第149話 東京の夜空を彩る花火が打ち上がるとき、序章
2019年7月27日土曜日。天候は晴れ時々曇り。今夜は第42回隅田川花火大会が開催される。
昔は”両国の川開き”という名称だったが、昭和23年(1948年)には”両国花火大会”、さらに昭和53年(1978年)には現在の”隅田川花火大会”という名称が使用されることになったそうだ。昭和36年(1961年)までは両国橋の上流で打ち上げていたが、諸事情により翌年から開催を断念。昭和53年に打上場所をさらに上流へと変更し、打上場所を2箇所にすることで復活を果たしたそうだ。
ちなみに、”両国の川開き”は享保18年(1733年)に始まった日本最古の花火大会といわれている。当初、打ち上げを担当したのが、花火師の鍵屋六代目弥兵衛だった。文化5年(1808年)、鍵屋の番頭であった静七が暖簾分け、つまり独立して玉屋を開いた。やがて川の上流を玉屋、下流を鍵屋が担当し、二大花火師が競い合った。それを応援する掛け声が「たまや~」「かぎや~」である。しかしながら、天保14年(1843年)に玉屋の出火で大火事が発生。江戸から追放され、玉屋は僅か35年で廃業となったそうだ。なお、鍵屋は現在も受け継がれている。
朝9時、警視庁のとある捜査会議に特課が呼ばれた。「詳細は会議で」と事前情報もなく、いつもの最前列へ。もはや固定化されている。佐倉 悠夏は、テーブルの上に置かれた資料類を見ると、表紙には3つの事件が書かれている。
1つは「令和元年台田市場五号玉盗難事件」
1つは「平成三十一年広珠蒲少女失踪事件」
1つは「宇佐鷺組関与の櫓賓詐欺事件」
それぞれ別々の事件のようだが、担当振り分けを行うのだろうか。それとも、3つの事件が関わっているのだろうか。
各事件概要について、捜査本部が設置されていた警察署の担当者が説明を行う。
まず「令和元年台田市場五号玉盗難事件」に関して、南浜部警察署の捜査二課、千鳥警部補が資料とともに説明する。
「東京都台田市場区臨海中州1丁目21番地にある金附工務店において、隅田川花火大会にて使用予定だった五号玉が盗難被害に遭いました。五号玉は直径約15センチ、重さが約1.3キロ。花火が開いたときの直径は170メートル。五号玉は隅田川花火大会で打ち上げる事が出来る最大の大きさです。金附工務店の代表取締役社長、白木さんから通報がありました。発覚したタイミングは、納品の事前確認を行った際に数が合わないことが分かり、一度は造り忘れを考えましたが、材料が減っており、しばらくして盗難に遭ったことが分かりました。初動捜査では、盗難被害の日付や時間が分からず、周囲の防犯カメラを隈無く捜索し、6月15日の土曜深夜2時過ぎに不審な3人組を発見。映り込んでいた防犯カメラは、設置が昔のもので、画質が荒く性別や顔などは分からず、科捜研へ依頼。20代から40代の人物で、身長は170センチ前後が2人。150~160センチが1人。画像解析によりフードの背中に書かれたマークから銅茅製作所の作業服であることを特定。銅茅製作所への聞き込み結果、作業服が3着盗まれていることが分かり、今度は作業服の盗難に関して調査。作業服は元派遣社員が着ていたもので、更衣室のロッカーにまとめて管理していたそうです。更衣室前の廊下に防犯カメラがあり、5月27日午前11時半ごろに清掃員が更衣室に入っており、この清掃員が盗んだ可能性が高く、今度は清掃会社を捜査。しかし、同じように作業着が盗まれた会社がいくつかあり、被害が次々に発覚するも被疑者の情報は掴めず、恥ずかしながら現在も捜査は難航しています。盗難被害の五号玉についての情報も得られず……」
悠夏は説明を聞きながら事件資料を捲ると、被害にあった会社一覧と盗難品がリストアップされている。多くが作業服であり、工具やヘルメットなども書かれている。その会社の作業員に成り済ますためだろう。結局、五号玉については行方が分からないそうだ。花火となると、当然ながら火薬を使用している。捜査二課は、五号玉がすでに解体されて、花火以外に使用されている可能性も考えているとのことだ。
次に「平成三十一年広珠蒲少女失踪事件」について、広珠蒲警察署の捜査一課、大乗警部が説明する。
