第147話 クワガタムシの失踪
2019年7月25日木曜日。栃木県那須塩原市茄子町の茄子カブトクワガタ昆虫博物館。世界のカブトムシやクワガタムシなど350種類以上の昆虫を展示している博物館だが、盗難被害が出たという。ちなみに野菜の茄子は展示していない。あくまでも地名だが、よく質問されるらしい。
警視庁特課の佐倉 悠夏と鐃警は、栃木県警の白坂 高久巡査長からの依頼で応援に駆けつけた。現場には黒田原鑑識が昆虫の虫籠を調べていた。
「黒田原鑑識、どうですか?」
白坂巡査長が鑑識作業の途中経過を尋ねると
「指紋だらけで難しいな。よく子どもが触っているらしいが、カメラを当たった方が早いかもな」
「この虫籠にはどの昆虫が?」
悠夏が被害に遭った昆虫について確認する。依頼の捜査資料にはクワガタムシとしか書かれていなかった。
「パリーオオクワガタというクワガタらしい。実際は別名らしいが」
「パリー?」
一瞬、フランスの首都パリかと思ったが、悠夏は多分違うだろうなと考えていると、博物館の担当者である閑崎 庄一が現れて
「すみません。担当の閑崎です。被害に遭ったのはリツセマオオクワガタという昆虫です」
「パリーオオクワガタではなくて?」
鐃警が聞くと、閑崎は虫籠の横で伏せていたプレートを起こし
「ここに書いているとおり、リツセマオオクワガタであり、パリーオオクワガタでもあります」
閑崎がプレートを素手で触ったので、黒田原鑑識は無断で触るなと睨んだ。閑崎はそれに気付いたのかどうかは分からないが、「すみません」と小声で謝っていた。
「どういうことですか?」
鐃警は1つのクワガタムシに名前が2つあるのか、もしくは被害に遭ったのは2匹なのか、説明を求めると
「別名といいますか。元々はパリーオオクワガタと呼ばれていましたが、1998年にリツセマオオクワガタに学名が変わったんです。今でもパリーオオクワガタと呼ぶ方もいて、特に10年ぐらい前に出た”カブクワキング”で登場した際に、パリーオオクワガタの名前でカードになったため、当時遊んだ人にはパリーオオクワガタの方が浸透しているみたいです。自分もその1人です」
カブクワキングとは、10年以上前に一大ブームとなった甲虫バトルのアーケードゲームである。1回100円でゲームプレイに加えて、必ず1枚昆虫またはバトルで使用する技のカードが手に入り、人気のカードには数万円以上の高値が付くこともあった。さらに、実際にゲームに登場する昆虫を飼う人も増え、ペットショップやホームセンターだけではなく、スーパーやデパートでも陳列されて売られていたぐらいだ。
「博物館でも人気が高いのは、ヘラクレスリッキーの亜種であるリッキーブルー、タランドゥスオオツヤクワガタ、ギラファノコギリクワガタ、オウゴンオニクワガタなど、当時のゲームでも強かったレア昆虫ですね。国産のオオクワガタやノコギリクワガタ、カブトムシも負けず劣らず人気ですね」
「被害に遭った、りせつ……」
「リツセマオオクワガタですね。東南アジアの島、ジャワ島やパラワン島などに生息しており、ここにいたのだと体長は69ミリです。写真をお持ちしました」
そう言って、閑崎は売店で販売しているポストカードを配った。被害に遭ったクワガタを撮ったポストカードとのこと。
「このクワガタを最後に見かけたのは?」
「昨日の午前中です。閉館後、エサの交換をする際にいなくなったことに気付きました」
「虫籠はちゃんと閉まっていましたか?」
「はい。それは間違いなく。発見したときも閉まっていました。その後、この辺りを隈無く探しましたが見つからず、盗難被害も考えられるので、ご相談に」
「この辺りを映したカメラはありますか?」
「あるんですが……、実は見えなくて」
「見えない? 死角になっている、とかですか?」
「いえ、最新のパソコンにソフトが対応していなくて……」
聞くところによると、半年前にパソコンをWindows7からWindows10に入れ替えたそうだが、カメラの映像表示や操作をするアプリケーションがWindows10に対応しておらず、インストールできないそうだ。録画は行っているため、対応はまだしていないそうだ。理由としては、来客数が年々減っており、予算がないのでカメラの一斉入れ替えが出来ず、先延ばしにしていたらしい。
