第148話 非番の日
2019年7月26日金曜日。佐倉 悠夏は自分の部屋の掃除をしていた。非番の今日は外に出る予定もなく、パソコンで作業用の音楽や動画を流しながら黙々とやっている。いくつかのゴミ袋を1つにまとめて縛り、溜まった空のペットボトルを水道水で濯ぐ。住んでいるマンションには、敷地内のゴミ集積場があり、24時間ゴミ出しが出来る。
いつものように1階のゴミ集積場にペットボトルと可燃ゴミの袋を持っていくと、それなりに溜まっていた。マンションは大きく、住んでいる人も多い。収集日に減ってもまたすぐ増える。
いつもは気にしていなかったが、ふと疑問に思うことがあった。明日回収日のカンとビンのケースが並んでいるのだが、5箱ぐらいだ。不動産から紹介を受けたとき、約300室あると聞いた。単純計算で最大300世帯が住んでいるとすれば、ゴミ集積場の広さとゴミの量が小さいのではないだろうか。
思えば、通勤通学の時間帯に遭遇する人もそんなに多くはない。今まで疑問に思わなかったが、気にし始めると不可思議なことがいくつか思い当たる。6階建てのマンション。分譲と賃貸の両方があり、不動産会社は「台田市場湾岸不動産」という1社のみ。他の不動産会社では取り扱っていない。有名な賃貸情報をまとめているサイトでの掲載はなく、台田市場湾岸不動産の賃貸分譲情報一覧のみの掲載だ。上京前のときは、いろいろな不動産会社や賃貸情報サイトを検索しており、そのことに気付いたのは住んで1年以上経ってからだった。切っ掛けは、地元の友人たちとの話題で、それぞれどこに住んでいるかという話になり、「ここだよ」と見せるためにマンションについて検索したとき、「他のサイトだと載ってないんだね」と友人から言われた。何気ない一言だろうが、どこか引っ掛かった。
空室が多ければ、それだけ情報サイトに掲載されるだろうが、今調べても掲載があるのは数戸だけ。300室とは、戸数ではなく、全ての部屋の数ということだろうか。まさかそんなことはあるまい。
北側は1Kで、南側は少し広い1K。端っこの部屋は2LDKである。周辺の相場よりも安い。舞浜の年パス目的で住んでいる人も多いとか。であれば、自宅とは別に借りているのだろうか。
一度に気になり始めると、調べないと気が済まなくなるのは職業病だろうか。集積所を出ると、偶然大家の姿が見えたので声をかけることにした。
「こんにちは、西本さん」
「こんにちは。今日はお休み?」
「はい。何かお困り事でも?」
以前、西本からの依頼で404号室に住む男子高校生の宮沢 守が栄養失調で倒れていたのを発見したことがあった。3月の同じく非番の日だった。
「困りごとといえばそうなんだけど……。少しだけ独り言に付き合ってもらえる?」
「えぇ。どうぞ」
「先日、検査員を名乗る人たちが”無料で調査しますよ”って事前連絡もせずに来て、断っても一向に帰らないから軽く調査だけしてもらって帰って貰おうとしたんだけど……」
西本の話を聞いて、詐欺の可能性を疑った。西本も詐欺だと感じて冷たく遇うも、全く引き下がらないため共有部分のみ調査をお願いしたそうだ。
「案の定、これこれの数値が規定よりも低くて、こういった工事を行う必要がありますって、見積もりを渡してきて」
「受けたんですか?」
「まさか。断りました。しぶとくなかなか帰らなかったんですが、また来ますって言い残すまで……」
「調査結果ってお持ちですか?」
「いえ。見積もりだけ残して、あとは資料にまとめてからお渡ししますとか言って」
「会社名は? 名刺はありますか?」
「名刺はちょっと見せただけで、渡されず……。会社名も横文字で……ハイスペック……インスペクション……ソリューションズだとかなんとか」
聞いたことのない会社だ。スマホで調べても会社名はヒットしない。ホームページを持たない会社でも、求人情報や企業情報がそこそこヒットするだろうが、それもなさそうだ。鐃警にコミュニケーションアプリ”トーカー・メッセージ”で、詐欺かどうか調べたいのでお願いしますと送ると、「非番ですよね? 今日。こっちで調べますけど」と、すぐに返事が返ってきた。
「結果が詐欺であったにしろ、念のためちゃんとした検査会社に依頼して調べて貰おうと思います」
「そうですね」
いい加減な調査であったとしても、本当の結果が分からないため調査は必要だろう。費用がいくらかかるのかまでは知らないが。
「ところで、今何世帯ぐらい住んでるんですか?」
鐃警から返信が来るまで、悠夏は気になってきた話題を振る。
「30世帯くらいで、ほとんど空室や部屋を借りていても普段住んでいない人もいるから」
30世帯ということは、10分の1しか住んでいないということだろうか。
「どうしても維持管理が難しいところがあって、退去後に修繕がでず、住めない部屋が増えてきて……」
「そういうのって、退去時が支払うのが」
「すぐに入居者が決まればいいけれど、ずっと空室でメンテナンスができていないとまた修繕の必要があって……。築年数も古いし、一時期は建て替えも考えて……。でも費用が見合わずに」
マンションの維持において、管理費と修繕積立金がある。管理費は通常の維持と管理、修繕にかかる経費。共有部分の保守や光熱費など、警備料金や火災保険などの共有部分の保険料などに充てられる。修繕積立金は、一定年数経過ごとに行う計画的な修繕、不測の事故や災害などの修繕、建て替え費用などに充てられる。
首都圏の中でも東京都の管理費は高く、平均コストはどんどん上がっているそうだ。
「もし建て替えるなら、5、6階で40世帯くらいにするかな。先の話だとは思うけど」
マンションの駐輪場や駐車場、広場などの用地に建てれば、既存のマンションを取り壊さずに引っ越せるだろう。住民の意見を聞く必要はあるが。
しばらくマンションに関して話を聞いていると、鐃警から結果が送られてきた。
「検査会社で似たような名前の会社は、見当たらないようです。もし何かあれば、私に連絡をください。捜査二課か、南浜部警察署の担当が来ますので。何も無いのが一番ですが」
「また来ると言っていたので、もし来たら一応連絡します」
詐欺の被害に遭わず、警察の出番が無ければいいのだが……。
悠夏は自分の部屋に戻り、お昼の支度をする。昨夜の帰りに買った食材を出し、カレーを作る。一昨日、SNSでなぜかカレー自慢が流行り、それを見てカレーが食べたくなった。外食やお弁当が多く、料理するのは久しぶりだ。戸棚からサラダ油を取り出すと、
「あっ……期限切れてる」
賞味期限切れだった。
「賞味期限なら……消費じゃ無いから……」
食べるのは自分だし、今回は目をつぶる。ちなみに、油は賞味期限に関係なく、開封したら1~2ヶ月を目安に使い切るのが良いらしい。一人暮らしで、料理の頻度がそこまで高くない場合だと、悠夏のように使い切れず期限切れを迎えそうだ。
To be continued…
閑話。『エトワール・メディシン』がまもなく3年。次からはまた長いお話になりそうです。
マンションに限らず、気付いたら空き地に新しい家が建ってたり、建て替えられてたり、工事のペース早いなと思って調べたらマンションなら階数+3~5ヶ月ぐらいなのか。マンションの建て替えが作中で出てくるかは未定ですが、それくらいの工期で書けばいいのかな。とはいえ、工事の着手までが長いか。




