で(かち)どき駅まで電車で移動できる。しかし、汐留駅の場所が分からず、タクシーで行くことにした。今ならば、ネットで地図を見ればいいが、当時は乗り換えや地図が簡単に調べられなかった。

 今とは違う建物があるかもしれない車窓を眺めながら、記憶の旅を続ける。輪郭が曖昧(あいまい)で淡い絵の具で描かれたような都会の街並み。タクシーはやがて中央区(ちゅうおうく)築地(つきじ)を通り過ぎて、築地大橋を渡る。タクシーの窓から左側を見ると、勝鬨橋(かちどきばし)が見えた。

 タクシーは、自分が後部座席に座っており、隣と助手席には大人が座っており、自分に声をかけている。ただ、何と言っているのかは分からないし、声色も分からない。でも、自分を呼んでいるということは分かる。自分の名前が分からないのに……


 場面が変わり、東京タワー。150メートルのトップデッキから夜景を見ている。夜景はハッキリとしておらず、ぼやけている。もっと明瞭になれば、どんな建物があって、どの建物がまだ存在しないのか調べることが出来るだろう。自分の記憶でそこまでハッキリと残っている方が、寧ろ珍しいとは思うが。そもそもメインデッキとトップデッキのうち、トップデッキから見ていると分かっただけでも十分かもしれない。

 自分が誰かに手を差し伸べている。相手は誰だろうか……。同い年や親ではなさそうだ。兄弟や知り合い、友達、偶然会った赤の他人。分かることは、自分が相手の名前を呼んでいるということ。もう少しで思い出せそうなのに、もどかしい。


 また場面が変わった。どこかの河川敷だろうか。お祭りのようだ。屋台が並んでいる。空は星が綺麗に輝いている。東京ではなさそうだ。両岸に土手があり、その上を車が走っている。会場は土手と川の間にある運動場もしくは広場のようなところだろう。

 人が沢山いる。誰1人、顔を思い出せず、もやもやしている。服装もノイズがかかったようにハッキリしない。しばらくすると、花火が上がる。どうやら花火大会だったようだ。

 いつの記憶だろうか。そして、どうして自分は記憶を失っているのだろうか。……この記憶は本当に自分の記憶なのだろうか?


    *


 混濁(こんだく)する記憶。鐃警(どらけい)が目を覚ますと、見たことある景色だった。警視庁生活安全部サイバーセキュリティ課の会議室。心配そうにしている佐倉(さくら) 悠夏(ゆうか)瀧元(たきもと) 瀧一(りゅういち)が視界に入った。

「よかった。起きたみたいです」

 瀧元はそう言って、どこかへ電話する。上長への報告だろうか。

「警部。突然倒れて、心配しましたよ」

「すみません。気が動転したみたいで……。少し、記憶が垣間見えたようでした……」

 鐃警はロボットになる前(その表現が正しいかどうかはさておき)、人間だったときの記憶があるそうだ。と言っても、記憶喪失であり、名前も家族すら覚えていない。人間だったという事実ぐらいだ。悠夏は、鐃警が人間であったという話を受け入れるまで時間がかからなかった。今となっては、怪事件で相手が人間ではないことがあったこともあり、嘘だとは思っていないし、同僚に嘘をついて何の利点があろうか。

「どんな記憶が見えました?」

 瀧元はノートパソコンで文書ファイルを開き、鐃警の見た記憶を書き記す。東京タワーと勝鬨橋というワード以外はあやふやな情報だった。悠夏は鐃警が倒れる前の話から、もしかしてと思い

「警部が意識を失う前、鯲沼釣具(どじょうぬまつりぐ)店と依田丘(いだきゅう)カントリーゴルフの話をしていました」

「今捜査している事件ですか?」

 瀧元に聞かれて、悠夏は「はい」と答え、ひとつの可能性を話す。

「鯲沼釣具店は、勝どき駅が最寄りで、警部の話から推測すると、新橋から勝どき方面へ向かっているならば……」

 悠夏はタブレットを取り出して、地図アプリを開く。新橋駅から豊洲方面へ道路を指でなぞりつつ、

「築地大橋を通り過ぎて、交差点を左折、新島橋を渡って、その後、脇道に入って、ここに釣具店がありました。不確定な情報ですので、あまり決めつけるのは良くないと思いますが……、もしかして家族旅行か修学旅行でここに行って、釣具店に行ったとか?」

 決めつけてしまうと、無意識であってもそれに引っ張られてしまう。前置きをしつつ、悠夏の推理に鐃警がどう反応するかと思えば

「分からない……です。そうかもしれない、そうではないかもしれない」

 曖昧な反応だった。記憶が戻って、早々ハッキリと「そうです」なんて言われても、それはそれで本当かと疑う。それならば、一番真っ当な反応だったのかもしれない。

 悠夏は続けて、ひとつ警部に確認をする必要があった。記憶に関してではない。

「それで、警部。……私からこんなことを言うべきではないのかもしれないのですが……、体調のことも考えて、警部は今回の事件、休んで欲しいと思っています」

「……それは、捜査から外れるってことですか? 誰からか言われたってことですか?」

「いえ、これは私個人の考えです。倉知(くらち)副総監には、私から説明します」


    *


 同じ頃。倉知副総監は喫煙所で珈琲を飲みながら休憩していると、石間(いしま)警視が現れた。

「ん? 倉知か。吸わないのにそこにいるのか?」

 石間警視は喫煙所に入ってすぐ、電子タバコを取り出して、吸い始める。

「最近は、みな電子タバコか加熱式ですし、ちょっと待ってる人がいまして」

「そうか。久しぶりだな。今は副総監だったか。キャリアは確実に積んでいけ。俺が言えるような立場じゃないが」

 石間警視は、一度警視長にまで上り詰めたが、当時の捜査担当者たちが逮捕を急いで暴挙に出たことがあり、責任を取って降格となった。それが2度ほどあり、周囲からは不運だったと言われるが、石間警視は自分の監督不行き届きだと、不服の申し立てはせず、降格を受け入れたそうだ。ちなみに石間警視の方が倉知副総監よりも年上である。

「特課のロボット警部、倒れたそうだが、駆けつけなくて大丈夫なのか?」

「自分よりも頼りになる人がついてますから。それに、自分が駆けつけても出来ることなど、高が知れてます」

 ”高が知れている”。「そんな風に自分のことを言うな」と言うべきかと考えたが、敢えて言わずに石間警視は

「今回の事件、特課は捜査から手を引くのか?」

「彼の体調次第では、それも考えていますが、先に彼女が判断すると思ってます」

「彼女……、佐倉巡査か。12月という異例の人事。そもそも彼女を抜擢した理由。時間があるなら、少し聞いても良いか?」

(くれない)警視長の推薦です。警察学校での成績だけではないみたいです」

「推薦理由、聞いてないのか?」

「特課の新設も、紅警視長からの話で立ち上げました。周りは自分が立ち上げたと思っている方も多いみたいですが」

「そうだったのか」

「4月末に解体する話もありましたけどね」

「それも初耳だな」

 会話をしていると、1人の男性が入ってきた。倉知副総監は小声で、

「すみません。この続きはまた」

 どうやら目当ての人物が来たようだ。石間警視は、邪魔にならないように早めに退散する。タバコを吸い殻入れへ捨てて、喫煙所をあとにする。出るタイミングで”増員の件で”という言葉が聞こえたような気がした。


To be continued…


鐃警の過去が垣間見え、増員という気になるワードを話している倉知副総監。

物語が大きく動いています。さて、本題の事件はまだ先ですかね。作中では午前中ですし。

来週はついにあの人物の過去に迫りつつ……

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