第150話 東京の夜空を彩る花火が打ち上がるとき、壱
2019年7月27日土曜日。第42回隅田川花火大会の打ち上げは19時5分から始まる。第一会場が19時5分、第二会場が19時30分と打ち上げの時間が異なる。墨田区と台東区の間を流れる隅田川に架かる桜橋。第一会場は桜橋の下流側、東京スカイツリーから見ると北北西の方角だ。第二会場は蔵前駅近く、同じく隅田川に架かる厩橋の上流側。東京スカイツリーから見て西南西の方角だ。
第一会場は約9500発の花火が打ち上げられ、第二会場は約1万500発。両会場を合わせると、2万発が東京の夜空を彩る。
時刻は午前9時40分。捜査会議は30分で終わり、担当分けが行われた。特課の担当は橋渡しということで、まずは宇佐鷺組の詐欺事件に関して整理することにした。捜査二課と組対二課がまとめた資料を眺める。
「どこから手をつけるかですね……」
鐃警はリストを上から順に目を通す。
「新野警部と南浜部警察署がまとめた資料と、組対二課の資料を見て、地図に書き込んでみるのはどうですか?」
悠夏の提案で、東京周辺の地図を用意する。9件の事件を発生順にチェックを付ける。
「盗難事件は台田市場区で2件。江東区、杉並区、墨田区、江戸川区、品川区、浦安市、鶴見区でそれぞれ1件」
「東京湾沿い……というわけでもないですね。これを見ると、駅から離れたところ、人通りの少ない入り組んだ道に面した町工場が狙われているといったところですかね?」
杉並区は東京湾に面していない。大半は大通りや路線から離れ、東京湾方面で発生している。鐃警は、人通りの少ない町工場という悠夏の考えに賛同しているようだった。捜査資料のリストを1ページ捲り
「ペンの色を変えて、詐欺被害に遭ったところもピックアップ」
「はい。櫓賓がある中央区で2件、文京区で2件。ジャカルタとラスベガス、広島県広珠蒲町でそれぞれ1件」
海外と広島はマッピングせず、地図の端っこに欄外としてまとめた。
盗難事件は9件。詐欺事件は7件。
「盗難事件と詐欺事件の場所、離れてる」
「海外はこの場合なんとも言えないですが……。リストを見ると、盗難品として櫓賓の営業所も被害にあってるんですね」
悠夏の指摘に鐃警は気付いていなかったようで、すぐにリストを見返し
「櫓賓だけじゃなさそうですよ」
「警部、どういうことですか?」
「これ。詐欺被害に遭った鯲沼釣具店は、盗難被害に遭った依田丘カントリーゴルフの子会社ですよ」
「ゴルフ関連の会社で、子会社が釣具店をやってるんですか?」
悠夏はタブレットで依田丘カントリークラブを調べると、ホームページの企業情報に釣具店の名前が書かれていた。もしかしてと思い、盗難被害の会社を順番に調べてみる。すると面白いことが分かった。
「エルフィストー・システム以外は、どれも子会社や系列店……。これ、親会社に盗みに入った際、子会社の情報を抜き取って……とか」
何気なく言った悠夏の推測に、鐃警はすぐ
「エルフィストー・システムの本社ってどこですか?」
言われてすぐ、悠夏は企業情報を調べる。本社は日本語のページではない。英語のようだ。ページ全体に自動翻訳をして、本社の住所が書かれたところを見ると
「イギリス……ロンドンですね」
「その線で組対二課に確認を」
「分かりました」
悠夏はすぐに組対二課へ電話する。電話に出たのは若い男性、
「はい。組対第二課の小埜打です」
「特課の佐倉です。宇佐鷺の件で確かめたいことがありまして」
「はい」
「ロンドンにあるエルフィストー・システム本社で、過去に詐欺が発生していないかどうかです」
「ロンドンですか? そこが事件と何か」
「詐欺被害の会社が、盗難被害の会社と系列店、あるいは傘下であることから、特課の推測では盗みに入った会社で何らか情報を得て、詐欺のターゲットを決めているのではないかと」
「わかりました。すぐに確認します」
電話を切って、悠夏はリストを見直す。キッカケは、鐃警が鯲沼釣具店が子会社であることを知っていたからだ。
「警部。よく釣具店がゴルフ場経営の会社の子会社だって分かりましたね?」
「……なんでだろう」
「ん? 警部が昔行ったことがあるとか、過去の事件に関係していたとかですか?」
「行ったことが……あるのかも……」
断言できない鐃警。鐃警は過去の記憶を失っている。もしかすると昔の記憶に関係することもかもしれないと考えて、悠夏がもう一押ししてみる。
「鯲沼釣具店は、中央区。都営大江戸線の勝どき駅が最寄り駅みたいですね。築地と豊洲の間で」
「旅行……」
鐃警はそう呟くと、どこかの橋がフラッシュバックしてその場に倒れた。
「えっ!? 警部?!」
悠夏は突然のことに冷静になれず混乱。
「えっと、こんなときは……」
サイバーセキュリティ課の瀧元へ電話をかけた。瀧元は警視庁におり、すぐに駆けつけるとのこと。念のため、上長である倉知副総監へも連絡を入れた。留守番電話になったため、伝言を残した。
*
某所。6畳ぐらいの広さ。壁側にはよく分からない機械が並び、その近くにはケーブルが放置されている。天井に照明機器が付いているものの、消えている。この部屋に窓はない。床に置かれたランタン2つと壁側に置かれた機械のランプが照らすぐらいで、あまり明るくない。そんな環境で、中学生ぐらいの少女が床に寝っ転がっている。何かを思いついたのか、何かを思いついたのかランタンの近くに置かれた紙の前まで転がって、ペンを握り絵を描き始めた。
ドアが外から解錠され、誰かが入ってくる。
「そんな暗いところで漫画を描くと目が悪くなるぞ」
「かかあみたいなこと言わないで」
「いつまでいる気だ? ここは託児所じゃねぇぞ」
「帰りたくないし。託児所って、そんな年じゃないし」
「はいはい。だけど学校に行かないと、勉強も置いて行かれるぞ」
男がそう言うと、少女は黙って漫画を描く。男はフードを被っており、背丈は140センチぐらいだろうか。レジ袋からおにぎりとチョコレートを取り出し
「食わないと病気になるぞ」
「いいよ。太るだけだし。おにぎりはもらうけど」
「その漫画を描き終えるまでならと許したが、いつ描き終わるんだ? どこかの賞にでも提出するか?」
「ウサギさんは、いつまで詐欺をするの?」
「……あんまりその話はするな。何も知らない方がいい」
「もう犯罪はしないって約束してくれれば、出て行ってもいいけど」
「……もう戻れないよ。俺は、一度どころか二度も踏み外した」
男、いやその容姿は人間ではなく、兎だった。
To be continued…
今回タイトルは変えずに番号制にします。これで花火が打ち上がることが関係無くなったらどうしよう。そのときはそのときで考えますね……
架空の会社名やら名前やら考えるのはちと大変。
さて、今回で150話になりました。去年の8月から隔週になったのでスローペースにはなっていますが、確実に積み重ねつつ。隅田川花火大会の話で今後キーとなる部分に近付きつつ、どんどん進めていこうかな。