白坂巡査長は近くの警察署へ連絡し、Windows7のノートパソコンとカメラの専用ソフトのインストールをお願いすると、1時間ほどで余笹巡査がやって来て、博物館のネットワークに接続して、30分ほどで映像が見えるようになった。それを見た閑崎は
「そうか。Windows7の中古パソコンを買えば、安上がりか」
それを聞いた悠夏は、
「あまり推奨は出来ませんよ。サポートが切れたまま使うと、かなり危ないです」
もともとWindows7は発売後5年間でサポート終了予定だったが、そこから5年延長して2020年1月14日の終了が決まっている。半年後には更新プログラムの配信が終わり、その後もインターネットなどに接続して利用していると、セキュリティソフトが古いままになるため、ウイルス感染の危険性がある。ウイルス感染すると、情報流出や知らず知らずのうちに犯罪に巻き込まれる可能性も考えられる。
「録画データから昨日の映像出します。何時頃の映像を見ますか?」
「午前か午後のどちらかを切り分けるために、お昼の映像を」
白坂巡査長が指示をして、余笹巡査がパソコンを操作する。12時の映像が出ると、虫籠の中身が見えにくいがなにか黒い大きな点が動いているように見える。
時間を早送りして確認すると、15時過ぎに不審な動きをする20歳ぐらいの若い男が映っており、周りをキョロキョロと見ている。「怪しいな」と誰かが呟いた。すると、虫籠に手を伸ばして、中からクワガタを取り出し、斜めがけの鞄の中に入れた。「手口がまるで万引きだな」とまた誰かが呟いた。虫籠の蓋を戻して、若い男は周囲を警戒しながら立ち去った。
「決まりだな。この若い兄ちゃんが犯人だな」
その後は早かった。映像を特課が受け取り、生活安全部サイバーセキュリティ課に悠夏から依頼をした。直近でバイクの一時停止違反と軽い接触事故を起こしていたらしく、4~5時間くらいで特定に至った。なお、接触事故は徐行運転時に自転車の前輪に接触し、相手に怪我はないと書かれていた。怪我はなくても、若い男は警察に連絡し事故処理を行っていた。男の名は二継 栄伍、22歳だった。
夜遅い時間に二継の住むアパートへ白坂巡査長と悠夏、鐃警が向かうと、二継はすぐに犯行を認めた。
「すみません……。あれだけ種類がいればバレないと思って……」
「バレるバレないという問題ではないことは、言わなくても分かるかな?」
白坂巡査長がクワガタの所在を聞くと、二継は虫籠の中にいると証言し、了承を得て部屋の中へ。大きな虫籠が一段ずつラックに置かれ、真ん中の虫籠をラックから机の上に移動させると、ポストカードに映っているリツセマオオクワガタと同じクワガタがいた。しかし、それ以外に2匹おり、
「他の2匹は?」
「自分が飼っているメスです。繁殖させようと思って……」
どうやら幼虫を作ることが目的だったようだ。メスしかいないため、オスのリツセマオオクワガタが必要だったと供述。理由はどうあれ、窃盗罪であることには変わりない。
「署で詳しく聞かせてもらおうか。同行願う」
その後、二継は偽りなく供述し、クワガタムシは無事に博物館へと戻った。二継が十分に反省していることから、本件はその後不起訴処分となったそうだ。
To be continued…
大晦日の夜、年越しして見た夢にクワガタが出てきたので、クワガタムシの話を書きました。
見た夢は季節外れに産まれた原因を探るとかで、リビングと思われる部屋で飼っており、暖房が入って夏と勘違いしたんじゃないかという結論になりそうなところで目が覚めました。
シーンごとにクワガタムシの大きさが変わったのと、最後は結構大きかった。
某ムシゲーム以来、久しぶりにカブトムシとかクワガタムシを調べたな。
作中でメインになったクワガタがパリーオオクワガタになったのは、偶然です。リツセマオオクワガタという名前は、この話を書いていて初めて知りました。




