第15話 逃亡者
インカムから、緊張した声が聞こえる。捜査官が
「ホシをバスターミナルの3階で目撃! 甲州街道方面に全力で逃走中の模様。本部、どうぞ」
本部の声は、
「全捜査官に告ぐ。ホシをバスターミナル内で捕まえろ。これ以上、市民を不安にさせるな」
「本部。こちら、新宿駅南口の信号にて待機中です。バスターミナルの出入り口を、網で封鎖しています」
「ホシは数多くの事件を犯している。ここで止めなければ、新たな事件が発生するおそれがある」
インカムからの声が、だんだん過剰演技っぽく聞こえてくる。確かに、数多くの事件を犯している。窃盗罪とか、不法侵入とか、器物損壊とか、器物損壊とか、器物損壊とか……
「本部! 大変です。ホシは屋上を目指しており、屋上から他の建物に逃げる恐れがあります」
インカムの過剰演技に、呆れる悠夏とそのノリに入ろうとする鐃警。2人は、新宿駅南口で待機中である。目の前に見えるバスターミナル。
ホシは、今朝方、新宿の中央公園で目撃され、都庁から東へ逃走。新宿駅構内を走り抜け、現在、バスターミナルにいる。都庁で捕まえられず、新宿駅構内はホシよりも遭難者が増え、大変だった。場所を伝えても、たどり着けない。駅員の協力があっても、ホシはその包囲網を掻い潜った。悠夏と鐃警もホシの確保に走り回り、迷子になり、いろいろと大変だった。
2019年1月20日。お昼下がり、ついにホシの確保まであと少しというところまで来た。バスターミナルは、2階が新宿駅、3階が高速バスの降車専用、4階が高速バスの乗車専用、最近出来た5階も乗車専用、6階は貸し切りバスの乗降専用である。6階は屋上で、今日は4台の貸し切りバスがいる。その1台にホシが乗っている。ただ、車の中ではなく屋根の上に乗っており、窃盗した果物を食べている。
捜査官や市の職員、バスターミナルの職員が網をもって、逃げられないようにバスを囲う。小学生や教員たちが、ターミナルの待合室から窓越しで注目している。貸し切りバスは、修学旅行に来た小学生たちのバスのようだ。
今回の犯人、ホシの正体は、お猿さんである。野生なのか飼い主がいるのかは、まだ分からない。獣医が現場におり、捕獲したら麻酔を行う手筈になっている。
新宿駅南口前。悠夏のところに、何人かやってきて、網を渡される。区の職員さんだった。もし屋上から飛び降りたときは、これでキャッチするらしい。4人がかりで。
インカムから、状況の報告が入る。
「ホシがバスの上から逃亡。頭上を越えて、捕獲に失敗しました。ホシは甲州街道方面に走っており、興奮状態で冷静な判断ができていないと思われます」
本当に落ちてくるかも。交通課の警察官が、信号についたボックスを開けて、無線でやりとりしたあと、ボタンを操作する。すると、目の前の信号が、車道側は赤に変わり、歩行者用の信号は青に変わる。
「信号を一時的に変更します。規制線を!」
周囲の対応は、彼らに任せ、悠夏と鐃警、区の職員2人が、それぞれ網の端を持ち、大きく広げる。すると、すぐに屋上から何かが落ちてくる。インカムから「そっちに落ちたぞ!」と叫ばれ、耳が痛い。猿は、思ったよりも弧を描いて車道側に落ちそうだ。落下点が違う。
「もっと東!」「東北東!東北東!」「違う! もう少し西!」
4人の連携がバラバラ。網が緩くなりそうだ。頭上を見てばかりで、首が痛い。
「落ちるぞ! 網をもっと張れ!」
ちなみに、悠夏と鐃警は無言だ。喋ってる暇が無い。グダグダな網張だが、ギリギリの位置に猿が落下し、キャッチ成功。だが、すぐに猿が逃げだそうとする。
「ゲッーーート!」
鐃警が背中に背負っていた大きな虫取り網を、猿に向かって振り、見事捕獲。悠夏は、すぐに襟元のマイクで報告する。
「新宿駅南口の横断歩道でホシを確保。外傷は見当たりません」
鐃警は、猿の入った虫取り網を担ぎ、
「こういうゲームありましたよね?」
「あの場合、お猿さんの方がパトライトを付けてましたけど」
獣医がバスターミナルから駆けつけ、それを見た警部は
「獲ったどー」
「警部、それ違います」
これには、思わず獣医も苦笑い。苦笑いしながら、お猿さんに麻酔を行う。麻酔の処置が終わると、悠夏は
「警部、早く横断歩道から歩道に移動を。ケースに入れましょう」
今日は、もう走りたくない。そう思うぐらい、新宿駅構内とその近辺を走った。
*
同日、警視庁の捜査一課。
藍川巡査は、ダンボールを1箱運び、
「榊原警部、宅急便です。ジュースおごってください」
「判子じゃ無くて、ジュースかよ。ほれ」
榊原警部は小銭入れから、100円硬貨を渡す。建物内の自販機なら、飲み物を100円でも十分買えるだろう。
「あと手数料で20円です」
「藍川宅配便は、手数料とるのかよ。今度から、別の人に頼むぞ……」
「安心と安全のスピード配送ですから」
ちなみに、建物内の運搬である。藍川巡査が1階で受け取り、ここまで運んだ。
「で、徳島県警からの証拠品って、何を頼んだんですか?」
「ちょっと理由があってな。徳島県警から、証拠品と遺留品をいくつか送ってもらった。多分、取り越し苦労だと思うが」
「どんな事件ですか?」
「藍川……。うしろ。長谷警部補に呼ばれてるぞ」
「あ、ヤバ。まだ資料まとまってない……。榊原警部のせいですからね」
そう言って、藍川巡査は長谷警部補の方へ。
「勝手に人のせいにするなよ」
と、榊原警部。届いたダンボールを開くと、アルバムや写真。捜査資料が入っており、その捜査資料の表紙には”平成31年1月 西阿波市四国三郎2丁目放火事件”と書かれていた。
To be continued…
鐃警が登場するの、久しぶりな気がする。
駅構内の展開は、書くの大変そうなのでカット。
1話完結のペース配分がまだ定まらないなぁ