「広島県広珠蒲町において、4月26日金曜に立和名 言葉さんが自宅から150メートルほど離れた自動販売機へ飲み物を買いに行ったあと、30分以上経っても帰ってこないことから、家族が心配して捜索するも、行方不明となりました。言葉さんは中学3年生で、失踪時に目撃者はおらず、周囲は田畑が広がっており、防犯カメラの類いもありません。自動販売機の購入履歴は残っていましたが、その後の捜査も有力な情報は得られず。家からすぐ近くだったことから、言葉さんはスマホをリビングで充電したまま出ており、連絡はありません」
3つ目の「宇佐鷺組関与の櫓賓詐欺事件」については、警視庁刑事部捜査二課の新野 隼佑警部から説明する。
「捜査二課から報告します。全国ニュースにもなっている本件ですが、旅行代理店の”櫓賓”が詐欺に遭い、旅行パックの購入者にも被害が出ています。犯行グループは、2人1組。上司と新人のタッグで櫓賓を訪れ、実在する社名、さらに社員の名前までも騙って営業を行ったとのことです。詐欺の内容は、架空の旅館やバス運行会社を含む旅行プラン。被疑者2人を2日前に逮捕。八王子在住の無職の26歳男性、竹茸 拳。住所不定無職の44歳男性、八咫崎 武生。八咫崎は元営業マンで、会社が倒産して路頭に迷ったあと、声をかけられて犯罪に手を染めたと自白しています。生きるためには仕方なかったとも話しており、”宇佐鷺組”という名称も、八咫崎の取り調べで判明しました。一方、竹茸は黙秘しており、自分が関与した点に否定も肯定もせず、黙っています。少なくとも八咫崎は宇佐鷺組の一員ではなく、雇われの身であり末端にも属さず、宇佐鷺組に関しては何も知らないと。名称は電話で指示を受けていた際、後ろの会話から宇佐鷺組と聞いたなどと証言しており、信憑性は高いかと。公安からの情報で、宇佐鷺組という詐欺組織が存在することが確認されており、同一の組織であるかと。その後の捜査で、宇佐鷺組は詐欺を働く上で企業から作業着や道具、商品などを手に入れており、南浜部警察署が担当している事件で盗難された作業着を使用している可能性が浮上しました。”板井田判子”の作業着を使用して、杉並区の下町工場へ安価な判子を高値で売りつけ、サンプルと異なる粗悪品を納品。この詐欺に板井田判子は一切関与しておらず、南浜部警察署が捜査していた中にこの事件も含まれていました。五号玉の盗難と宇佐鷺組が関わっているかどうか、まだ断定はできません。引き続き捜査を進めています」
3つの事件について概要説明を受けたが、詳細は省いているためなんとなく分かる程度だった。広島の失踪事件は2つの事件と関わりがないのだろうか。悠夏が考えていると、警視庁組織犯罪対策部組織対策第二課の天河 紀一警部が次の説明を始めた。
「警視庁組対第二課、天河です。宇佐鷺組に関して補足説明をさせていただきます。宇佐鷺組は国際詐欺組織であり、日本以外でも活動していることが明らかになりました。先日、ジャカルタとラスベガスに支店を置く”エルフィストー・システム”で”宇佐鷺”という組織が関与した詐欺事件が発生していました。さらに、海外支店のひとつが広島県広珠蒲町にあり、4月26日にエルフィストー・システム日本支店という小さな営業所で詐欺事件が発生し、支店長が暴行を受けていたことが分かりました。支店長は被害届を出していなかったことから、事件の発覚が遅れ、それと合わせてもうひとつの可能性が浮上しました。それが立和名 言葉さんがこの事件を目撃して誘拐された可能性です」
3つの事件が大回りして関連した。いや、3つどころではない。細かい事件が絡んでいる。特課の長い1日が始まる……
To be continued…
『エトワール・メディシン』4年目突入です。毎年やっている登場キャラ一覧は今回せずに、別のタイミングでするかもしれないし、見送る可能性も。まとめるのって結構時間かかるのがネックで……。
さて、今回から隅田川花火大会の話が始まりました。とはいえ、まずは午前9時から開始。事件資料は3つですが詐欺事件が多数あり、捜査が難航しているようです。これは長くなりそう……。着地地点はまだ決めていないのでどう捜査が進むかは今後次第。




